海外のパブリック・スペースから 9

タイ、バンコク──進化するショッピングモール 2

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

バンコクのショッピングモール後編として今回紹介するのは、デザイン的に突出していた《セントラルエンバシー》、《エムクオーティエ》、《コモンズ》、《アイコンサイアム》という4つのショッピングモールである。とくに《コモンズ》と《アイコンサイアム》は、仮にショッピングモール史が書かれるならば、必ず入ると思わされるほど素晴らしいショッピングモールだった。

セントラルエンバシー

《セントラルエンバシー》はロンドンの設計事務所フューチャーシステムズがデザインしたショッピングモール。創設者のヤン・カプリツキーはすでに亡くなってしまったが、フューチャリスティックなデザインで有名な設計事務所であり、日本でも《コム・デ・ギャルソン青山店》の踊るように湾曲するガラスのファサードをデザインしている。

例のごとく、スカイトレインの駅に直結するペデストリアンデッキから中に入ると真っ白な空間が拡がっている。天井は高く、巨大な吹抜を通して上部から光が降り注いでいる。長方形をベースとした通常の建物の平面形状とは違い、吹抜に面した壁は湾曲しながらうねうねと連続している。吹抜に掛けられたエスカレーターも少しずつずれながら重なっており、建物や動線に動きを与えるという機能を持つとともに、見上げたり見下ろしたりすると、時折ハッとする光景が現われる。エスカレーターと吹抜はなめらかに繋がり、あらゆる角はスムースに仕上げられ、真っ白に塗り込められている。「白亜の宮殿」という言い方がぴったりとくるインテリアで、デザインの完成度という意味では、《セントラルエンバシー》が、バンコクのなかで一番優れていると言っても過言ではない。ただ、出店しているテナントは高級店がその大半を占めるためか、集客には苦戦しているようで、「セントラルエンプティ」という皮肉なあだ名をつけられている。とはいえ、とても美しいショッピングモールであることは間違いない。

最上階のデザインはクライン・ダイサム・アーキテクツ。彼らは《代官山蔦屋書店》を手掛けており、書店に軽飲食店と雑貨店を組み合わせたインテリアは、《代官山蔦屋書店》をよりオープンで開放的にした雰囲気だ。

セントラルエンバシー

《セントラルエンバシー》の内観
写真はすべて筆者撮影

エムクオーティエ

《エムクオーティエ》は、前編で述べた「The Mall Group」の所有するショッピングモールであり、スカイトレインのプロンポン駅に直結している。駅の反対側では《エンポリアム》というショッピングモールが同じくプロンポン駅に直結しているので、両サイドからモールが駅を挟んだような状態だ。2015年オープンしたばかりのショッピングモールで将来的には《エムスフィア》というモールが加わり《エンポリアム》と合わせて、「EM District」という一体的な商業地区が計画されている。

エムクオーティエ

《エムクオーティエ》外観と吹抜

また《エムクオーティエ》は「THE HELIX QUATIER」、「THE WATERFALL QUATIER」、「THE GLASS QUATIER」という名の3つの建物が中庭を囲んだコンプレックスでもあり、わかりやすくエスカレーターやエレベーターはそれぞれ黄、赤、青のフィルムで色分けされている。とくに面白いのはTHE HELIX QUATIER棟で、階ごとに微妙に平面形状が異なり、そのズレを利用して下階では中庭に面した小さなテラスが設けられ、5階では大きなズレとなって、大階段のある巨大で立体的な2層分のテラスとなっている。屋上ではなく、中間の階のほぼ全体を使用したテラスというだけでも珍しいが、空間としても面白く、テラスのあちこちに植物が生い茂っているのに、外を眺めると高層ビルに囲まれているように見える不思議な空間となっている。さらにユニークなのがその上階、6階から9階まで螺旋状に床が連なる「HELIX DINNG」と名付けられたフードコーナーである。階段やエスカレーターを使用することなく、まさに路面を散策するようにしてスロープ状の通路を歩いていけるようになっている。日本の《表参道ヒルズ》と同じ構成だが、通路の吹抜側には店舗がない《表参道ヒルズ》とは違い、HELIX DINNGでは通路の吹抜側にも店舗や客席を設けられているので、より路面感が増している。

