国内トイレ・サーベイ 12

パブリック・トイレの近未来

ツバメアーキテクツ(建築家ユニット)

「系譜的展開」のおさらい

最終回を迎える「国内トイレ・サーベイ」では、これまでの議論をまとめ、トイレのこれからについて考えてみたい。

これまで、本コーナーにおいて、私はトイレを進化させるアイデアについて5つのテキストを書いた。
まず「21世紀のトイレを考えるリサーチ」は、私のトイレ研究にとっての「はじめに」にあたる文章である。ここではスラム復興計画における水回りの重要性について述べ、ビテイコツのようにすべてのビルディングタイプに居座り続けるトイレを、歴史・系譜という観点から紐解いた。
川で用を足す「厠(カワヤ)」から続く都市空間におけるトイレの歴史は、トイレが配管されていくなかでさまざまな種類のトイレが生み出されては淘汰されていく歴史と読み替えることができた。逆に言えば、配管という問題や男女という分節といった必須条件と思われてきたパラメータを一旦オフにして考えれば、進化が止まったと思われる各種のトイレを再び展開可能にする。これからのパブリック・トイレについても新たな展開ができるのではないかという問題提起であった。

そして、
「開かれた」トイレの系譜的展開──公衆トイレからソーシャル・トイレへ
「動く」トイレの系譜的展開──「トイレ・フロー」から思考する
「保つ」トイレのアーキテクチャ
「混ぜる」トイレの系譜的展開──個室としての可能性を見出す
──という4つのテキストを書いた。

「開かれた」では、男女以外の「性」に開くオール・ジェンダー・トイレや排便予知アプリ、民間施設の地域開放トイレなどについて考察した。これらからは、「時間」(タイムシェア・ログなど)という観点を導入することで、いわゆる公衆トイレ以外の施設トイレを、もっと人々に開くことができるということを学んだ。このテキストを書いてから1年弱が立つが、ずいぶんと「開かれた」トイレが街なかに増えたようにも感じる。

「動く」では、下水配管から切り離されたトイレをサーベイした。航空機のトイレとして近年用いられている真空式を発展させることによる住宅などのモバイル・トイレの実装可能性や、建設現場の仮設トイレにおけるジェンダーの問題に触れた。さらに好気性微生物によって便を分解するコンポスト・トイレや発展途上国の支援のためのトイレにも触れ、屎尿の回収や排便/肥料化/食事という循環をひとつの系「トイレ・フロー」として取り出すことでイノベーションを引き起こせるのではないかという仮説を導いた。コンポストについては実際に自分でもチャレンジをしており、結果次第ではここで紹介するつもりだったが、うじが湧いてしまったりと悪戦苦闘していて、みなさんに紹介できるような成果がまだ出ていない。さらにモバイル・ソーラーパネルを実装しようとしたが、バッテリーが重すぎたためにそれはかなわず、結局ベランダに置きっ放しになってしまった。この失敗から得たものはトイレやコンポストやソーラーパネルをハイブリッドしたベランダ空間といったものの可能性である。

「保つ」では、「清潔なトイレ、パブリックなトイレ」(青木淳+中山英之)における議論と、ローレンス・レッシグの『CODE──インターネットの合法・違法・プライバシー』(翔泳社、2001)を参照し、コンビニトイレ、有料トイレ、メダル式といったトイレのあり方に、清潔さを保つためのさまざまな規制の力を見出した。また、法(罰則、バリアフリー法など)、規範(マナー、国籍、宗教など)、市場(コンビニ、インバウンドなど)、そしてアーキテクチャ(建築、障壁、仕組みなど)といった制限があることによって利用者のパブリック・マインドが醸成され、たんなる公衆トイレだったものが、パブリック・トイレへと変貌する可能性を示した。次の「混ぜる」にもつながるが、これらの制限を組み合わせた新しい展開として、まだ数少ないベビールームとしても使えるコンビニ・トイレなどのプロダクトなどを検討してみたい。

「混ぜる」では、子どもトイレ、ベビールーム、旅行者向けの「Baggageport(バゲッジポート)」などさまざまな需要に対応する機能や、オンライン・ミーティング空間(skype)などの周囲の状況を断絶する個室としての可能性を探った。じつはこのテキストを書いた1カ月後に子どもが生まれ、私自身、身をもって公共空間で乳幼児とともにすごすという経験をした。その際改めて、子どもを連れて商業施設へ出向くと授乳室には、男性が入れないことが多いことに気づいた。妻の授乳中に夫は、扉近くになす術もなく突っ立っていなければならない状況が生まれる。もちろんベンチがあったり、待合空間が設えられていることもあるが稀であり、子育ての水回り空間における男女の居場所についても、まだまだ開拓の余地があることは明白だ。

トイレの近傍、シークエンス

「国内トイレ・サーベイ」というシリーズにおける私の役目には執筆するほか、3人の建築家を指名し(3人とも女性というのはまったくの偶然だったが、私自身が知りえない事柄について教えてもらいたいという潜在的な願望があったのかもしれない)、それぞれサーベイを基にパブリック・トイレについて“描いて”もらうというものがあった。

冨永美保氏(建築家、tomito architecture)には、実際の聞き取り調査を基に個室トイレにおける人々のふるまいをタイプ化して描出し、また、鮫洲運動公園をサンプルとして利用者の多様なふるまいに対応するトイレの再配置案を提案していただいた。
トイレの実際
「個性的なパブリック」を導きだすトイレのあり方

