パブリック・スペースを提案する 6

気づいちゃったその時から

板坂留五(建築家、RUI Architects主宰)

フィクションと現実のはざまで

本連載にて、私は「パブリック」を「日常の行為のなかで働く、誰かに対する想像力」と捉えて、ある機能をもった空間に不特定多数の人物を登場させて3つの架空のストーリーを提案をしてきました。それを執筆しているのとほぼ同時期に、私は《半麦ハット》と名付けた両親の店舗兼住宅の実施設計(協働=西澤徹夫)をしていました。今回は、そのフィクションと現実という異なる性質をもつプロジェクトのはざまで「住宅にとってパブリックとは?」と考えていたことを、当時の経験を通して言葉にしてみようと思います。

暮らしのなかの切実さ

この住宅の施主は私の両親で、母が20年間神戸市内で営んできた洋品店を併設する計画です。オンラインストアの普及によって、対面販売を消費者が選択する際の価値が「モノを買う」から「ヒトやコトに出会う」ことへ変化している状況から、少し離れた郊外へと店舗と住まいを共にした拠点をつくり、いずれ移住しようと検討していました。そんななか、神戸市内から車で1時間で通え、近所に商店があり不便がなく、海と山が近く景観が美しいという点から、兵庫県淡路島の北部にある街が敷地に選ばれました。
敷地が決まったころ、与条件をあぶり出すべく両親と対話を繰り返し、二人の求める機能や意匠的なイメージなどを整理し始めました。そこからどれくらいの面積でどのような構造体がいいだろうかとか、周りに対してどんな構えがいいだろうかと、当然のように一軒の個人住宅がどう街と接続するか、公共性をどう捉えようかと考えることになります。周囲との関係性について、とっかかりを見つけようと両親に対して、住宅の一部を開放したり、店にカフェを併設させて憩いの場として提供したりという事例を挙げてみるのですが、二人の暮らし方からはそのような活動が想像されることはなく、それどころか母は「どんな人が住んでるんだろう?」と思われたいと話しているほどで、周囲に対して「開く」というよりも謎めいた存在を求めていました。これは二人の仕事ぶりや性格を見ていると、無理のないごく自然な判断といえます。二人の暮らしにとって切実な問題や要件は目の前にいくつもあり、住宅と周囲の関係のなかに新たなパブリックな機能を加え設計に落とし込むよりも、まずはそれらにひとつずつ応えていくことが施主に対する設計者としての誠実な態度と考えました。

プロジェクトの方針

敷地が決まりいよいよスタートという2017年年明け、私は大学院生で修了制作のテーマを決める時期でした。そこで、2017年春から末までの修了制作を「基本設計」として取り組み、2018年秋までを「実施設計」、2018年末から着工、2019年春竣工という予定を立ててプロジェクトを始めました。

2017年の春、この設計を街の「風景」の観察をするためのひとつの方法として位置付けました。それは、街を構成する要素を調査し(街の観察)、それらをサンプリングし、建築として再構成する(建物の設計)という方法なのですが、言い換えると観察と設計のバランスをいかに取るかということが重要で、そこに私の興味があります。建築において建物の設計は重要な要素のひとつですが、そのための地盤は周囲の環境に対する観察によってつくられると思います。また、私は建築をつくることで施主を含めたさまざまな人に変化を与えることに、建築の意味があると考えています。
本連載での提案では、ある空間の設計をきっかけとして起こりうる不特定多数の人物の行動を想像し描いてきました。《半麦ハット》の設計においても、建築ができたあとの出来事の広がりを扱いたいと思い、観察が設計のためのアリバイ行為にならないこと、設計が観察のレポートにならないことを最大限留意したうえで、両親の求める建物の設計に挑戦したいと思っていました。
先に述べたような両親との対話で出てきた与条件を建築の内側からのエネルギー(=建物の設計)と考えると、建物を建てるには足りず、そこに建物の外側からのエネルギー(=街の観察)を与えることで建築が立ち上がるのではないかと考えました。