また、《エムクオーティエ》が興味深いのは、ショッピングモールという人工環境の中にさまざまなかたちで植物を取り込んでいることである。壁面緑化も、小さな植物がフェルトの上で生育する西欧のそれとは違い、巨大な植物がダイナミックに生い茂っていた。しばしば世界中で同じ人工環境が反復されていると言われるショッピングモールに、高温多湿というその場所の特性を取り込んでいる。ほかにも、地下の食料品売り場は日本のデパートの食料品売場とは比べられないほど充実しており、バンコクのなかでも必見のショッピングモールのひとつだ。

ダイナミックに植物が生い茂る内観

植物がダイナミックに生い茂る内観

コモンズ

《コモンズ》は日本のメディアでもしばしば取り上げられているショッピングモールで、これまで取り上げてきたモールとはあらゆる意味で異なっている。まず《コモンズ》は中心部から少し離れたトンローという地区に立地しており、駅からも徒歩20分と離れた場所に建っている。次に、アパレルのブランドが軒を連ねるほかのモールとは違い、《コモンズ》は基本的に食を中心としている。最後に《コモンズ》の最大の特徴は、そのほとんどが外部空間で構成されたショッピングモールであるという点にある。

通りから見た《コモンズ》

通りから見た《コモンズ》

トンローの地区の中でもメインの通りから少し奥に入った場所にあり、通りから覗くと、まず左手に巨大な階段状のテラスが見える。天井は高く、立体的なテラスは上階へと伸びていっている。右手には小さなカフェとチェロス屋が顔を出していて、その奥の通路に面して店が連なっているのがわかる。左手の階段を上っていくと半階ほど上がったところですぐに大きな踊り場に出る。ここで階段は二手に別れ、左手の階段はそのまま2階へと伸びていき、右手の階段は踊り場から再び1階へと降りていって三方をガラスで囲まれた中庭状のテラスへと到達する。この中庭テラスの正面には大きなフードホールがあり、このフードホールに入って右手に抜けて振り返ると、ちょうど先程の外から見たときの右手にあったカフェとチェロス屋のあった奥へと続いていく店舗の連なりを、中から見返すかたちとなる。

《コモンズ》のフードホール

《コモンズ》のフードホール

《コモンズ》のフードホール

ちょうどここで1階をひとまわりしたことになるので再び左手の大階段を登っていくと、すぐ2階のテラスに出る。テラスは1階の右手の店舗の連なりとフードホールの屋上であり、1階へと下っていく階段と中庭テラスをL字に取り囲み、見下ろすような場所となっている。さらにこの先も階段で上階へと繋がっていくのだが、《コモンズ》でとくに唸らされたのはこの1階から2階までの立体的な外部空間である。あまりの気持ちの良さに、数日しか滞在しなかったのにも関わらず昼夜を含め数度訪れることとなった。いつ来ても賑わっており、とくに素晴らしいと思ったのは地元の住人と観光客がミックスされていたことである。また、さまざまな場所が設けられているので、ひとりでいても大勢でいても気持ちよく過ごせるという点も重要だろう。そしてなにより風が抜ける立体的なテラスは身体的に気持ちが良い。エアコンで空調化されたモールが賑わう一方で、空調化されてない部分が大半を占める《コモンズ》のようなモールが生まれていることには少なからず衝撃を受けた。

立体的な外部空間

立体的な外部空間

立体的な外部空間

アイコンサイアム

最後に紹介する《アイコンサイアム》は、中心部からは少し外れた南北に流れるチャオプラヤー河の対岸に建ち、現在のメインアプローチは電車でも車でもなく、なんと船である。ただ、2020年に開通予定のモノレールの新駅に接続される予定であり、そうすると、やはり駅のペデンストリアンデッキに直結したモールとなる。

