海外トイレ事情 20
イタリア、トリノ ── バールとともにあるイタリアン・パブリック・トイレ
平木利帆子(慶應義塾大学大学院修士課程在籍)
北イタリア、ピエモンテ州に位置するトリノでの2カ月間のインターンシップを終えた私が、このレポートを書いている。トリノのみでなくヴェネツィア、フィレンツェ、ローマをはじめとして北イタリア各地に足を運んだ滞在であったが、今回はじめに「パブリック・トイレ」に焦点を当ててこの滞在を省みたときに、いまいちピンとこなかったことがなにより印象深い。これは「パブリック・トイレ」を「公衆トイレ」と解釈して考えてしまったことに原因がある。この2つは意味合いとしては似ているが、その乖離をここでは「公衆トイレ」=「行政や自治体の管理のもと街中に設置されたトイレの機能のみを有する施設」、「パブリック・トイレ」=「管理者の立場は問わず商業施設や公共施設に設置された、誰でも利用できる開かれたトイレ」と区別して、この考察を進める。そうしてこの2つのタイプのトイレ事情を比較すると、イタリアの人々の生活スタイルとの深い結びつきが浮き彫りになる。
見つからない公衆トイレ
トリノの滞在中に、いわゆる「公衆トイレ」といったものを見かけたことは記憶のなかでたったの一度しかない。トイレとしての機能のみを保持し街なかにぽつんと佇む公衆トイレは、それだけ稀有な存在であることをかすかに意識していたように思う。これはトリノに限ったことではなく、主要観光都市ローマでも共通の話題となる。現に、インターネットの旅行案内サイトや口コミサイトでも「イタリア観光の際にはどこで用を足せばいいのか」といった疑問をもつ人々は多く見受けられる。
それでは人々はどこで用を足しているのかというと、そのキーワードは「バール」である。バールとはイタリア中に多く点在しているカフェのような形態の小さい飲食店のことである。このバールがイタリアの人々にとってどのような存在であるかは後に言及するが、多くの人はバールに立ち寄り1ユーロほどでエスプレッソを飲むついでにトイレを借りることが多く、観光客にもこれにならってトイレ問題を解決することが推奨されている。公衆トイレのほとんどが有料であり、その使用料が平均1ユーロから2ユーロであることを考えると経済的にもメリットがある選択である。
イタリアの人々とバール
イタリアの特徴的な文化として、ヴェネツィアで1720年に初めてできてから、長い時間をかけて人々の生活に浸透している「バール」の存在は大きい。現在ではイタリア中に約16万軒のバールがあり、朝の仕事前にお決まりのバールで朝食とカプチーノを飲み、ランチ後にエスプレッソを飲み、仕事終わりにまたエスプレッソを飲み……といったかたちで、人々は一日に何度もバールに足を運ぶ。多くの人は小さいカップでエスプレッソを飲むため、一度の滞在時間は日本のカフェ利用時間と比べると非常に短いが、根深く生活に浸透している。インターンシップ中に出会ったトリノ在住の同僚も、一日のなかで同じタイミングでバールに立ち寄りエスプレッソをサッと飲むことで、一日のメリハリがつくのだと言っていた。
パブリック・トイレとしてのバール
このようにイタリア人の生活に欠かせない一部となったバールと、人間の生活に欠かせない機能であるトイレは一見まったく違う要素に思えるが、その重要度は彼らにとっては同等といっても過言ではないらしい。まったく定性的な表現ではあるが、これはイタリア人の同僚や友人と過ごすなかで彼らのバールとエスプレッソに対する愛着を熱弁されてきた経験から得た見解である。また、ローマではバールにトイレを併設することが義務づけられており、その点からもバールとパブリック・トイレの結びつきの深さは自明である。
すなわち公衆トイレの少ないイタリアは、バールをパブリック・トイレと考えた瞬間に「16万カ所のパブリック・トイレを有する国」へと変身するのである。
パブリック・トイレのあり方はさまざまであるが、このように生活に密着したバールという施設がトイレの機能も担保している様子は、まさにイタリアならではのトイレに対する姿勢だといえるのではないだろうか。この場を借りて生活のなかの重要な要素が密接に共存しているイタリアン・パブリック・トイレの様子が本レポートで伝われば幸いである。
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公開日:2018年02月28日