国内トイレ・サーベイ 3
「開かれた」トイレの系譜的展開 ──
公衆トイレからソーシャル・トイレへ
ツバメアーキテクツ(建築ユニット)
トイレの系譜を追い、これからのトイレの進化のために消えていったトイレのタイプ(型)を呼び戻すことはできないだろうか。
そんな問いかけを前回のテキスト(国内トイレ・サーベイ1)で試みたが、今回のテキストでは、系譜のなかで次第に個人の空間として閉じていったトイレを、再び社会に対して開いてみることを考える。
開かれたトイレ、というのは何も公営の「公衆トイレ」だけでないことを、都市に暮らすわれわれはよく知っている。むしろ外でお腹が痛くなったら、公衆トイレではなくまずコンビニのトイレを探し駆け込むだろう。
それが当たり前になっているいまだからこそ、この「開かれた」トイレという存在を、公衆トイレだけに限定せずに、系譜を展開してみようと思う。
今回は「何を(目的)」「何で(手段)」そして「何に(対象)」開かれた状態にするかという観点から、ケーススタディ的に紹介していこう。
「性」を開くオール・ジェンダー・トイレ
トイレの社会性を考えると、必ず浮上するのは「ジェンダー」にまつわるイシューである。
つまり性に、より開かれたトイレのあり方についての議論である。具体的には、男性用トイレ・女性用トイレという区分けでいいのか? LGBTをはじめとする性的マイノリティの人々への配慮は? その配置は? ピクトグラムはふさわしいのか? といったさまざまな議論がなされている。
そういった議論を踏まえ実装されたのが、2017年5月に東京、渋谷にオープンした「MEGAドン・キホーテ渋谷本店」のオール・ジェンダー・トイレである。
お馴染みのスカートあるなしのピクトグラムのあいだに、スカートを半分履いたようなピクトグラムがデザインされている。実際のトイレの配置も「MEN」と「WOMEN」のあいだに「ALL GENDER」のトイレが3つ設置されている。
外国人旅行者向けの対応、職種の多様性、LGBTやダイバーシティに取り組んでいる渋谷区という立地的な観点から、渋谷で実験的に設置されたのだろう。私はここに、オール・ジェンダーへの配慮という意味を超えて、建築計画的な可能性を感じる。
例えば、劇場に音楽ライブに行くと、その出演者や演目によって、日ごとに男性と女性の観客数にかなり偏りが出ることがある。その偏りによって、どちらか一方のトイレだけ長蛇の列ができているさまををよく目の当たりにする。はたまた、JRの原宿駅のトイレも立地的な理由や、男女の使用時間の差によって、いつも男性用トイレはガラガラで女性用トイレに長蛇の列ができている印象がある。
こういった状況に対し男女どちらかの便器を多く設定するのが難しいのであれば、この現象を吸収するバッファとして、どちらにも属さないトイレをあるボリュームで設置するというアイデアは、有効だろう。トイレだけでなく廊下、動線などを含めた施設計画の考え方が根本から変わるかもしれない。既存の公衆トイレよりも学びが多いMEGAドン・キホーテのオール・ジェンダー・トイレである。
「テクノロジー」で開く排泄予知
尿意を催すタイミングはだいたいわかるが、便意は突然くる。(これは、あくまで私見である。)
いま、テクノロジーの力を使って、この排泄のタイミングを予測するサービスが登場している。
そのテクノロジーが介護のあり方を根底から変えようとしている。
この「DFree」は、身体に害のない超音波によって体内の変化を感知する仕組みを採用している。超音波で膀胱の変化をとらえ、携帯アプリなどを通じて排尿のタイミングを知らせるサービスの提供が介護施設向けに始まっている。排便予知の機能は現在開発中であるが、この装置を使えば、高齢者、体の不自由な人などが時間に余裕をもって、排泄の準備をできるようになるだろう。また、その周期をアプリに記録することで、予知の精度を高めるという学習機能も備えているそうだ。
これもプロダクトとしての可能性だけでなく、介護施設の運営や個人のケアプランにもフィードバックされる可能性がある。例えば、介護施設などで導入されれば、トイレ誘導の声がけなどのコミュニケーション・コストを簡略化することができるので、要介護度の高い方自身の不安や、介護士への負担も軽減されるかもしれない。特に、たくさんの人が入居する介護施設では、トイレへの移動や介助、おむつ交換など排泄ケアにまつわる負担から人々を解放できると思われる。このプロジェクトは、トイレそのものに関わるデザインではないが、その排泄プロセスにテクノロジーを導入することで展開している。
「地域」に開くソーシャル・トイレ