《アイコンサイアム》外観

《アイコンサイアム》外観

スカイトレインシーロム線のサパーン・タクシン駅を降りて無料の送迎船に乗りこむと、徐々に巨大なガラスで覆われた異様な建物が姿を現わす。ガラスはギザギザに波打っていて、通常のサッシュはなく、ガラスだけで支えられている。このガラスが低層部の屋上まで伸びているので、外観は巨大な人工の宝石のような印象だ。その上部にはまたギザギザした、ただこちらは通常のカーテンウォールのガラス張りの建物が載り、さらのその上に白と金の頭頂部が被せられている。ともかく、とてつもない労力がかけられた建物であることは、外からでも伝わってくる。ただ、《アイコンサイアム》の面白さはインテリアにある。建物の中に入るとまず圧倒されるのは、その巨大さと豪華さだ。さらに散策しながら気づかされるのは、さまざまなアイデアがこれでもかというほど大量に導入されていることである。

エントランスから中に入ると、いきなり不思議な場所に出る。天井は高く、そのたっぷりある天井高さを生かして、2階建ての民家風の建物が並んでいる。通路には路上のマーケットのように商品があちこちに積まれていて、歩いていくと建物の中に河が流れている。河を渡る橋も設けられ、その橋のたもとには船や作業する人の姿が見える。「スークサイアム」と名付けられたこの場所は、要は水上マーケットが再現されている。

《アイコンサイアム》の水上マーケット

《アイコンサイアム》の水上マーケット

話は脱線するが、じつはここを訪問した数日後、タクシーをチャーターして本物の水上マーケットを訪問した。ところがその水上マーケットは、完全に観光地化されており、タクシーを降りるとカウンターが待ち構えていて、そこで料金を支払い、船に乗って決められたコースを回っていくというもので、さながら遊園地のアトラクションに乗っているような感覚であった。本物の水上マーケットはアトラクションのようになっていて、偽物の水上マーケットでは本来の姿で商売が行なわれている。もはや本物と偽物の区別が錯乱している。

その水上マーケットに突き刺さるように唐突に現われるエスカレーターで2階に上がると風景は一変し、いかにもショッピングモール然とした巨大な吹抜が現われる。トップライトからは十分に採光が取られ、店内は明るく輝いている。奥に進んでいくと、床には鏡面に磨かれた黒い石が、天井には金箔が貼られた場所が見える。グッチ、セリーヌ、ルイ・ヴィトンなどの高級ブランドが軒を連ね、各店舗もデザインに力が入っていることがわかる。

軒を連ねる高級ブランド店舗

軒を連ねる高級ブランド店舗

話は再び脱線するが、じつは高級ブランドはどこも同じようなインテリアデザインであるかのように見えて、出店する場所によってそのクオリティに差をつけている。例えば、《表参道ヒルズ》に出店しているヴァレンティノは、巨大なテラゾー(今では職人が減少したために使用することの難しい人造大理石)を壁や床にふんだんに使用しているが、渋谷の《スクランブルスクエア》の中にあるヴァレンティノは、一見同じテラゾーのように見えて、画像をプリントしたシートが使用されている。要は出店する場所の重要度によってそのインテリアのクオリティに差がつけられているのだ。

《アイコンサイアム》では、筆者の見る限りどのテナントも最高峰のデザインとなっていた。例を挙げると、店内を独特のグリーンにすることで有名なプラダの壁面は、3Dプリンターで出力されたオリジナルのレリーフで覆われ、天井はルーバーに間接照明を仕込んだ非常に凝ったデザインが採用されていた。また、上階にあるアップルストアもシンプルではあるものの、これでもかというほど巨大なガラスが枠もなく収められていた。このアップルストアに力が入っているのは、バンコク初のアップルストアであるという事実もあるだろう。先ほど説明した宝石のような外観を食い破るようにして、透明なファサードが巨大なリンゴマークとともに顔を出していることからも力が入っていることが明らかだ。

