海外のパブリック・スペースから 1
スウェーデン、ストックホルム──岩の都の、柔らかなインフラとともにあるパブリック・スペース
平尾しえな(東京工業大学修士課程)
ストックホルムは「岩の都」
留学当初のスウェーデンの印象は「森の国」、ストックホルムの印象は「水の都」だった。もちろんこれは間違っていなかったし、この1年でより深く印象づけられた。ただ一方で、こういった理解は文字通り表面的なものだったのだ。
そもそもスウェーデンは、バルト楯状地と呼ばれる17億年以上も前にできた一枚岩の上にある国である。この国の森は、その岩の上にうっすらと乗った土壌の上に丁寧につくられたものだ。じつは国土の森林の大半が植林なのである。そして、ストックホルムの島々は氷河が造形した「こぶ」。一枚岩は大変強固なので、この国において「掘る」という作業は大仕事だ。ダイナマイトがこの国で生まれたのも頷ける。
そんな訳で、ストックホルムを散策するとよく岩に出会う。最近では、この街は「岩の都」であり、パブリック・スペースは岩との関係をなくして考えられないと考えるようになった。圧倒的な存在である岩と共存しようとしてきた結果、特にパブリック・スペースは“柔らかな”インフラによって支えられたものになっている。今回はそんな柔らかなインフラとその周りに展開されているパブリック・スペースのあり方を紹介したいと思う。
岩盤を拓いてつくられた地下鉄Tunnelbanan
地下鉄の駅は最も日常的に、かつダイナミックに岩を感じられる場所だ。地下の岩盤をダイナマイトで崩して空間がつくられ、表出した岩肌はアーティストによって装飾されている。駅ごとに異なるデザインは、そのどれもが明るい色と独特のモチーフが掛け合わされていて、とにかく大胆。壁や天井の表面はゴツゴツとしていて荒々しく、一般的な北欧デザインのイメージからはかけ離れているように思えるかもしれないが、実際にはコンクリートで無機質に固められているより表情が豊かで温かみがある。またドアやエレベーター、幾何学的な彫刻が岩に埋め込まれているような、あるいは岩から生まれてくるような仕上げや表現がされていることが多く、対比的に岩の存在を印象づけられているようにも感じる。
Hornstullの河川敷
市内の南に位置するSödelmalm(セーデルマルム)島の西側にHornstullというエリアがある。駅前は古着屋やカフェが多く、東京で言えば下北沢のような雰囲気だ。そんな駅前エリアからやや南下した先にある長さ2kmほどの河川敷が、次に紹介したいパブリック・スペースだ。以前はその荒廃した自然の様子から“Knivsödel”=セーデルのナイフとまで呼ばれた治安の悪い場所だったのだが、2000年代にレストラン、フードトラックとフリーマーケット、公園、ビーチなどが河川敷に沿ってシームレスに整備され、今では“Gaffel och knivsöder”=セーデルのフォークとナイフと呼ばれるようになった。
フードトラックとフリーマーケットの屋台は、崖と川に挟まれた幅10mほどの道に沿って並ぶ。面白いのは屋台などが基本的に川側に並んでいることだ。河川敷はほとんど護岸されていないため、フードトラックの裏に回れば人混みを外れて木陰で水面を眺めながらのんびりと過ごすことができる。崖は南に面していてより太陽光を受けやすいので、食事をとるためのベンチやレストランのテラス席になっている。
フリーマーケットを抜けると打って変わってなだらかに水際まで傾斜する地形になっており、公園とビーチが続いている。このビーチは、明らかにその真ん中にどしんとある岩を中心に整備されている。岩を挟んだ両脇に砂浜と川に飛び出す桟橋が整備されているが、一番人気はこの岩の上だ。このビーチに限らず、太陽の当たる岩ほど人々が自然に集まる場所はないといっても過言ではないだろう。
多くの人を集め、さまざまなアクティビティを生み出そうとするときに、こんなふうにもともとの地形や太陽に人の居場所を委ねてみるのがこの街のパブリック・スペースの手法だ。
このように岩ありきの都市で育まれたのが柔らかなインフラである。そしてこのような状況に人々が慣れてくると、インフラを柔らかく使いこなすようなパブリック・スペースも誕生する。最後にその事例を挙げたい。
高架下のクラブTrädgåden
TrädgårdenはHornstullと同じSödelmalm島の南端、Skanstullにある夏限定の屋外クラブで、今年で10周年を迎える。ここは鉄道橋のふもとにある、いわば「高架下クラブ」だ。東京にも比較的新しい高架下活用の事例がいくつかあるが、その多くはそこをがらんどうの「敷地」として捉えているにすぎない。Trädgårdenではコンクリートの橋脚に絡まりつくような設えが見られ、高架下でしかできない唯一無二の空間になっている。
レストランと屋内ダンスフロアが入っている切妻屋根の「家型ボリューム」は、親密なスケール感を空間全体に与えている。「家型」の横、業務用冷凍室のようなビニールの垂れ下がった出入り口を潜るとトイレという名の別世界が広がる。ジェンダーレス、男性用、女性用、ユニバーサルの4つのトイレボックスがそれぞれ角度を変えながら連続し、まるで街角のようなのだ。
どこよりも高い天井をもつダンスホールの開放感と、端正で巨大なコンクリートの塊を解きほぐすようにまとわりつくベンチやボリュームのつくる居心地の良さゆえに、行列のできるクラブとなっている。
災害の多い日本では自然と共存する柔らかいインフラをつくったり、柔らかくインフラを使いこなしたりすることは難しい。それでも私たちなりの楽しみ方を考えてみれば、ストックホルムの事例から学べることは多いのではないだろうか。
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公開日:2019年07月31日