パブリック・スペースを見に行く 1
ストリート・公園・公開空地
浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ) ゲスト:泉山塁威(都市戦術家、東京大学先端科学技術研究センター助教、一般社団法人ソトノバ共同代表理事・編集長)
浅子佳英
「パブリック・スペースを見に行く」は、パブリック・スペースの研究やサーベイをしているゲストを招き、実際に空間を歩いてレビューする新企画です。第1回となる今回は都市戦術家の泉山塁威さんとともに、都内の2つのエリアを見て回りました。まず、東京、港区の虎ノ門ヒルズ 森タワーから新虎通りをめぐった後、豊島区の池袋に移動し、池袋東口グリーン大通り(以下、グリーン大通り)から南池袋公園を歩きました。
泉山さんご自身は2014-15年にグリーン大通りでのオープンカフェ社会実験を行なっているほか、ソトノバというコミュニティメディアを運営し、パブリック・スペースを豊かにするさまざまな活動を展開しています。今日はユーザーと研究者の双方の視点から話をお聞かせいただきたいと思います。
パブリック・スペースを日常的に──虎ノ門ヒルズ
浅子
今日は最初に虎ノ門ヒルズ 森タワーの公開空地を訪ねました。虎ノ門ヒルズでは2014年オープンの森タワーを中心に、その隣地で現在建設が進むビジネスタワーやレジデンシャルタワーなど、今後新たに3つの超高層タワーが完成予定です。さらに今年は六本木ヒルズと虎ノ門ヒルズの中間に位置するエリアで「虎ノ門・麻布台プロジェクト」の再開発が始まりました。アークヒルズを含むこの一帯で、経済的にも商業的にも人やモノの流れがいっそう増えることが見込まれています。
他方、虎ノ門ヒルズエリアは森ビルが「国際新都心・グローバルビジネスセンター」と位置づけており、ビジネスパーソンが多いと思われるエリアですが、実際に歩いてみると、オープンスペースがさまざまな利用者でにぎわっているのが印象的でした。
泉山塁威
平日のランチタイムだったこともあって、中心のオーバル広場は芝生の上でくつろいでいる人が大勢いましたね。広場から新虎通りに抜けるステップガーデンでも、みんなパブリック・ファニチャーに腰かけて、気持ちよさそうに過ごしていました。まさに都心のサードプレイスとなっています。パブリック・スペースと言う場合、私たちはすぐに公園やストリートを連想しがちですが、虎ノ門を今回選んだのも、東京のパブリック・スペースを公開空地が量的に牽引している実状があり、その最先端の質があるのが虎ノ門だと思ったからです。
浅子
東京では公開空地こそがパブリック・スペースを牽引している、というのは、考えてみれば本当にそのとおりですね。ビルの足元を公開空地として開放するのは、アークヒルズ以来、森ビルの主要なコンセプトになっています。元を辿ればル・コルビュジエの「輝く都市」ですが、ある意味、現在の再開発のトレンドをつくったと言える。容積率緩和といった法整備前から独自にエリアをマネジメントし、ミクストユースで公開空地の活用方法やユーザー層を広げていったところは、森ビルの強みのひとつですね。
泉山
今日案内してくださった森ビルのタウンマネジメント事業部の中裕樹さんによれば、虎ノ門ヒルズでは毎週日曜日の朝と月曜日の夜に、オーバル広場でヨガイベントを開催しています。驚くことに多い日では300人ほどが集まるそうです。このほかにもフラワーマーケットなどのイベントを積極的に仕掛ける一方で、過ごしやすい季節にはピクニックシートを配布して、広場の活用を促す日常的な仕掛けも行なっている。虎ノ門ヒルズはイベントの開催だけでなく、ワーカーや来訪者が日常的にパブリック・スペースを楽しめるような場所づくりを試みているのが特徴です。
浅子
