国内トイレ・サーベイ 5
「動く」トイレの系譜的展開 ──「トイレ・フロー」から思考する
ツバメアーキテクツ(建築家ユニット)
「動く」トイレの可能性を考えてみようと思う。今、人間の住まいを設計することは、ほとんど水回りの設計をすることと同義なのではないだろうか、と「国内トイレ・サーベイ 1|21世紀のトイレを考えるリサーチ」では問いかけた。リビングルームのさまざまな要素がIoTなどで進化を遂げ世界とつながっていくなかで、トイレだけは固定された尾_骨のように残り続けている。リノベーションを考えるときは、いつも厄介だ。動くトイレが実装できれば間違いなくイノベーションが起きるだろう。
平安時代には、貴族が住む寝殿造りの家の中には、場所に固定されたトイレはなかった。「樋箱」という「おまる」があり、使用人が屎尿をゴミとして都度外に捨てていた。つまり「動く」トイレはすでにあったわけだ。ただ、その後は、屎尿は貴重な肥料として江戸時代に至るまで売買されるようになり、ポットン便所として固定化。都市化に伴い上下水道が整備され、屎尿は汚水として処理されるものとなった。
つまり、言葉にすると当たり前だが、臭いが出ず、衛生的で、身軽な「動く」トイレ、すなわちモバイル・トイレとでも呼べそうなプロダクトを実装できれば再び「おまる」を進化させられるかもしれないし、住まいも変わるかもしれない。
高速で動く──列車のトイレ
都市部におけるモバイル・トイレを考えるために貯留方式を調べてみよう。ここで注目すべきは、臭いも出さずに高速で動くトイレ、そう、新幹線のトイレである。まずは簡単にその展開に触れてみる。
1872年、新橋─横浜間に鉄道がはじめて開設された。まだ車両にはトイレがない時代である。1920年頃より、長距離移動にともなうニーズが新聞で話題になったことなどからトイレ付き列車が登場。ただ、最初は線路にそのまま垂れ流していたという。列車がすれ違う時には、窓にまで舞い上がることもあったそうだ。1961年、新幹線にタンク式トイレが採用された。トイレ付きの列車はまだ50年ほどしか歴史がないことがわかる。
さて、ここで、主な列車における汚物処理をまとめてみよう。
A──直接排出式:垂れ流し式、排泄物と洗浄水をともに排出。
B──粉砕式:汚物に消毒液を混ぜ粉砕、タンクに蓄え、消毒完了したのちに、垂れ流す。
C──貯留式:排泄物と洗浄水をともにタンクに蓄える。タンクの容量がとても大きくなる。
D──循環式:排泄物のみをタンクに蓄え、洗浄水はフィルターを通して再利用。新幹線をはじめJRの各車両に採用されている。
E──燃焼式:燃焼し、灰にして排出。危険性や臭気の問題もある。
F──真空式:航空機に採用。0.2リットルほどの水で洗浄でき、コンプレッサーで真空状態をつくり汚物を貯留。水タンク、汚物タンクも小さくすることができる★1。
これらからモバイル・トイレの可能性を考えてみると、まずAとBは却下。これらはおまるやポットン便所と同じようなやり方で、後述するがまさにアフリカやアジアなどで垂れ流し式は大きな問題となっている。CとDも結局、そのタンク自体が大きいので、都市部の住まいのサイズ感にとっては身軽ではなく、実用的なモバイル・トイレとは言えなさそうだ。家のなかで便を焼くEを採用するわけにもいかない。Fにヒントを見出し、おまると掃除機(コンプレッサー)がハイブリッドしたようなプロダクトは構想できるかもしれない、というのが私の現時点での想像である。
転々と動く──仮設トイレ
次に着目するのは、ツーンと鼻に刺さる匂いを放つ仮設トイレ。仮設トイレには実際、いろいろな場面でお世話になる。夏の屋外ロックフェスでは大量の仮設トイレが並んでいる風景をよく見るし、住宅などの建設現場でもお世話になる。上述したCのタイプと言えよう。これは仕組みとしてはポットン便所のモバイル的進化である。ひとつのフェスや現場が終わったらまた次の場所へ行くといったように、転々と旅するトイレと言ったらロマンチックに聞こえるだろうか。しかし電話ボックスくらいのサイズ感や、匂いと回収の手間を考えると、住まいや施設での日常的な利用は私のなかで却下された。それでも、調べていくと意外な社会性が見えてきたので一点だけ記す。