アップルストアとH&M

アップルストアとH&M

ただこの高級ゾーンは《アイコンサイアム》の一角に過ぎない。高級ゾーンの反対側には3層をひとつのテナントとしたトリプネットがふたつ並んでいる。トリプネットのひとつはH&Mで、店舗の内部には専用のエスカレーターがあり、H&Mの内部だけで回遊できるようになっている。さらに上階に進んでいくと現われてくるのは、キノコ型をした円形のブースが宙に浮かんでいるような電化製品の売場だ。キノコの下には軒下のような雰囲気がつくられ、キノコの上では各店舗がくっついたり離れたりしながら、独特のフューチャリスティックな雰囲気を醸し出している。また、その上階には、いかにもコンピューターでモデリングしたかのような複雑な形態をしたクラフト売り場があり、さらにその上階は、高い天井から滝のように水が降り注ぎ、緑と光に溢れたトロピカルムードあふれるフードコートがある。

キノコ型の円形ブース

キノコ型の円形ブース

水が天井から降り注ぐフードコート

水が天井から降り注ぐフードコート

ともかく、《アイコンサイアム》は、吹抜をつくればあとはフロアを並べておけばよいといった従来型の商業施設の発想とは大きく異なっている。吹抜はあらゆる階、あらゆる場所に設けられ、平面のかたちも断面も複雑でいわゆる基準階といったものが存在しないに等しい。

正直、筆者も訪問する前に画像だけを見ていた際には、《アイコンサイアム》を、ちょっと豪華になったモール程度のものだと思っていた。いや、実際の《アイコンサイアム》も、そのアイデアの一つひとつを見てみれば、まったく新しいアイデアだけでできているとは言えない。天井から水が落ちる演出なんて古くからあるし、吹抜によってフロア間をつなぎ動きをつくるデザインもこれまでさまざまな商業施設で試されてきたものだ。ただ《アイコンサイアム》が突出しているのは、それらのアイデアの数と深さだろう。

しばしばデザイナーは新たなアイデアを追い求める。そして、完成度の高いデザインを追い求める。ただ、常に見たことのない新しいアイデアだけを求めていても、原理的に考えてそう簡単に出てくるわけではない。毎日のように新しいデザインが生まれるのであれば、それを人は新しいデザインとは思わないだろう。また、しばしば突飛すぎるアイデアは実現しないばかりでなく、デザイナーのエゴにもなりかねない。もちろん、どこかにあるデザインをそのまま盗用することは問題である。だが、過去にあるアイデアを検証し、より高度なデザインとしたり、ほかのアイデアと融合させることで新たなデザインを生み出すことは、デザインの歴史を紡ぎ深めていくという意味でも重要だろう。《アイコンサイアム》はそれを愚直に行なっている。そして、筆者が最も惹きつけられたのは、ひとつのデザインで統一させるのではなく、複数の世界を強引につなぎ合わせていたことだ。

その巨大さと豪華さがもたらす目眩いがするような体験から数週間が経ち、今《アイコンサイアム》について冷静に振り返ってみると、そのデザインはどこかちぐはぐな印象を拭えない。しかしながら、完璧さを求めるよりも、複数の世界を強引に共存させたそのノイズに満ちた光景に少なからず希望を見たのも事実である。《アイコンサイアム》が到達点だとは思わないが、少なくとも実験を繰り返したその先に新たなショッピングモールが生まれるような予感はある。そしてそれは「アジア的なもの」になるのではないか。ともかく、《コモンズ》と《アイコンサイアム》は日本のショッピングモールの遥か先で、きわめてユニークな実験を行なっていた。また、ここでは取り上げなかったが、ほかのレストランなどのデザインのレベルもバンコクはきわめて高い。アジアのデザインのレベルが上がっているという話は聞いていたが、恥ずかしい話、正直バンコクを訪れるまで、日本が追いつかれているとは思っていなかった。実際には追いつくどころかすでに追い越されていた。

なにより日本がこれまでのように失敗を恐れ、従来あるものばかりを繰り返しつくり続けていくのであれば、その差は開く一方だろう。バンコクのショッピングモールを見て、カオティックで適当な、アジア的な空間に建築の未来があるような気持ちにさせられたのは紛れもない事実である。そしてそれは、寛容性と多様性が求められる一方で排他的な言説が吹き荒れる21世紀という時代においてとてつもなく大きな希望だ。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2020年03月30日