海外トイレ事情 19
シンガポール ── 熱帯のパブリック・トイレ天国
遠藤賢也(ランドスケープ・アーキテクト、Ramboll Studio Dreiseitl勤務)
チャンギ国際空港到着後すぐにトイレに入る。近隣国からの旅を終え、シンガポールに戻ってきて最初の“安心感”を清潔なトイレで感じる自分がいる。2013年からシンガポールでランドスケープ・デザインの仕事に携わっている。仕事柄、公共空間の設計・計画と向き合うなかで、植栽や水、動線計画とともにトイレのデザインももちろん考える。たかがトイレとなめてかかっては、設計者の名折れである。けっして隅っこにおけないこの国のパブリック・トイレ事情について、ランドスケープ・アーキテクトの立場からいまあらためて考えてみたい。
パブリック・トイレ天国シンガポール
シンガポールは東南アジアにおける経済・金融の中心であり、近隣諸国のなかでずば抜けて生活水準が高い。そのためか、正直これまでトイレで困ったことがない。多少のきれい・汚いはあるにせよ、外出中、ただで自由に使えるトイレがあちこちにあるからだ。毎年1500万人を超える外国人観光客が、東京23区とほぼ同じ面積の小さな島国を訪れることを考えれば、当然のことかもしれない。そこかしこに点在するショッピング・モールの各フロア、すべての地下鉄駅には必ずトイレが設置されている。そういう点では東京とほとんど変わらない。多目的トイレの併設も義務づけられているため、ママたちも安心して外出できるそうだ(友人談)。シンガポール国民の1/4が外国人労働者に相当し、さらに中華、マレー、インド系の民族からなる多民族国家であることを踏まえると、“パブリック”の指し示す対象が全世界すべての人に向いており、パブリック・トイレの形式・様式が世界標準に近いと捉えてもいいのかもしれない。
シンガポールの国としての歴史は浅いが、マレーシアからの独立(1965)直前、1960年代に始まる公共住宅の建設ラッシュがトイレ・水回りの普及を一気に促した。それが国民全体へのトイレマナーの浸透、街の公衆衛生向上へとつながっていった経緯をもつ。1990年代にはパブリック・トイレの設置者・利用者双方に向けた啓蒙活動が功を奏し、国民全体へとトイレ美化の意識を根づかせた。現在ではさらに一歩進んで、トイレ空間のデザインをより洗練させることで新たな付加価値、テーマ性をもたせるトレンドにある。
テーマ性の強いトイレ事例
また、自身の専門と関連するが、パブリック・トイレは緑との親和性が高い。熱帯の緑はとにかく生命力が強く、成長が早い。手洗い場を屋外に向かって開放させ、日の光を取り込み、植物をトイレ内へと持ち込むことによって、トイレのもつじめじめした印象を払拭しようとする事例が多く見られる。ユネスコ世界遺産に認定されたシンガポール植物園やガーデンズ・バイ・ザ・ベイなど、緑をテーマにした国立施設ではその傾向がとくに強く、贅沢な植栽、壁面緑化にとどまらず、噴水までもがトイレ内に取り入れられている。結果として、シンガポール初代首相のリー・クアンユーが提唱した、都市を緑化させることで生まれるイメージを活用しブランディングするガーデン・シティ構想が、このようにトイレの空間デザインにも反映されているのは興味深い。こうした事例を目の当たりにすると、雨水排水や外部からの視線の処理さえデザイン的に解決できるのであれば、熱帯の気候も踏まえ、パブリック・トイレは露天形式にするほうが理にかなっているのではないかと考えてしまう。
筆者が現在関わっているサファリパークの計画では、パブリック・トイレ内に滝を取り込んだり、洞窟をモチーフにした内装を施したりと、そのテーマ性は多様化しつつある。設計者であるにもかかわらず贅沢すぎるのでは?と恐縮してしまうほどである。トイレはたんに用を足す場所であるという概念を超え、独自色を演出するツールなのだとクライアント側も気づき始めた。そのためデザイナーの側、あるいはトイレメーカーの側からでも、なにかおもしろい提案を売り込める機運が高まっているといえる。
おわりに
今回パブリック・トイレについて深く考え、友人たちと議論するなかで、シンガポールのお国柄と合わせて考察できたことはとても楽しかった。熱帯由来の風土性をふんだんに活かしながら、材料、色、空間体験にいたるまで、今後さらに独自性を追求していってほしいと期待している。世界的トレンドにいち早く反応するシンガポールだからこそ、パブリック・トイレにおいてもなにか新しいことができそう、おもしろいアイデアを試せそう、という雰囲気に満ちており、そこがこの国のいいところであり、僕がこの国を気にいっている所以でもある。
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公開日:2018年02月28日