海外トイレ事情 4
アメリカ、ニューヨーク
── ジェンダーから見るパブリック・トイレ
鈴森周二(建築家、Suzumori Architecture)
近年のアメリカでは、トイレとジェンダーの問題が大きく取り上げられている。保守派vs.リベラル派の政治的分裂から始まり、さまざまな分野に波紋を広げている。トイレは男女に分けられるものであって、人は生まれて持った性別に従ってトイレを使用するべきであるという保守派の意見に対し、トイレは男女の2種類に限定せず、また、生まれ持った性別とは関係なく自分のアイデンティティとして認識としている「性別」に沿って使用する権利があるというリベラル派の主張がある。この議論の背景には、アメリカのLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)★1の人権認識の変化がある。LGBTの人たちにも、そうでない人々と同じ人権が与えられるべきと考え、すべてのLGBTの人々の平等を支持するリベラル派に対し、保守派は信教の自由や伝統的な結婚・性別認識の枠組みを守ろうと、LGBT人権に抵抗する傾向にある。
ここで建築家として興味深いのは、この議論がまだ始まったばかりであり、法規などが追いついていないことである。よって設計する側とクライアントがデザインの過程において議論をし、あるスタンスを取る必要がある。アメリカにおけるLGBTの人権問題とジェンダーの議論をするうえで、彼らが社会のなかにおいてすべての面で平等であるということはどういうことなのだろうか。一方、保守派の考えも理解し、彼らにとっても納得のいくかたちでデザインを変更していくことは可能なのだろうか。それはトイレのサインのデザインにも大きく関わってくるのである。
いくつかの事例を通して考えていきたい。
事例1:AMERICAN FOLKART MUSEUM
《AMERICAN FOLKART MUSEUM》は、数年前に《ニューヨーク近代美術館(MoMA)》増築に伴い移転した美術館で、規模としてはギャラリーというほうが適しているかもしれない。トイレは個室が2つあるだけで、「ALL GENDER RESTROOM」というサインが設けてある。内部は、大便器と小便器が並置されている。小便器をあえて追加する理由としては、時間の短縮と水の節約が考えられる。このようにすべてのトイレを個室型にするというのは、スペースが許すのであれば最も平等だと言える。
事例2:Berg’n
《Berg’n》は、リベラル派が多く住むブルックリンの住宅街にあるバー/イベントスペースである。男性専用の複数設置型、女性専用の複数設置型、ALL GENDER用の個室型、と3つのタイプに分かれている。これは飛行場などでもたまに見かけるかたちであり(ただしALL GENDERではなく、ファミリー用)、バリアフリーのトイレを効率よく設けることもできる。しかしながらこのような構成がすべての人を満足することができるのかについてはさらに考察が必要である。また、このトイレに使われているサイン(男性、女性、男半分+女半分)は、アメリカにおいて最も普及しているようだが、「半分半分の組み合わせ」という部分が不適切だという意見も多いようである。
事例3:Whitney Museum
《Whitney Museum》が2015年にマンハッタンの新しい場所に移る前、美術館が安全ですべての人々を歓迎できる空間であることの意味についてのディスカッションが行なわれた★2。ホイットニー美術館コミュニティプログラムのディレクター、ダニエル・リンツァー曰く、「私たちはすべてのジェンダー・アイデンティティのアーティストを招待しています。その人たちがトイレにアクセスできることはとても大切なことです。私たちは婉曲表現ではなくて単刀直入に表わすことを選びました」。その結果、新しい美術館に設けられたトイレは、写真のように言葉だけのサインである。トイレのレイアウトは事例2と同じように、男女の複数型のあいだに個室タイプとして配置されている。
以上の3例からも明らかなように、アメリカにおけるトイレのデザインは試行錯誤しながら、現在の政治・社会の状態を反映しているのである。オバマ元アメリカ大統領は、2015年にホワイトハウスにも「ALL GENDER RESTROOM」を設置し、LGBTコミュニティの尊厳と平等の示す模範となった。人種、宗教、性別の多様性を認めながら、個人の思想を尊重する。それがいかに難しいことかというのが、トイレのデザインのプロセスに凝縮されているようである。国際意識が問われる2020年の東京オリンピック・パラリンピックの準備にあたり、日本においてもジェンダー、トイレ、サインに対する議論が活発に行なわれることを期待したい。
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公開日:2017年06月29日