国内トイレ・サーベイ 9
「混ぜる」トイレの系譜的展開 ──
個室としての可能性を見出す
ツバメアーキテクツ(建築家ユニット)
これまで、トイレを「開く」「動かす」「保つ」という観点から書いてきた。ここでは、「混ぜる」トイレと題して、機能が複合化するパブリック・トイレについて考察してみたいと思う。
トイレ機能の複合化を考えるためには、さまざまな想定が交錯する都市空間のパブリック・トイレ、とくに商業施設や駅のトイレにおける系譜を追いかけるのがいいだろう。『トイレ学大事典』(日本トイレ協会編、柏書房、2015)によれば、1988年に銀座松屋がINAX(現LIXIL)と連携して行なったトイレ改修が百貨店のトイレを変えたと言われているそうだ。階ごとにコンセプトを変えたり、化粧コーナーを設けたりといった試みが行なわれ、レストラン階には子どもが使える高さの洗面台がつくられた。「開く」論考で扱ったオール・ジェンダー・トイレの一歩手前にも通じる女性参画や、福祉的な展開の萌芽を感じる。お金を生まないトイレに、呼び寄せの可能性をみた最初の事例だ。
もっと掘り下げれば、有料トイレも興味深い。『トイレ──排泄の空間から見る日本の文化と歴史』(ミネルヴァ書房、2016)によれば戦後初めての有料トイレは、1947年に京都先斗町近くに設置された「四条トワレ」だという。受付カウンターがあり、男子用、女子用トイレ、洗面所が設置されており、使うのに5円、「おめかし」道具を使う場合には10円かかる(当時の映画館の入場料が10円だそうである)。また女子トイレには幼児用ベッドがあったり、タオルや化粧品の貸与・販売、さらには爪切りや耳かき、小冊子が販売されるなど、都市空間を闊歩するための身だしなみを整える場所としてのパブリック・トイレの始まりといえるだろう。
そして、昨年あたりから、この系譜に通じるような、さらなるニーズに対応した事例をいくつか発見した。
トイレのバリエーションを増やし、混ぜる
パブリック・トイレの機能の複合化についてまず、最近の事例を2つレポートする。
ひとつめは、小田急電鉄新宿駅西口地下改札内トイレである。2017年12月15日にリニューアルした。私は通勤通学で15年ほどお世話になっており、今回の複合化には感謝することになる。
まず入り口側で最初に目につくのは「こどものトイレ」。なぜ子ども専用トイレ?と疑問に思ったが、たとえば、小さな男の子が母親と女性用トイレに、あるいは女の子が父親と男性用トイレに行くといった事態を避けることができるし、ラッシュ時にはビジネスマンで溢れかえるこのトイレで、子どもがもたついてしまうのを避けることもできる。また、世間的には女性用トイレの中に設けられることの多い、おむつ交換台をトイレの外にも出し、男性女性ともにアクセスできるように「オムツ替ベッド」が設けられ、「授乳室」もまた、別に設けられている。女性用パウダールームもブース型で充実している。さらに珍しいのは、トランクなどを一時的に固定する「Baggageport(バゲッジポート)」というシステムが導入され、インバウンドなどにも対応している点だ。あまりの充実ぶりに驚いたが、実際にこのパブリック・トイレは、以前の状態と比較して面積が2倍以上になっている。しかもサイネージによって空き個室の数がリアルタイムで外部に知らされる。この状況を思えば、すでに確立したかに思えるパブリックな施設におけるトイレ設計は、さらに進化する余地があるのではないだろうか。
2つめは、渋谷駅地下の渋谷ヒカリエからSHIBUYA109まで渋谷駅の地下を端から端まで結ぶ地下通路、通称「渋谷ちかみち」の一部にできた「渋谷ちかみちラウンジ」である。ここにも上述した授乳室と同じような「ベビールーム」や「女性用パウダールーム」などが充実しているほかに、男性用の「ドレッシングルーム」がある。これまでによく見られた女性用のパウダールームと対になるものだろう。そのほかに、Wi-Fiが提供され一時的な休憩やテレワークなどに対応した「ラウンジ」があることにも驚いた。待合室でもなく、カフェでもなく、トイレ個室でもない、ゆるい居場所である。これが無料というのだから、これはカフェやオフィスの進化系ではなく、やはりパブリック・トイレの系譜として位置づけたほうが想像が広がる。
つまりパブリック・トイレは、排泄をする場所という役割以上に「Wi-Fi」などのインフラが提供され、より快適に子どもを世話したり、身だしなみを整えたり、ちょっとした作業ができる場所として展開しており、福祉社会化、高齢化、インバウンド需要などさまざまな想定が混ざることで、拡張された都市の個室としての意味合いも出てきているのではないかと思う。
都市の「完全」個室としての展開可能性
「便所飯」という言葉がある。2000年以降に生まれた俗語だが、大学や会社でひとりでご飯を食べるのを見られるのを恥ずかしく思う人が、トイレの個室の中でこっそり弁当などを食べることをいう。それほどまでに都市空間で、ひとりきりになれる場所がないのかと驚く。ここに可能性があるように感じる。どういうことか。例えばNTTが今月9日に発表したカーシェアリングの意識調査がある。
首都圏在住の20?69歳までの男女を対象に調査し、カーシェア経験のある400人のうち、50人が「カーシェアを移動以外の用途で使った」と答え、そのうち、なんと64%が仮眠のために利用したと回答したという。つまり都市の「完全」個室としての利用だ。次いで多かったのは「友人・家族との電話」「仕事上の電話」だった。
なるほど、やはり都市には、完全にひとりになれる場所が足りないのだ。昼寝をしに漫画喫茶に行くにしても、誰かがいるし、会社やカフェでSkypeを使うにしても、周りを気にして少し声を小さくしなければならない。リーズナブルな完全個室としてのシェアカーを利用するというのは頷ける。
これを思えば、パブリック・トイレに併設された休憩スペースでも多くの人がいれば昼寝もしづらいし、Skypeは満足には使えないことになりそうだ。そうなれば、トイレの擬音装置なんかをなくして完全防音にしたり、あるいは、トイレ個室のサイズで椅子だけあって、電話ボックスとトイレがハイブリッドしたようなSkype専用の通話ボックスというのがあってもいいかもしれないと想像が膨らむ。
あわせて2016年に東京地下鉄株式会社が銀座線の表参道駅、溜池山王前駅、銀座駅に試験設置していた「エキナカワークスペース」なども興味深い。ちょっとしたPC作業や身だしなみを整えるためのベンチと個室がハイブリッドしたようなある種のストリート・ファーニチャーだ。遮音効果を狙ってのデザインとあるが、いやむしろ、周りを気にせずに使えるという意味では鉄道空間の「うるささ」を利用しているともいえ、地下鉄のくぼんだブースはSkypeには適しているかもしれない。
上述した事例なども含めて考えると、いま企業や公共施設が提供すべき共有の「場所」が、どうも「排泄」のためだけのトイレでは担えなくなっているのだろうと思う。排泄に付随した行為を見直してトイレの個室性に可能性を見出し、都市の「完全個室」として展開すれば、まだまだ未知なるビルディングタイプを発明できるかもしれない。
(山道拓人)
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公開日:2018年01月31日