風景に抱く好奇心

ここで、街を観察し見えてきたことを簡単に振り返ってみたいと思います。敷地は、兵庫県淡路島の北部にある水産業と農業が栄える街で、それらを観光資源としたレジャー施設も見られます。1998年に明石海峡大橋が開通してから、中心市街地まで車で1時間ほどで出られることから住宅地化が進んでおり、小学校の生徒数の増加や、カフェやサロンなど平日から人が集う商店も増えてきています。
このような複数の産業がひとつの生活圏内に同居していることを示す特徴的な風景として、農地の支柱として(ホームセンターにリサイクル製品として売られていることもある)海苔網が、あるいは海苔の育苗のためにイボ竹(農業用の支柱)が、使われていたりします。

[左]支柱として使われる海苔網 [中]新しい海苔網を洗浄している様子 [右]イボ竹に吊るされた海苔のタネ(牡蠣の貝殻にタネが付いている)

[左]支柱として使われる海苔網 [中]新しい海苔網を洗浄している様子 [右]イボ竹に吊るされた海苔のタネ(牡蠣の貝殻にタネが付いている)
以下特記なきものはすべて筆者撮影、作成

また海に面する新興住宅は、一見どこにでもある素材や規格からできていますが、海側に回ると各々が独自のデッキや桟橋をつくり足しています。その風景からはそれぞれの趣味趣向が感じられ、移り住んできた人々の「ここ」を選んだ理由が想起されます。

[左]夏にペンションとして営業する建物の海側。デッキを介して室内と海岸が同一レベルに繋げられ、食事や家具などをそのまま外に持ち出すことができる。 [右]住宅の海側に掛けられた、海で拾ったであろう流木と仮設用の資材でつくられた階段。素材を針金で結合したディテールで、勝手を知っている家族だけの利用が予想される

[左]夏にペンションとして営業する建物の海側。デッキを介して室内と海岸が同一レベルに繋げられ、食事や家具などをそのまま外に持ち出すことができる
[右]住宅の海側に掛けられた、海で拾ったであろう流木と仮設用の資材でつくられた階段。素材を針金で結合したディテールで、勝手を知っている家族だけの利用が予想される

このような風景のなかから浮かび上がる共通点とその差異からは、それぞれの産業の特徴や住民の価値観といった街の生態系が見て取れ、私だったらどうするだろうかとつい想像してしまうような楽しい街歩きとなりました。

一方で、道の駅やバス停では、「海鮮丼」や「オーシャンビュー」といった言葉と、どこの景色かわからないくらいに切り取られた海の写真が組み合わされたポスターやパンフレットを目にします。この街の特徴を対外的に宣伝しようとするとステレオタイプな海辺の街のイメージになってしまうのでしょう。もし、母がこの街を敷地に選んでいなければ、私はここに来ていたか、母のお客さんは「ここに来たい」、あるいは「また来たい」と思うだろうかと考えると少し不安になりました。

この好奇心と不安をきっかけに、風景の採集を通して街の生態系を探ってみたい、それをこれから設計する建築の外側からのエネルギーとして取り込むことで、両親や店に訪れる人が出会う「ヒトやコト」の範囲を、敷地境界線を越えたこの街のそこかしこに広げられたらと、方針を立てました。

半麦ハットの概要

《半麦ハット》の建物全体を南から見る 撮影=小野奈那子

《半麦ハット》の建物全体を南から見る 撮影=小野奈那子

《半麦ハット》は、ガラス温室に使われる鉄骨を使用した、延べ床面積およそ100平米の平屋の建物です。このガラス温室は、敷地周辺の道路沿いに多く立ち並んでいるものと同じメーカーのものを選びました。かつて農業改革として行政から支給され、カーネーションなどの花卉栽培をしていましたが、現在ではイチゴやハーブの栽培をしているそうです。はじめに大きな容積を規格品で構えることで、雨仕舞いなどの住宅性能がクリアされ、街のほかの要素を組み合わせやすくなるのではないかと考えました。

