海外トイレ事情 23
中国、北京 ──
社会インフラとして変貌する中国における公共トイレ
早野洋介(建築家、MAD Architects共同主宰)
2017年──北京の胡同地区における風景の変化
元の時代「大都」と呼ばれていた頃から、人々が集い住まう場所である「都市」として、さまざまな変化を目撃し、許容しながら現代まで生きながらえてきた都市、北京。北京は、時代ごとの社会の変化に寄り添うようにし、その街並みもまた「都市」として多くの人が住まう場所に相応しい場所であるべく、ときに民間の経済活力によって、ときに行政による衛生面やインフラ整備として、規模を違えながらも時代と歩調を合わせるようにその姿を更新し続けてきた。その北京の街並みに、2017年、またしても大きな変化が訪れた。
北京の中心部に位置するのは、故宮とも呼ばれる紫禁城。その紫禁城を取り巻くようにして徐々に広がる環状線は内側から二環、三環、四環と数字を上げていき、中心部からの距離を感じることができる。その最も内側に位置する二環路の内側はかつての北京の内城・外城と呼ばれた領域であり、そこに広がるのが低層の四合院が密集して立ち並ぶ胡同(フートン)というエリアである。かつての都市のスケールをそのまま残す路地は、そこに住まう人々の生活空間の一部となり、朝から晩までさまざまな賑わいを見せてくれる、最も北京らしい都市空間である。
北京市政府が施行した「??打洞整治」と呼ばれる政策は、この胡同エリアにおいて本来住居として供されるべき建物の外壁に開口部を設け、商店やレストランとして利用されている建物を、本来あるべき姿に戻すことで、都市としての環境を整備するというものである。
おそらく2017年に北京で一番忙しかったのは、開口部を塞ぐためのレンガ業者だったのではと思うほど、毎週のごとくひとつの通りで大掛かりな工事が行なわれ、次の週にはその隣の通りへと、まるで都市が塗り替えられるようにして風景が変わっていった。それと同時にかつて当たり前のようにそこにあった商店やその周りの賑わいが路地から消え、そしてその風景がまた、新しい日常の風景として街に溶け込んでいった。
土地所有の方法や行政の施策の行なわれ方など、国や地域によってさまざまに異なるが、この中国という国においては、圧倒的なパワーとスピードによって遂行される。その都市の風景への影響力の強さをまざまざと実感させられる1年であったことは間違いない。
推し進められる「トイレ革命」
5年に一度北京で行なわれる中国共産党大会。その第19回党大会が2017年の秋に執り行なわれた。今後5年間における国としての目標などが示される大会であるだけに、国内外から注目が集まるが、そのなかで強調されたのは人々の生活に配慮した国の発展と、自然との共生を図る社会のあり方であった。
人々の生活の基礎となるのが、衛生環境を維持するトイレの存在。沿岸部から内陸部まで広大な国土を有する中国において、国内の各地に均等に公共トイレを普及することは非常に困難であるが、なんとしても成し遂げるべき国家的課題でもあった。
2012年の第18回党大会で発足した新体制においては、グローバリゼーションを経て、国外から多くの外国人旅行者が中国各地を訪れることに備え、さらに世界基準の公共トイレを全国規模で整備しようという新たなる「トイレ革命」が推進されている。
都市部と農村部の衛生状態の不均衡を解消し、人々の生活の質を高め、国内外から訪れる旅行客に衛生的なトイレ空間を提供するという目的で、2015年より国家観光局の主導により、「2017年までに農村部への上下水の整備を行ない、全国で5万7千の公共トイレを新設する」という目標を掲げて進められていたこの政策は、2017年の秋には目標を上回るペースで設置が進んだという報告がなされた。その普及率は1993年における7.5%からはるかに上昇し、確実に全国的な公共トイレのネットワークが完成しつつある。数の問題は時間が解決するが、一方で、快適性や機能性がどのように向上していくのかもまた注目していくべきところである。
インフラとしての公共トイレ
公共トイレは、街なかに設置されるものだけではなく、交通インフラである高速鉄道の駅、空港、そして都市のなかに新たな経済活動をもたらす商業施設、各地の文化施設など、異なるコンテクストのなかで異なった形として設置されるものも含む。新たな時代に向けて社会インフラ整備が進むこの国においては、インフラとともに社会に挿入される公共トイレによるインパクトもまた強大なものとなっていく。
都市の整備が一新されるほどの国家規模のイベントであるオリンピックも、新たなインフラ、国の考える新しい基準としての公共トイレの空間を整備するのに大きく寄与する。その意味で、2008年に行なわれた北京オリンピック、それに合わせて開港されたノーマン・フォスター設計による北京首都国際空港の第3ターミナルは、新しい時代の中国における公共トイレのスタンダードを示すものになっている。
いかに国際的に著名な建築家が設計しようとも、どうしてもその国の基準がダイレクトに出るのもまた、トイレという空間が国民性や文化性を反映する生活空間である証拠である。男女共に必ずひとりずつ待機している清掃員と、個室のいくつかは必ず和式になっていることに、異なるトイレ習慣をもつ世界各地から、オリンピックを目的に首都である北京に訪れるさまざまな人々への配慮が感じられる。同様に、オペラハウスという特殊な文化施設であっても、発注者である地方政府から、必ず一定割合和式のトイレを設置するよう指示された弊社設計の《ハルビン・オペラハウス》(2015)での経験を思い起こす。
インフラを超えた意味をもつ公共トイレへ
「一帯一路」をはじめとし、陸、海、空を繋ぐ新しい経済および交通ネットワークを構築する長期計画を進める中国。その動きのなかで、圧倒的数をもち、全国各地に設置されていく新しい基準として人々の生活の基盤となり、その衛生状態を保つために重要な役割を果たす公共トイレ。
現在の中国だからこそ出現するその驚異的な数と、人々の生活に密接する特殊な空間性が合わさるこの公共トイレだけがもつ、都市空間に与える強大なインパクト。インフラとして機能性だけに終始するのではなく、公共トイレが都市要素としてもつ可能性を拡大するような新しい試みが行なわれれば、社会に与えるプラスの影響もまたはかりしれない。
われわれMAD Architectsも、公共トイレが機能や都市インフラとしての場として終始するのではなく、そこに住む人々にとって生活を豊かにするような新たなコミュニケーションを生み出す場となり、新しい都市の風景となるような空間デザインの研究を進めている。
ケース・スタディとして、われわれのオフィスが位置する胡同の公共トイレを敷地と見立ててプロジェクトを進めている。一般的に男女別に分けられ、用を足すという機能のみを果たす現在のスタイルを変更し、個室ブースが群生し、そのあいだには木々や花々が小さな庭園をつくりだす。個室ブースの屋根面には太陽光パネルが設置され、消費電力をカバーするとともに、屋根面で集められた雨水や手洗いで使用された水は植栽用として再利用される。
ぞれぞれのトイレの置かれた場所や方位、そして個室ブースのレイアウトの違いによって、そこに発生する庭園は変化し、さらに人々がトイレを使用することが庭園を育てることにも繋がる。このように、表情を奪われたインフラとしての空間が、人々の参加を促す都市の情感を生み出す場として新たなる風景を都市のなかに挿入していく。われわれはこの空間を微小な?林(中国語にて庭園の意味)とし、「微?」と名づけ実現可能に向けて協議を進めている。
小さな変化がスケールを変え、大きな影響として社会に還元される。圧倒的数とシステムを背景にもつ公共トイレだからこそ、もたらすことができる新しい都市空間。今後の中国において、都市を豊かにする風景が、公共トイレを介して現われてくることを期待する。
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公開日:2018年04月25日