「これからの社会、これからの住まい 2」のはじめに

「バラバラな他者が共存する」ということの意味(後篇)

浅子佳英(建築家、プリントアンドビルド)+中川エリカ(建築家、中川エリカ建築設計事務所)

建築業界の男女比、職能の向き不向きから働き方を考え直す

浅子佳英+中川エリカ

浅子

建築の世界はいまだに男性社会で、というより日本の社会全体が男性社会と言ったほうがいいかもしれませんが、意識的に女性を登用していかない限り、男女比が等しくならないという現実があります。その一方で、若い女性建築家が、「若手女性建築家」と一括りにされて、とくに年配の男性建築家から「元気があっていい」などという、褒めているんだか馬鹿にしているんだかよくわからない評価がされてしまうことに違和感を持ってきました。

中川

私もよく「元気がある」「ガッツがある」と言われます(笑)。昨今取り上げられることの多い問題ですが、もしかすると、むしろ、女性よりも男性のほうが意識している面があるかもしれません。私個人としては「女性だから」という言い方をされても強く気にすることはありません。やはり建築をやっている以上、女性だ男性だと言っていられないくらい大変な仕事なので(笑)、男性/女性というのは役割分担くらいにしか考えていないというのが正直なところです。この役割分担というのは、男性が得意なこともあれば、女性が得意なこともある、といった意味ですね。

浅子

なるほど、それは例えばどんなことでしょうか?

中川

私の実感ですが、部分から物事を考えることは、比較的女性のほうが得意な気がしています。例えば家事は、男性が働きに出ているケースが大多数であったため、女性が担ってきたと言われることが多いけれど、その一方で、家事という仕事は、そもそも女性のほうが向いていたからやってきた面もある気がします。家事はひとつのことに没入して極める作業ではなく、いろんなことをバランスよくこなす能力が必要で、これはそもそも、女性のほうが得意なのではないかと。というのも、例えば大学の設計課題を見ていても、女子学生と男子学生では締め切り前の進め方の違いに傾向があるように思うのです。男子はひとつのことに没入して、締め切りが迫っていようがいまいが、それをクリアするまでは先に進まないという人が比較的多いのに対し、女子のほうは締め切りが迫ってくるととりあえず形にする、とりあえずプロジェクトとしてまとめる、という具合に、良くも悪くも割り切ったバランス感覚の人が多い。もちろん全員が全員そうだというわけではありませんが、どこの大学でもそう感じることがあります。建築学科の男女比が以前と比べて接近しているなか、いまでは女子のほうが優秀と言われるのは、そもそも締め切りに間に合う、締め切りにピークを持ってくることができる人が多いから、といってもいいかもしれません。

浅子

そうか、だとすると、話は完全にひっくり返ってきますよね。家事などは典型的ですが、女性のほうが細かい部分から全体をうまくマネジメントしていくことに長けている。学生を見ていても全体のバランスを考えながら現実化していく能力は女子学生のほうが長けている。しかも細かい部分を捉えて設計に活かすことにも長けていると。しかし、まとめて聞くと、普通に考えて、現代の社会で建築をつくるとすれば、女性のほうが向いているということになりますよね。これまでは社会が単一的で、ひとつのルールの下で、ゲームをやっているようなところがあった。そのような社会では、ひとつのゲームを極めることに長けた男性のほうが優位的だった。ところが、いまは同時並行的に複数のゲームをやることが求められる。そこでは女性のほうが活躍できると。

中川

男女比を等しくすることはもちろん大事ですが、数だけ合わせて終わらせるのではあまり意味がないし、長続きしないですよね。女性ならではの得意分野を認識し、そうした能力が現在のような先行きの不透明な社会のなかで見直されることで、結果として女性の割合が増えていくというほうが健全だし自然な流れだと思います。

浅子

ちょっと話はそれますが、ステレオタイプ的な昭和のお父さん像として、家で仕事をしているときに、家族がちょっとでも邪魔をすると「仕事中にうるさい!」とキレる人がいますよね。あれが子ども心に不思議で、なぜあんなに激高するのかわからなかった。じゃあ、今のお前はどうなんだと言われると、自分にも身に覚えがあるので、他人事のようには言えないのですが(笑)。ある時気がついたのは、このキレ方は、子どもがゲームの邪魔をされたときのキレ方と一緒だということです。多分、男性の多くが無意識の中で人生も仕事もゲームとして捉えている。だからこそそれに没入して、ほかのことには目を向けられなくなる。もちろん本人は「仕事は家族を養うためや社会のためにやっているのであって、ゲームで遊んでいるのとは違う」と言うでしょう。しかし本当のところは、社会に貢献しているかどうかなんて関係なくて、仕事というゲームに熱中しているだけなのではないか。というより、「社会に貢献している」と内面化されているからこそ、そのゲームに心の底から熱中できるのではないか。そういうメタゲーム的な側面もあるので話はややこしいのですが、本質的には仕事もゲームもほとんど変わりはないと思うんですね。僕自身は遊ぶことが人生で最も重要だと考えているので、そういう意味では「仕事=ゲーム」は大事です。とはいえ、それだけだと世の中は回っていかないこともある。そうやって考えてみると、実際に世の中を回してきたのは、むしろ女性のほうだったといえる。ご飯をつくるのも、子どもを育てるのも、家のマネージメントも、おもに女性が担ってきたわけですから。

