海外トイレ事情 3
インド、ケラダンガ ── 社会のなかで排泄を考える
佐藤研吾(建築家、In-Field Studio)
2014年にインドの首相に就任したナレンドラ・モディはトイレに関する大きな目標を掲げた。それは“Swachh Bharat Abhiyan”(クリーン・インディア)★1という政策で、近代インドの父とされるマハトマ・ガンディー生誕150周年となる2019年までに、町の清掃活動を推進し、インド全土110万カ所に公衆トイレを建設して、野外排泄の生活習慣を終わらせようというものである。インドでは家にトイレがある人よりも携帯電話を持っている人のほうが多いとも言われ、インド社会独自の発展の様子を半ば象徴的に表わしている。いまだに、人口の半数近くが野外排泄を習慣としている。野外排泄は感染症の発生の主たる原因となっており、また排泄の最中は無防備になるため女性や子どもらにとっては危険が伴うこともある。
2017年の春、インド農村地域を対象に、伝統社会の生活調査とデザイン制作を複合的に実践するワークショップ「In-Field Studio」を開催し、西ベンガル州のシャンティニケタン郊外、ケラダンガ(Kheladanga)という村で1週間ほど活動をした。この村はサンタル(Santal)族というインド東部に住む先住民部族に属する。村には上下水道は整備されておらず、彼らの家のなかには、トイレも風呂もない。普段彼らは池の近くかキャナルの横で排泄をし、その水で体を洗う。池や川の水などが乏しい乾季には、村の中心にある井戸ポンプで水をバケツに汲んで村の外まで運んでいって排泄する。体を洗ったり洗濯したりも村の外のそうした水場を使うことが多いので、彼らの生活領域は室内はもちろん村内でも完結せず、外の自然にまで広がっている。
ケラダンガ村のように、インドのほかの農村部でも上下水道が整備されていない地域は多く、おそらくそうした場所にトイレを設置するとすれば、コンポストトイレなどのオンサイト型の処理が有効である。最近、政府の資金によって村の家々の裏にも屋外トイレが建設されようとしている。けれども、ただコンクリートの箱がつくられただけで、その後の工事は中途のままとなっている。なかには半壊して、落とし穴状の危険な状態になっているものもある。村人たちが、はたしてこのトイレの設置を切望しているのかどうかはわからない。さらには完成後、村人たちがトイレを使って排泄するように生活習慣を変えるのか、あるいは変えるべきなのかも議論の余地は残る。
そして村の中央の道には、いままで近くに垂れ流しだった生活排水を村の外へ流すための水路がつくられた。が、この水路は幅が広く、村に暮らす子どもやヤギやニワトリなどの小さな動物たちは、自由に渡ることができなくなった。さらに水路は村の端で終わっており、汚水は周囲に広がってしまっていて、けっして十分に村の生活を考慮したデザインとは思えない。現地の人に聞けば、こうした下水インフラ事業の失敗は、政府と村人とのコミュニケーションの不足が原因であると言う。本来ならば、村人のこれまでの慣習や村のインフラの状況に適したシステムを選ぶべきであろう。また、村人らが自ら建設できる簡易なシステムをつくることで、自主管理とトイレの利用を習慣化していく取り組みを試みる必要もあるだろう。ただ単に工業技術を普及させるのではなく、人々の習慣と生活環境がつねに同調していく発展のかたちを見つけていかなければならない。
排泄行為はとてもプライベートな営みであると同時に、ある種のパブリックな面を持っている。なぜならば、どこに、どのように排泄するのかによっては周囲の環境に影響を与えかねないからだ。つまり、排泄には社会的責任が伴うとも言える。都市あるいは農村においてひとりでも野外排泄を行なっているならば、たとえほかの人々が水洗トイレを使っていようとも地域の衛生環境は改善されない。地域全体が自分たちに適したシステムを自主的に選択し、実践する必要があるのだ。
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公開日:2017年06月29日