最後に、ツバメアーキテクツが最近手がけたプロジェクト《ツルガソネ保育所・特養通り抜けプロジェクト》(2017)を紹介しよう。ここでもトイレが重要な要素のひとつとなる。まずは概要を説明しよう。
社会福祉法人福祉楽団は、運営する特別養護老人ホーム(以下、特養)の職員の子どもを預かる保育所を建てることにした。その設計をツバメアーキテクツで手がけた。
保育所の敷地は特養の北側に隣接し、住宅に挟まれている。さらに、すぐ隣には高校がある。俯瞰的に見れば、児童、学生、職員、高齢者、近隣住民といったさまざまな世代の人たちが敷地周辺に集まることになる。しかし従来の施設計画では、彼らが出会う機会を生み出すのは難しかった。社会制度によってそのあり方が定められた保育所、学校、特養等の施設建築は、特定の機能や目的に特化することによって効率的な運営を成立させているが、一方で施設のタイプがそこにいるべき人々のタイプを規定してしまい、敷地の内側に閉じ込めてしまうからである。このことによって、地域のつながりも、敷地ごと、施設ごとに細分化されてしまっているのが現状である。
ここでは、保育所と、特養まで通り抜けられる道を計画し、多世代の活動を定着させることで、敷地を越えた人々の関係性を生み出す空間をつくり出している。
まず保育所を、東南側に開くL型の構成で前面道路に寄せて配置した。次に大きな軒下空間を設け、通り抜けられる道の入り口としての構えをつくりだした。軒下空間は方形天井とし、ベンチ、ゲーム機や携帯電話の充電ができるコンセント、自動販売機、AED(自動体外式除細動器)や機械警備を設えている。軒下の土間は保育所内部に連続し、誰でも利用できる「トイレ」が隣接する。
保育室からは、デッキ、スロープをデザインし、特養の居間コーナーに接続させた。園庭を通り抜けた位置にある、職員、入居者が利用する特養会議室の壁を撤去し、デッキと掃出し窓を設けることで、裏となっていた場所に居場所をつくりだした。さらに隣地の畑に接続する抜け道や、バスケットコートを設置。コートと対面するフェンスと植栽を取り払い、高齢者が眺められるようにした。もちろん、地域への開放とともに、特養と保育所の消防設備や機械警備を連動させ、包括的な防犯・防災対策にも配慮している。
ここまでが、この建物の説明である。
トイレ、携帯の充電ができるコンセントや、自動販売機など、建築デザインの現場では、「格好悪い」とされてしまうものを、人々を結びつけるトリガーとしてバスケットコートなどとともに積極的にデザインの対象としている。従来の施設計画やこれまでの建築家らしいアプローチからはまるで異なる態度で取り組んだ。
コンセントや自動販売機とトイレが向かい合わせになっていることで気軽に高校生が保育所に出入りするようになる、児童が遊べるデッキや高校生が集まるバスケットコートが、高齢者の窓辺と向かい合うことで日常的に声をかけあうといった事象は、通常の施設建築の枠組みではこぼれ落ちてしまい制度化されないことであるし、定量化しにくいことである。
しかし、こうした人間の身体性(欲求、生理的反応)にもとづいた活動を連関させていくことによって、細分化された人々や地域を結びつける空間を生み出せるのではないだろうか。
われわれはこれをソーシャル・テクトニクス(社会的構法)と呼び、建築を批評し更新していく方法論として準備しているが、まさに、このような観点から、ほかのさまざまな要素と組み合わさることで、少し大げさかもしれないが、単なる保育所のトイレが「ソーシャル・トイレ」ともいうべき姿として展開したように思われる。
トイレのデザインに「時間」を導入する
この3つのプロジェクトを通して学べることは、「時間」のデザインだ。
カフェやオフィスなど機能を複合化したり、時間差によって空間を重ね使いすることは当たり前になった。トイレにおいても、やはり「時間」あるいは「時間差」に注目すれば、ほかのものとハイブリッド化する可能性が拓けてくることがもうおわかりだろう。
オール・ジェンダー・トイレでいえば、ある種利用者の偏りを吸収するような「タイムシェア」としての可能性が感じられるし、排便予知システムは、排便の「プロセス」のリ・デザインだ。保育所の事例は、居場所とトイレをハイブリッド化することによる、地域というスケールにおける1日の人々の「サイクル」を変えるようなアプローチだ。
社会がどのように進化しても、尾てい骨のように残り続ける超時間的なトイレという存在だからこそ、まだまだ、開くべき系譜がありそうだ。
(山道拓人)
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公開日:2017年07月20日