敷地周辺に建つガラス温室

敷地周辺に建つガラス温室

ガラス温室は、構造体だけでなく外装も一緒になった製品なのですが、今回は本来使用するガラスを同じ厚みのフレキシブルボードに差し替えて設計しました。また、一部を住宅や工場でよく見られるサイディング材に貼りわけ、下地材のピッチの違いや材料の加工方法によって、条件に合わせた開口を設計しました。自然光があまり必要のない店舗部分では、フレキシブルボードに合わせた必要最低限の開口とし、海へのビューや、エントランスなど大きな間口を必要とする居住部分では、切断が容易なサイディングを当てています。

《半麦ハット》平面図

《半麦ハット》平面図

構造体の中央に、居住用と来客用の2つの木造のコアをおき、四周を回遊できる間取りです。 南に面するエントランスの東西には施主の選んだアンティーク扉が設けられ、リビングと店舗それぞれに繋がります。将来的な増床を可能にするためにコアは木造とし、リビングの外壁側に設置されている木梁もいずれ構造となりますが、増床前の現在は、大阪湾に向かって東側に広がる連窓のまぐさになっています。

[左]リビングから大阪湾を眺める。梁が通っており、窓のまぐさとなっている [右]エントランスから店舗と外を見る ともに撮影=小野奈那子

[左]リビングから大阪湾を眺める。梁が通っており、窓のまぐさとなっている
[右]エントランスから店舗と外を見る ともに撮影=小野奈那子

サイディングからうかがえる街の生態系

敷地周辺の風景を収集し、このような建築設計へとつなげてきましたが、そうしたなかで、窯業系サイディング(以下「サイディング」)に対しては少し特別な思いがあります。サイディングとは、板状の外壁素材であり、セメントと繊維質が主な原料となっています。私は、この街に来るまでサイディングに対して、選択するのは「よくない」という思い込みをなんとなく抱いていました。それは、たしかに便利で安価で効率的なものなのだろうけど、地域関係なく日本全国多くの住宅で使われるどこにでもある新建材であり、それゆえに私のような街の生態系に興味がある立場で選択するのはふさわしくないのではないかと考えていました。

ところが、住宅に限らず、実測に行った敷地近くの海苔工場でも使われていて、この街であまりにもたくさんのサイディングに出会ううちに簡単には無視できない存在になっていました。

[左]住宅に用いられた石調サイディング(21mm程度、金具取付構法)。平米単価5000円程度 [右]海苔工場で用いられたストライプ柄のサイディング(14mm、釘打ち構法)。平米単価3000円程度

[左]住宅に用いられた石調サイディング(21mm程度、金具取付構法)。平米単価5000円程度
[右]海苔工場で用いられたストライプ柄のサイディング(14mm、釘打ち構法)。平米単価3000円程度

そんなとき、こんな光景に出会ったのです。

敷地近くの公園の柵。土留めとしてサイディングの端材が使われている。サイズや柄はバラバラ

敷地近くの公園の柵。土留めとしてサイディングの端材が使われている。サイズや柄はバラバラ

敷地周辺の公園の柵に、土留めとしてサイディングの端材が挟まれています。表を向いているものもあり、柄はバラバラで、住宅に使われるようなレンガ風の柄もあれば工場に使われていたシンプルなデザインのものも混ざっていました。その光景から、明石海峡大橋開通を境に流通が変わり、全国で使われる建材がこの島にもやってきたのかも、そして塩害に対してメンテナンスがしやすく、柄の選択肢の多さと価格の幅が広いことから異なる建物のタイプに選ばれているのかもしれないと想像しました。
かつて敷地近くの海岸部は大手電機メーカーの下請け業者や地場の瓦産業の工場があったらしのですが、工場の海外進出や阪神淡路大震災(1995)による瓦産業の縮退が起こったのだそうです。そういったタイミングで明石海峡大橋が開通したことで、人の流れが変わり移住者が増え、住宅地として整地され、販売されるようになったのだと推測できます。昔からの住宅地には木の外装と瓦屋根でできた建物が立ち並び、一方海岸部の住宅はみな多様なサイディングで覆われています。また、同じく海岸部にある海苔工場は、古いものはトタンの波板で覆われていますが、新たに補修された部分がサイディングに置き換わってパッチワーク状になっているものも見つけることができます。そのような様子からは時間の流れとともに流通の変化を感じました。