知人の女性建築家に、仮設トイレについてヒアリングしてみると、小さな建設現場では、敷地の制約から仮設トイレが一個しか置けず、それをすべての職人で共有することになるという。男女それぞれの仮設トイレが置けない物件では、女性の現場監督には敬遠されがちで、それゆえわりと大きな現場にまわされがちだと聞いた。すなわち小さな住宅の現場で、すべての工程に関わり早く仕事を覚える、という機会が奪われているという社会問題が見えてきた。ここにも新しいトイレ開発の種がありそうだ。
ゆっくり動く──コンポスト・トイレ
さて、都市部においてモバイル・トイレを構想することに行き詰まったら、田舎暮らしにヒントを見出すのもいいかもしれない。
近年、素人でも簡単に実装できるコンポストが一般的になってきている。ミミズなどを利用した、見た目に恐ろしいものではなく、微生物などによって生ゴミを分解して土(分解カス)として取り出すものがほとんどで、一台数千円程度だ。田舎暮らしといったが、庭やバルコニーがあって菜園などをできる住宅なら都心でもうまく活用している人もたくさんいる。さらにツワモノ向けには、コンポスト・トイレというのも市販されている。原理はコンポストと似ていて、便器の下におがくずなどの資材を入れ、好気性微生物によって分解、水は使わないし、汲み取りなどの作業もなく、分解カスを肥料として使う。費用は20万─150万円程度で、現実味がある。便をして、分解して、再利用して、野菜を育てて、食事して、また便をして、というゆっくりとした循環的なライフスタイルを目指すための非常に面白い建築が生み出せるのではないだろうか★2。
もっと、ゆっくり動く──エコ・トイレ
田舎よりももっと遠く、地球の裏側であるアフリカまで目をむけてみよう。
LIXILがアフリカで仕掛けているプロジェクトのうちのひとつ「SATO(Safe Toilet)」が興味深い。
・安全で衛生的なトイレを利用できない人びとは世界人口の1/3、24億人。そのうち屋外で排泄している人びと9億5千万人
・下痢性疾患で命を落とす5歳未満の子ども1日800人
・衛生的なトイレの不備による2015年の経済的損失、推定約22兆円
衝撃的なメッセージから紹介されるSATO。
アフリカの農村部では、トイレは掘った穴に板を渡しただけのものがほとんどだという。臭いが漂う問題だけでなく、蝿が飛び交い、大腸菌などの病原菌によってたくさんの人が死ぬ。かつ学校などの施設においてトイレがないために、犯罪の危険性から女性が教育の機会を失うという社会問題の連鎖が起きている。
「SATO」は、こういったアフリカを中心とした農村部やスラムなどの、上下水道がなく、まともなトイレが普及していない場所での利用を想定しているモバイル・トイレだ。モバイル・トイレといっても、地面に直径1.5メートル、深さ2メートルの穴を掘ってポットン便所のようにして使い、穴が屎尿でいっぱいになったら、埋めて、トイレは移動していく。穴がいっぱいになるのはおよそ5年という単位なので非常にゆっくりと移動していくことになる。また、「SATO」の表面には滑らかな加工がしてあり、屎尿は少量の水で自重で落下。そして蓋が自動で閉まるため、臭いがもれず、蠅も発生せず病気の蔓延も防ぐ。しかも価格は5ドル以下で、上述したコンポスト・トイレと比較しても圧倒的に安い。「国内トイレ・サーベイ 1|21世紀のトイレを考えるリサーチ」で紹介したソーシャル・ハウジングのように配管をしていくという発想ではなく、そもそも配管をやめてしまい、モビリティを極限まで高めたことによるイノベーションだ。
「トイレ・フロー」を再考する
これらのプロジェクトを通して学べることは、トイレにまつわる「フロー」を再考することだ。
ここで紹介した事例は、どれもトイレのユーザー目線からの展開というよりは、屎尿の回収や排便/肥料化/食事といった循環、設備の不足による機会の不均衡、生活環境の悪化などの大きなスケールで見たときに立ち現われる「トイレ・フロー」とでも言えそうなものだ。この「トイレ・フロー」は、トイレ自体をプロダクトデザインとして、あるいは建築設計におけるひとつの単なるエレメントとしてだけ見ていては、掴めない。トイレ・リサーチをしていてあらためて気づかされたことは、排便は、人類すべてに共通する振る舞いだということだ。まだまだ世界のいたるところに、イノベーションを引き起こすための「トイレ・フロー」を見つけることができそうだ。
(山道拓人)
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公開日:2017年09月21日