海外トイレ事情 21
オランダ、アムステルダム ── トイレとアート
根津幸子(建築家、URBANBERRY DESIGN主宰)
運河と公衆トイレ事情
オランダの街並みは運河を軸に形成され発展してきた。今では交通網としての役目は薄れ、日常の生活風景として運河は親しまれている。運河沿いには駐車スペースが設置されることが多いため、停められた車によって歩道からは死角となり、フェンスのない運河に向かって用を足す人が後を絶たない。現在の法律では現行犯の場合90ユーロの罰金が課せられる★1。
かといって、街に公衆トイレがないわけではなく、アムステルダムの運河脇には、1914年にアムステルダム派の建築家がデザインしたKrul(クルル)と名付けられた男性用簡易トイレが今でも数多く残っている。小便器は、平面的には「の」の字で、立面的には足元が見え、上半分の壁が透かし模様で開けられた鉄製のオブジェで囲われている。臭いの対策がされていない部分が問題だが、デザイン自体は街に溶け込んでいる★2。
トイレ空間とアートとの関わり
マルセル・デュシャンが、トイレという日用品を自身の作品としてアートの文脈に取り込んだ《泉》を発表して1世紀が経つ。既製品を用いて既存の美術という制度に対してユーモアとアイロニーをもって批評した作品は、その後の美術という枠組みを大きく揺るがした。このレポートではトイレ空間とアートとの関わりを見ていきたい。
アムステルダム中央駅を電車で離れてすぐ、5つの便器がファサードに取り付けられている建物が線路脇に見える。地域に根ざした文化活動を行なっているMediamatic(メディアマティック)の常設展である。ここではオランダの最先端の便器を展示するなどアートとしてトイレが扱われている。
オランダでは、政策として都市計画に積極的にアートが取り込まれており、新築、リノベーションにかかわらず公共事業に関しては予算の1?2%がアートに配分される仕組みをとっている★3。こうした政策のもと、オランダにおいて公共空間のデザインは、文化としての側面を強くもっているといっていい。その証拠にKrulもMediamaticもトイレに関するデザインをアートとして昇華させている。アートという観点からトイレ空間を見ると、デザインの可能性は無限に広がっていきそうだ。
パブリック・アートとしてのトイレ
次にトイレのデザインがパブリック・アートとなった事例を紹介したい。?lady p
《lady p》は、デルフト工科大学で便座のデザイン開発を行なっているマリアン・ロスの手がけた女性用トイレであり、Mediamaticでの展覧会★4に出展された。女性でも立ったまま用がたせる便座はスフィンクス社との共同開発で、必要最低限の要素で構成されたデザインは、常識外れでグロテスクでもあるが、人間工学的に導かれた衛生に配慮した形状だという。筆者も昔、ロッテルダムのバーで使用したことがあるが、一見の衝撃は大きく戸惑ったのを覚えている。しかし狭いスペースには最適で、使い心地は軽やかであった。トイレ機能を十分に満たしつつも、これまでの慣習を覆す女性が立ったままで用を足すという使い方、さらにそのデザインによって、非日常的な経験をトイレ空間においてもたらす作品である。
?A STAR IS BORN
建築家レム・コールハースと写真家エルウィン・オラフのデザインによるパブリック・トイレは、1996年、「A Star is born」と名付けられた、フローニンゲン市の都市のデザインと文化を結びつける建築プロジェクトのひとつである。青いラインで描かれたエルウィンのコラージュ写真は、男女の戦いを表現し、また全体が円形のボリュームは、男子と女子のトイレを陰陽のマークのように平面で分けている。
?POWER TOILETS
私事で恐縮だが、デンマークのアーティスト集団SUPERFLEXと筆者が共同主宰するアムステルダムの建築事務所NEZU AYMO architectsの共作である《POWER TOILETS》を紹介したい。シリーズひとつ目となるこのトイレは、アムステルダムの北に位置する北ホラント州ヘールフゴヴァールトの都市自然公園内の水辺につくった、パブリック・トイレの機能をもったアート作品である。内観はニューヨークにある国際連合ビルのトイレの完全なコピーで、元職員が携帯電話で撮った写真を基に図面を起こし、オリジナルと同じ素材を使い、同じディテールを施し、家具や洗面器具などは厳密に復元した。国際連合は、世界の平和と安全の維持を目的とする機関であるが、この公園に訪れた、人工ビーチで泳ぐ人やウォーター・スキーを楽しむ人など誰もが、世界各国のリーダーたちと同じ仕様のトイレを無料で楽しむことができる。
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公開日:2018年03月30日