建材を選択する際、「性能」「施工性」「価格」「バリエーション」というようなさまざまな基準がありますが、この街での使われ方に触れると、その選択の向こう側にある特有の生態系がうかがえました。たんに、便利なものが「美的」あるいは「思想的」によいのか悪いのかということではなく、判断の射程をその向こう側まで広げる必要があるのかもしれない。そこから、サイディングそのものに対して、物質的あるいは工法的側面を重点的に「そもそもこれはなんだろう?」という素朴な好奇心を抱いてリサーチを始めたのです。

海苔工場の外装。柄の統一はなく、パッチワーク状になっている

海苔工場の外装。柄の統一はなく、パッチワーク状になっている

それから数日間、カタログ本をめくり、製品サンプルを触りながら、サイディングの工法や性質を把握したり、実際に素材を加工を施し、身の回りの部材と組み合わせ手遊びをしたりしていました。そのうち、手に当たって痛かった小口に紙やすりをかけてみると、木材と同じ要領で角が取れ、きれいな丸い端部になりました。表層の建材から中身が現われた途端、厚みをもった素材が表われたのです。

その仕上げは、内装にサイディングを用いた箇所の体に触れる端部に施すことにしました。海に面する窓台は外装と同じ撥水塗料を塗ったことで、光を反射して海面のさざ波のような表情を見せてくれ、最後にまたサイディングの新たな一面に気づかされました。

《半麦ハット》外から窓台を見る。外装と同じ仕上げが屋内に続いている

《半麦ハット》外から窓台を見る。外装と同じ仕上げが屋内に続いている

私にとって、〈公園の柵〉を見つけて風景の連環に「気づいた」瞬間がターニングポイントとなりました。ふつうの建材だった「サイディング」が、街の生態系として設計のなかに取り込まれ、自分の価値観にも変化を与えたのです。

「気づく」瞬間

母と鉄骨

ガラス温室の鉄骨を巡った母との印象的なやりとりがあります。もともと母は、街のリサーチから設計するというコンセプトを理解していくれていたため、温室仕様の鉄骨を使用することについて反対ではなかったものの、街で見かける温室はほぼ屋外状態で、風雨の影響でメッキ仕上げがくすみ黒ずんでいて、それと商品が並ぶことは到底想像できないと、内装として鉄骨が露わになることに少し抵抗感をもっていました。そのために鉄骨は、海に向かった連窓に貫通した一部分と、内壁に属さない谷部の2本のみが露出する設計をしていました。
ところが、ある日の施工現場にて寝室のフローリング床と鉄骨のベースプレートとの干渉部分の取り合いを検討している時、ボルトがあったり工業的な見た目であることから、きれいに埋めてしまおうかと私が提案していたところで、母が「鉄骨きれいやし、見せてたほうがおもしろいやん」と言ったのです。私は「えっ!?」と驚き、「どうして?」と聞いてみると、屋根と外壁に覆われてチラりと現われるメッキ仕上げの鉄骨が、キラキラときれいに見えたらしく、そう思うと温室もおもしろいなあと受け入れられたらしいのです。ということで、鉄骨の足元は埋めずに見えるような仕上げになっており、部材の形状を強調するように、床フローリングをH鋼の形に切り欠きました。