オーバル広場もステップガーデンも適度なスケール感で、実際、とても使い勝手のよさそうな空間でした。他方で低層階の店舗はほとんどが飲食店で、ワーカー向けの施設構成になっています。六本木ヒルズに比べ、ふらりと立ち寄るコンテンツがまだ少し足りない印象を受けましたが、それも今後、段階的な開発のなかでにぎわいを増していくのでしょう。そもそもこの開発のきっかけとなった環状2号線が虎ノ門から築地に抜けたあと、豊洲へとつながる予定でしたが、例の築地移転の騒動のせいで現在はまだ築地部分では細い迂回ルートを通らなければならない状態になっています。臨海部へのBRTの発着も虎ノ門が起点になる予定だったので、本来なら虎ノ門はもっと盛り上がっていたはずです。とはいえ、オリンピックまでには日比谷線虎ノ門ヒルズ駅の開業や、BRTの開通も見込まれているので、人の流れが変わるのは間違いない。こうした開発を商業主義と批判する向きもあるかもしれませんが、さまざまな人が集まり楽しめる場所を用意することそれ自体は、パブリック・スペースとして見ても決して悪いことではないですよね。
実験できる素地──新虎通り
泉山
新虎通りはもともと低層のオフィスビルが混在していたエリアで、虎ノ門ヒルズの再開発と一体で整備された環状2号線の新しい道路です。地元企業などで構成される新虎通りエリアマネジメント協議会と一般社団法人新虎通りエリアマネジメントの連携によってエリアマネジメント活動が展開されています。今日久しぶりに歩いてみて、数軒のオープンカフェしかなかった2014年当初に比べると、ずいぶんとお店や活動が増え、エリア価値が高まっている印象を受けました。
浅子
地方のアンテナショップが並んでいるイメージでしたが、今はさらに変わり、グラフィティ・アートのスプレーを扱うショップやランプを併設したスケートボードショップなど、都心ではあまり見られない店が見られましたね。中さんの話では、海外のスタートアップ系がオフィスを構える流れもあるということでした。近くには南桜公園のようなちょうどいいスケールの公園もあり、働きやすそうな環境です。虎ノ門ヒルズはかっちりとしたビルの足元で計画的に運用されているのに対し、新虎通りはわりとよそではできないことも受け入れられる素地があるように感じました。ただ、実際はビジネスパーソンが多いエリアなので、今後の使われ方を考えるとまだ過渡期と言えるかもしれません。
泉山
新虎通りは、都市再生特別措置法の道路占用許可の特例によって、道路内建築や道路上のオープンカフェが認められ、また最近では、国家戦略特区に指定されたことで、歩道を使ったイベントも開催できるようになったんです。また、2018年にオープンした新虎通りCOREは、新虎通りが目指したい街並みを示しています。「東京のしゃれた街並みづくり推進条例(通称:しゃれ街条例)」の「街並み再生地区」に指定、また「新虎通り景観ガイドライン」に基づき、1、2階が商業系店舗を誘導しています。こうした取り組みは、一気に開発を進められる新市街地とは違い、一つひとつの建て替えや道路活用を誘導していく、既成市街地のストリート再生におけるモデルになるかもしれません。
浅子
新虎通りCOREの前では、今日も歩道にパラソルが並べられてオープンカフェのように使われていました。ただ、少し残念なのは歩道上に敷かれた点字ブロックによって、飲食のサービスが切り離されてしまうことです。点字ブロックが必要不可欠であることは言うまでもないのですが、法規的には点字ブロックを超えた外の座席での飲食は、必然的にテイクアウトになってしまう。
泉山
点字ブロックは建物側に寄せて敷くようにバリアフリーガイドラインで定められているので、飲食店の前の歩道が広く確保されていてもある程度運用が制限されてしまう部分があります。あるいはオープンカフェにしなくても、屋外で自由にくつろげるベンチや植栽が歩道内にあるだけでも、通りの使い勝手は大きく変わるでしょうね。
浅子
たしかに歩道がこれほど広ければ、固定のベンチはほしくなりますね。ロサンゼルスやサンフランシスコでは、みんな積極的に歩行者空間を使い倒していたので、そうした例を見ると、まだできることは多いような気がします。
泉山
虎ノ門ヒルズのステップガーデンのように、人がふらりとやってきて休憩できる場所が通りにもあると素敵だなと思いました。浅子さんが過渡期と言うように、長期的には新虎通りCOREの前のような歩行者空間を活用できる建替え事例を増やしつつ、短期的には使い勝手を改善しながら、通りそのものをブランディングする取組みが大切なのかもしれません。虎ノ門ヒルズのように整然とした公開空地と、新虎通りのゆとりのある歩行者空間が連続していることがこのエリアの特色なので、すこしずつ使いやすいパブリック・スペースに変わっていってほしいですね。
このコラムの関連キーワード
公開日:2019年10月30日