国内トイレ・サーベイ 8

「おもてなし」トイレのススメ

TSUBU(マンガ家、建築設計)

漫画

つづいて、浅草地下街のトイレを取り上げる。浅草地下街は地下鉄銀座線浅草駅に直結した、現存する日本最古の地下商店街である。昭和30年代を感じる、独特の場所だ。飲食店や占い店、マッサージ店などが並び、エンターテインメント色が濃い。ここにもパブリック・トイレはある。
しかし、それは誰しもが気兼ねなく立ち寄れる場所とは言い難い。トイレを利用したい旨を、地下街の店員に伝え、トイレのドアの鍵を借りなければいけないのである。トイレは、地下街の最も奥まった突き当たりに位置し、人通りはなく、ゴミか私物かわからない段ボールなども置かれ、緊張感が漂う。鍵を使って扉を開けると、男女別にさらに2つの空間に分かれる。女子用の空間の入り口にはスイングドアが目隠し的に設置され、ここで緊張感が少しほぐれる。内部は古さゆえのほころびはあるものの、いたって清潔で、利用に抵抗はない。小さな花の飾り付けなどもあり、可愛らしさもある。
このトイレの最大の特徴は、やはりそこに至るまでに「勇気」を要する点である。店員とのコミュニケーション、鍵を開ける瞬間の息を呑むような緊張感、店に戻って鍵を返す際のやりとり……、まるで地下のダンジョンでクエストを遂行しているかのようだ。店員と会話をすることで、自分もこの地下街の一員になったかのような嬉しさもある。これはある意味で「閉じられた」パブリック・トイレかもしれないが、利用者が限定されることで安全性が確保され、この場所特有の人情味を感じられる貴重な体験とも言える。

浅草寺と浅草地下街のパブリック・トイレは、利用者に対する開かれ方はまったく異なる。しかし、浅草寺のパブリック・トイレの「明るくクリーンで、サービス精神が隅々に行き届く様子」と、浅草地下街のパブリック・トイレの「店員と客のやりとりが醸すローカル感」のどちらにも「日本らしいホスピタリティ」があると感じた。今後は、2020年東京五輪開催に向けてインバウンド需要に対する整備が進むことを考慮すると、浅草寺のトイレのあり方が、パブリック・トイレの進化の方向性として有力であり、浅草地下街のトイレのあり方は、少しずつ姿を消すのではないだろうか。

TSUBU

マンガ家。並行して設計活動も行なう。現在GANMA!にて「ハリヒトヒラ」を連載中。主な作品に「紺色の街」など。2013年からstudio[42]一級建築士事務所参画。

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公開日:2017年12月27日