中川

男性のゲームが決められたルールや枠組みのなかで行われることが圧倒的に多かったのに対して、女性のゲームは長い歴史のなかで、枠組みがない状態で行われてきた。それが体質として染み付いている面もあるのかな、と。だからこそ、何かしているときに同時並行で突発的に子どもが泣いても、「それはそれ」として、対応できてしまう。

浅子

女性がやっているゲームは、ルールが常々改変されていくことを許容するゲームという感じでしょうか。それは生物学的な性差というよりも、社会的な性差によるところが大きいように思います。つまり、女性は歴史的に家事や子育てを担わされてきたために、世代を超えてその知見が受け継がれ、その能力が磨かれていった。だから女性のほうが向いていると考えられていると。

ただそうはいっても、現実には女性の建築家は男性ほど多くありません。そこには出産という生物学的な条件がどうしようもなく関係しているように思うんですね。身体的なリスクを考えると出産の適齢は10代後半から30代後半くらいという働き盛りの頃とされている。子どもが欲しいという希望によって就職時の選択肢が限られてしまうケースも往々にしてあるでしょうし、実際耳にしたこともあります。そうしたことが、少なくとも今の日本のような社会においては、女性にとって大きなハンディになっていることは確かでしょう。そのようななか、中川さんの事務所では、中川さん自身が子育てをしながら仕事をされていることもあって、子育ても設計もしたい人にとっての希望になるのではないかと思うんですね。

中川

じつは中川事務所のオープンデスクやインターンで来てくれた学生さんに、聞きたいことがあればなんでも聞いてくださいと投げかけると、「どうやって子育てをしながら仕事をされているんですか」と聞かれることがすごく多いんです、とくに女子から(笑)。そのときに、人によって状況は異なるので一概には言えないけれど、自分だけで子育てをしようとしても限界があるので、自分も含めた「周りの環境で子育てをする」と考えるようにしている、そのための環境をつくることが重要だと答えています。それは設計にも通じるところがあります。例えばスタッフが全員模型づくりが苦手だったら中川事務所の建築はできないわけで、設計するための環境からつくらないといけない。こうしたことは常々意識しています。

私自身、子どもは現在3歳ですが、1歳になって歩き始める前までは事務所に連れてきて、抱っこをしながら打ち合わせをしたり、取材を受けたりしていました。スタッフは未婚の男性ばかりでしたが、実際に日々赤ちゃんに触れることで、何カ月でこうなるという成長過程を学ぶ機会にもなっていた(笑)。私自身、子どもを産むまではおむつの替え方もわからなければ、どれくらい子育てが大変かもわかりませんでした。男性であればなおさらで、育児をしようにも、その大変さを知る機会がなければなかなかうまくいかないと思うんです。その点、中川事務所では、私が手を離さなければいけないときは、代わりにスタッフに息子を抱っこしてもらったり、遊んでもらうなど、子どもに触れる機会がたくさんある。仮にほかのスタッフが子育てをすることになったとしても、私もスタッフもその大変さがある程度わかるのでフォローもしやすい。そんな感じで、中川事務所は育児体験所のようになっています(笑)。先日も、打ち合わせ中の私に代わり、男性スタッフに少しの間、息子を見てもらうことになりました。マスキングテープを事務所の床に貼り、線路に見立てて電車ゴッコをしてくれていたのですが、うっかりそのままにしていたら、次の日に来たお客さんに、「これは新しいスタディですか?」と言われて笑ってしまいました。

事務所の子育て
事務所の子育て

事務所をひっくるめた環境で子育てをする
提供=中川エリカ建築設計事務所

浅子

それはすばらしいですね。

中川

以前、事務所で取材を受けたときに、「中川事務所は八百屋みたいですね」と言われたことがあります。そのときは、子どもを抱っこしながら取材を受けていて、泣き出したらスタッフに代わりに見てもらったりしていたので、その様子が昔の八百屋さんのように映ったのでしょう。言われてみれば、かつての職住一体だった時代は、働いているスタッフも家にいて、環境全体で子どもの面倒を見るということが当たり前に行われていました。それが職住が分かれて、分業が起こった結果、子育ての仕方もわからなければ、赤ちゃんに触れたこともない人たちが増えた。そういう意味では、私たちはまったく新しいことをやっているというよりは、かつて当たり前に行われていたことを改めて見直し、実践しているといったほうがいいかもしれません。

浅子

八百屋というのは、良い例えですね。というのも、昔の八百屋さんって、働き盛りの世代だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんから、孫までもが性別や年齢を超えて、同じ空間で働いて、生活しているというまさしく家族モデルですよね。今日はあまり家族の話はできなかったですが、これからの住まいと社会を考える際にはやはり「家族」というのはとても大きなテーマだと思っています。それはもちろん、これまでの家族をそのまま維持すればいいという話ではなく、血の繋がりを超えた新たな家族像の更新が必要になるでしょう。とはいえ、それはあまりに大きなテーマなので、また別の機会にでも議論させて下さい。本日は長時間ありがとうございました。




[2021年4月23日、中川エリカ建築設計事務所にて]



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浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市美術館」(2021)(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

中川エリカ(なかがわ・えりか)

1983年生まれ。建築家。中川エリカ建築設計事務所代表。2007〜14年オンデザイン勤務。2014年中川エリカ建築設計事務所設立。主な作品=《ヨコハマアパートメント》(2009)、《コーポラティブガーデン》(2015、以上オンデザインと共同設)、《株式会社ライゾマティクス オフィス 2015-2019》(2015)、《桃山ハウス》(2016)ほか。著書=『中川エリカ 建築スタディ集 2007-2020』(TOTO出版、2021)。

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公開日:2021年06月23日