洗面室と寝室のあいだにある鉄骨。フローリングに鉄骨がめり込んでいるような取り合い

洗面室と寝室のあいだにある鉄骨。フローリングに鉄骨がめり込んでいるような取り合い

知人とスカイブルー

もうひとつ、先日訪れてきた知人とのやりとりを紹介します。彼女は、建築関係の人ではないのですが、《半麦ハット》が掲載された雑誌の記事を見てくれており、関西に来るのと合わせて訪れてくれ、「雑誌で見たとき、(庇が)なんでこの色なんやろ思ってたけど、ここ来たらめっちゃ納得した!」と話してくれました。

彼女は、敷地に隣する海苔工場の方向からやって来て、ちょうど右の写真のように建築を目撃しました。その工場群の屋根は、青や緑に塗られたスレート屋根をもち、潮風と日射に当たって退色しパステル調になっています。その色調に連なるように、《半麦ハット》の庇の色にはスカイブルーを選びました。

敷地南側から《半麦ハット》を見る。海苔工場群の小径の突き当たりに水色の庇が覗く

敷地南側から《半麦ハット》を見る。海苔工場群の小径の突き当たりに水色の庇が覗く

この2つの出来事は、この二人は建築を通して街を見ているのかもしれないと実感した嬉しいやりとりでした。私が説明する言葉とは関係なくそれぞれの主観で話している様子からは、私が〈公園の柵〉にサイディングを見つけた瞬間にこの街でのモノの循環や判断について仮説を立てた時との、近さが感じられました。なにかに「気づく」瞬間に、それがそこにある理由やその背後にある状況に対して視界が広がる感覚を得ること、それが街と個人の距離をぐっと近づけるきっかけなのかもしれません。

「気づく」前と後

「気づく」前と後

当事者でいること、柔軟でいること

振り返ってみると、この価値観を変化させる「気づく」瞬間のエピソードと、いままで本連載で描いてきた「パブリック・スペース」での架空の出来事は、どこか繋がっている予感があります。例えば前回は、道に掛けられた「時計」が近隣の人の生活のなかに取り込まれていく様子を描きました。そこには5つのエピソードがありましたが、それらは時計が掛けられたその時に起こるものではなく、時計が掛けられてからしばらく経ってから、それぞれのタイミングで時計の存在に気づくでしょう。
その「気づく」瞬間の前と後では、周囲の物理的な環境は変わらないままに、まったく別の状況(認識? 世界?)になってしまうのです。前3作では、できるだけ多様な立場の人がその瞬間を迎えるような環境をつくり、その瞬間「の後」にどのように空間や活動に影響するのかを具体的に想像してきました。
《半麦ハット》では、街を観察し考察しながら想像したいくつかの生態系をもとに、与条件を形にしてきました。その結果として、いろんな人のいろんなことに「気づく」瞬間に立ち会えたことは成果だったのかもしれません。ただ、もう少し時間が経ってみて、変化した状況にどんなリアクションが起こるのか、街と出会った当事者としてどういう関係を図るのか、観察してみようと思います。

私にとって「パブリック・スペース」における「スペース」が指すものは、具体的な数値による大きさをもったものではなく、それぞれが見ている先にある範囲であるのではないかと最近は考えています。その範囲をどこまで広げるべきか、深めるべきかを適宜見極めて、そこへ向かえる「気づく」瞬間を準備しておくことが、つくり手の役割ではないでしょうか。そのために私は、街を歩き考察し、自分なりの価値観を柔軟に更新し続けていきたいと思います。

それぞれの「スペース」と「パブリック・スペース」

それぞれの「スペース」と「パブリック・スペース」

板坂留五(いたさか・るい)

1993年生まれ。建築家。RUI Architects主宰。https://ruitoile.wixsite.com/home
主な作品=《pick up “Kakera”, put on the house, pass to “Kamatarian”》(2016)、《omoshi》(2018)、《半麦ハット》(西澤徹夫との共同設計、2019)など。

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公開日:2020年03月30日