TSUBU氏(マンガ家、建築設計)には、門前仲町駅近くの辰巳新道を事例に飲み屋の横丁の共同トイレの魅力について、また、浅草を訪れ、浅草寺の世界中から訪れる老若男女に向けたユニバーサルなトイレと、浅草地下街の鍵付きトイレについて、マンガとテキストを組み合わせてレポートいただいた。
トイレが「イベント」になる横丁空間
「おもてなし」トイレのススメ

中川エリカ氏(建築家、中川エリカ建築設計事務所)には、動詞化し進化する女性トイレに対して名詞的なままの男性トイレを動詞化する提案、さらにはトイレの歴史を振り返りながら、多機能化し大型化した便器に対して個室を開いていくような提案をしていただいた。
名詞的なトイレ、動詞的なトイレ
トイレのテリトーリオ

私がトイレそのものについて書いてきたのに対し、この三者は、トイレ空間における人間の動きやふるまい、トイレに至り出て行く流れ、トイレ空間の周囲について考察されていた。つまりトイレそのものというよりもその近傍とシークエンスを見ているのだということができるだろう。こういった視点からは新しいパブリック・トイレのあり方を開拓できる可能性を大いに感じられる。

「パブリック・トイレの近未来」を考える意味

なぜいまトイレについて考えるのか。「おわりに」らしいまとめを書いてみようと思う。

「国内トイレ・サーベイ」というテーマだったが、国内のトイレ事情について書きつつも、つねに“世界”の環境・社会問題への批評ということに対する写し鏡になるようなテキストにできないかと考えていた。一番最初のテキストが、チリのスラム復興の話からスタートしたり、LIXILの開発途上国向け簡易式トイレである「SATO」を挟んだりしているのはその意図を含んでいた。

最後に、今回の連載を展開するうえで着想を得た海外のプロジェクト「バイオスフィア2」計画を紹介して終わろう。

バイオスフィア2

「バイオスフィア2」。(photo by Shimada, K Sept. 20, 2010 Arizona, USA / CC BY-SA 3.0)

「バイオスフィア2」とは、アメリカ合衆国アリゾナ州オラクルに建設された、将来的な宇宙空間への移住を念頭に置いた完全な閉鎖生態系を目指した実験施設である。なぜ“2”なのかというと、バイオスフィア“1”、つまり地球の環境問題を乗り超えるための施設だからである。巨大なガラスの閉鎖空間の中に、世界各地の気候を実際の動植物とともに再現し、ここで農耕、牧畜を行ない、食料と水、そして酸素を自給自足する。

このプロジェクトが面白いのは、閉鎖系なので、排水などが食物や飲み水を通して数日のあいだにまた自分の口へと戻ってくるということだ。

実験は2年交替で科学者8名が閉鎖空間に滞在し、100年間継続される予定であったが、実際には最初の2年間で終わったという。

なぜ実験が失敗したのかというと、コンクリート部分に光合成に必要な二酸化炭素が吸収されてしまったり、微生物の作用で酸素不足になってしまったりと想定外の出来事が重なり、それが結局食料不足にもつながったという。この実験は、他の系と連関することのない、タブララサとしての砂漠における閉鎖系ということが肝であった。未来的でロマンはあったが、そのことに拘泥したことがかえって実験継続の難しさに繋がってしまい、初期の失敗から立て直すことができなかった。

「バイオスフィア2」から得た私自身の着想は、閉鎖系ではなく現実社会における既存の系を部分的に調整・最適化していくような半開放系や、部分的な循環系とも言えるような持続可能性の高い事例をレポートし、歴史・系譜的に位置づけながらテキストにすることだった。

これまでサーベイしてきた事例を通してわかるのは、現在の世界における環境・社会の問題が発露するのは、やはり系の端部・破れ目・繋ぎに登場するトイレであるということだ。

先進国でも、発展途上国でも、公共空間でも、商業施設でも住宅でも、あるいはインターネットがどれだけ進化しても、VR空間が日常的なものになったとしても、どこにいてもこれからも、オフラインにできずに人間に一番近い距離で、ビテイコツのように残り続けるのはトイレだ。すなわちトイレを見ればその時代、その社会の一端を垣間見ることができるということだ。

さらにいうと、パブリック・トイレの近未来を考えることは、その世界の未来を考えることの最初の一歩と言えるのではないだろうか。

参考文献
アビゲイル・アリング+マーク・ネルソン『バイオスフィア実験生活──史上最大の人工閉鎖生態系での2年間』(平田明隆訳、ブルーバックス、1996)

ツバメアーキテクツ

2013年に山道拓人、千葉元生、西川日満里によって設立された建築家ユニット。2015年に石榑督和が参画。空間の設計をする「デザイン」部門と、研究開発やリサーチを行なう「ラボ」部門で活動をしている。2016年度「グッドデザイン賞」受賞。主なプロジェクト=《阿蘇草原情報館》(2015)、《八潮の保育所》(2017)、《ツルガソネ保育所・特養通り抜けプロジェクト》(2017)ほか。主な編著=『シェア空間の設計手法』(共編著、学芸出版、2016)ほか。

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公開日:2018年04月25日