パブリック・スペースを考えるために

パブリック・スペースを考えるために──パブリック・スペースのゆくえ

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

第1期「パブリック・トイレのゆくえ」、第2期「パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ」に続き、第3期は「パブリック・スペースのゆくえ」と再度名称を変更し、いよいよパブリック・スペースについてのリサーチを始めていきたいと考えている。


改めて振り返ってみれば、この企画は「パブリック・トイレ」を誰にとっても必要な最小の公共空間=パブリック・スペースとして捉え直し、リサーチすることから始まった。ただ、トイレは乳幼児や要介護者などを除き、ほとんどの場合ひとりで使用する。そこで、第2期からは複数人で使用できる場所──より可能性を込めて言えば、共同する場所としてパブリック・キッチンをリサーチに加えることになった。ただ、第2期を始めた際は、まだ監修者の筆者自身、キッチンや料理の可能性について十分に言語化できていたとは言えない。そこでまずは、第3期を始めるにあたり、キッチンや料理の可能性について言及したいと思う。


今思えば、キッチンに注目したのは、料理が21世紀における重要な文化になるのではないかという予感があったからである。それこそ、20世紀における音楽や映画やファッションのように21世紀には料理が文化を牽引していくのではないか。そして、ミュージシャンや俳優やデザイナーではなくシェフがスターになるのではないかと直感したのだ。


2010年、コペンハーゲンのレストランnomaが世界のベストレストラン50の第1位になり、翌年と翌々年の2011年と2012年も第1位を保持。nomaは3年連続で世界第1位のレストランとなった。しかしながら、2013年には客が集団食中毒になり、順位も2位に転落する。ただ、nomaはさらにその翌年の2014年、再び世界第1位の座に返り咲く。その表彰式の段上で、オーナー・シェフのレネ・レゼピは、タキシードを着崩し、いわゆるFワードを使用しながらスピーチしていた。その姿は、さながら映画俳優かミュージシャンのようであり、かつての裏方としての料理人のイメージとはまったく違っていた。そうでなくとも腕にタトゥーを入れ、口髭を生やしたレゼピはたしかにカッコいい。若い人がミュージシャンではなく、彼に憧れてシェフになる夢を見るということも少なくないだろう。


別の観点でも、料理が文化の重要な担い手になるんじゃないかと予感させるものがある。それは観光だ。


つい最近まで、日本人の観光には海外のブランドショップ巡りがかかせなかった。しかしながら現在、Eコマース(EC)の発展により、海外ブランド品の多くは世界中のどこにいても購入できるようになった。筆者も海外のファッションECサイトをよく利用するが、ヨーロッパからも1週間と待たずに商品が届く。SSENSEFarfetchなどの有名なファッションECサイトは、取り扱うブランドと商品の豊富さにおいて、長年売上日本一を維持している伊勢丹新宿本店でさえも及ばないほどだ。
また、中国人観光客による爆買いも記憶に新しいが、こちらも同様にEコマースが増化し、「爆買い」から「爆輸入」へとシフトしている。


世界中のどこにいても、好きなものが手に入るようになった現在、ショッピングが観光の最も重要な要素であり続けるのは難しいだろう。それに比べ、料理はその場所でしか食べられないものが今でも存在する。世界で最も予約が困難なレストランのひとつであるnomaは、世界中の人に「予約が取れたからデンマークに行く」とまで言われている。


そして、音楽も映画もサブスクリプションサービスが一般的になると、CDやDVDを持っていることに意味がなくなる。ユーザーはほぼ無限にある音楽や映画のなかからお薦めされるものを受け取るだけになっていくだろう。もちろん、それによって文化が完全に失われるわけではない。ただ、定額になったということは、音楽が「どうしても手に入れたいもの」ではなくなったことを意味する。


このように料理には、ほかの文化に比べ、グローバル社会においてなお「そこでしか手に入らないもの」という特性が残っている(その意味では音楽のライブも同様であり、よく指摘されているように音楽フェスの拡大がその欲望を裏づけているといえる)。だからこそ、キッチンについて考えることは、未来の社会について、また未来の公共性について考えることにつながるだろう。


以上のような理由から、パブリック・キッチンについては、第3期でもまだまだ掘り下げるつもりだ。そして、キッチンについては、作家で料理研究家の樋口直哉氏に協力を仰ぐことになった。というのも、料理の専門家ではない以上、キッチンについて建築家だけでいくら議論しても限界がある。樋口氏は、料理を科学的かつ文化的に語ることのできる希有な人物であり、すでに何度かミーティングを重ねているが、その知識とともにつねに定量的に語ろうとするアプローチには毎回驚かされている。樋口氏とはこの企画のきっかけとなった新建築『住宅特集』の新しい企画(『住宅特集』2019年8月号)でも協働しているので、そちらも含めて期待していて欲しい。


さて、3期目ということで新鮮さを取り戻し、読者との繋がりをつくるために新たな仕掛けも考えている。ひとつは、これまで基本的にクローズドで行っていたインタビューを公開することだ。第1回は樋口氏を迎え、キッチンや料理について語る予定である。日程は8月23日(金)の18時から。場所は未定だが、興味のある方は今からぜひスケジュールを空けておいて欲しい。


もうひとつが、パブリック・スペースを見に行くツアー形式の企画だ。こちらはパブリック・スペースを研究、フィールドワークしているゲストをお迎えし、参加者と一緒に見て回るものだ。日程、ゲストともに調整中だが、面白い企画になると思うのでこちらもぜひ楽しみにして欲しい。


また、昨年から本格的に始めた提案企画も、第3期は少し趣向を変え、女性の、しかも若手の建築家に絞ることにした。1人目の津川恵理氏はニューヨークのディラー・スコフィディオ+レンフロ事務所に1年間勤務し、帰国してすぐ、神戸三宮駅前広場設計コンペで最優秀賞を取った現在注目の建築家だ。また、津川氏は公共空間でのアートプロジェクトも手掛けており、今回の企画には外せないと思いお願いした次第である。2人目の板坂留五氏は去年からの継続で、ちょうど今年(2019年)の9月にはじめての建築作品が竣工予定である。板坂氏の提案は一見、詩的に見えるものの、その裏には公共空間へのたしかな観察眼があり、今回もお願いすることとなった。3人目の岩瀬諒子氏は木津川遊歩空間《トコトコダンダン》という公共空間を実際に設計した経験を持っている。《トコトコダンダン》は土木スケールと身体スケールが融合した素晴らしい公共空間であり、また2020年開催の第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展への参加も決まっており、次の展開が楽しみな建築家だ。4人目の榮家志保氏はo+hのパートナーで、最近自分の事務所を立ち上げたばかりの建築家だ。担当していた《Good Job!センター 香芝》は民間施設なので厳密に言うとパブリックではないが、十分に公共的な役割を持った施設であり、公共空間として見ても素晴らしい建築である。独立して榮家氏がどのような建築をつくるのか、ぼく自身とても楽しみな建築家だ。


先日、津川氏、板坂氏、岩瀬氏の3人と打ち合わせしたが、彼女たちと話していて気づかされたのが、女性というつながり以上に、次の建築のムーブメントを担う世代になるだろうということだった。たとえば、津川氏は打ち合わせのなかで「ソフトやつくり方の提案ではなく、形にこだわりたい」と力説していた。思えば近年はたしかに、ソフトやつくり方ばかりに注目が集まり、建築の形や空間は、ややなおざりにされてきたことは否めない。だからこそ、その動きを見ていた次の世代はこの流れを乗り越えようとするだろう。


最後に、冒頭で述べたように第3期は「パブリック・スペースのゆくえ」とよりシンプルに名称を変えることにした。もちろんパブリック・トイレもパブリック・キッチンも継続してリサーチし続けていく。ただ、それでも変えようと思ったのは、最終的にはパブリック・スペースの未来について考えたいということに加え、先述の女性建築家たちが、実際にそれを実現してくれるかもしれないと感じたからだ。


月並みな指摘だが、建築家も建築関係者も男性があまりにも多い。そして年々高齢化している。例えばそれは、一級建築士講習を受けた際にまざまざと見せつけられる。ただ、当然ながら世界の半分は女性だ。そして、これからの社会をつくっていくのは新しい世代である。


だから、世界を変えるだけなら本当は簡単だ。単に彼女たちが公共空間を手掛けるようになれば、間違いなく世界は変わっていく。


しかしながら、それ自体大きな一歩だがゴールではない。女性や若い世代だけでなく、男性や、その他の多様な性を持った人々や、高齢者や、中年や、未だ生まれていないさらなる若い世代にとっても必用で欲望される場所とはどのような場所なのか。さらには、健常者だけではなく、障害者も当然そこには含まれなければならないし、日本人だけではなく、外国人も含めるとなると今度は安易には答えは出せなくなってしまうだろう。ただそこでこそ、最小限の公共空間のリサーチとして始まり、これまで継続して行ってきた「海外トイレ事情」や「国内サーベイ」が、複雑で多様な人々を受け入れるこれからのパブリック・スペースを検討するための重要なアーカイブとなっていくはずだ。


そのようなより広義の「パブリック・スペース」を考えるために、リサーチを続けていくこととしたい。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2019年07月31日