パブリックフロントランナーズ 4

Wikipediaのように「みんな」で街をつくれるか?

竹内雄一郎(計算機科学者、ウィキトピア・インスティテュート代表理事)

「みんな」でつくる未来都市

Wikitopia Project(ウィキトピア・プロジェクト)は、ITをはじめとした先端的な科学技術を駆使することで、オンライン上の百科事典Wikipediaのように「みんな」でつくる未来の都市を実現することを目指す研究プロジェクトです。デジタルメディアを特徴づける双方向性や参加性、オープンソース開発に見られる分散型の意思決定やDIY(Do-It-Yourself)精神などを現実の都市のデザインへと持ち込むことで、より多様な人々の声を広く反映したまちづくりや、社会的変化に対するより柔軟かつ迅速な対応などが可能になるのではないかと考えています。

プロジェクトの核をなすのは、新しいテクノロジーの開発です。紙幅の都合上、詳細は別の機会に譲りますが、大勢の人々による円滑な合意形成を支援するツールづくりや、都市空間をまるで電子データのように自由に「編集」可能にする技術群の開発などを進めています。

Wikitopiaのコンセプトを示すイメージ図

Wikitopiaのコンセプトを示すイメージ図

実験的な性格の強いプロジェクトということもあり、今のところ活動の大半はラボに閉じこもってプログラムを書いたり機械をいじったりといった感じで、世間に向けて派手にアウトプットを発表するような機会はまだ多くありません。しかし2018年、例外的な試みとして、「Wikitopia International Competition」と題したデザインコンペを開催しました。われわれのビジョン、すなわち「みんな」でつくる未来都市の実現に貢献するアイデアを学際的・国際的に募集したもので、計170点の作品が世界中から集まり、プロジェクトの長期的なロードマップを策定するうえで重要な役割を果たしました。また今年5月には、銀座ソニーパークにおいて受賞作品の展示イベント「Wikitopia Visions」も開催しました。

銀座ソニーパークで開催したイベント「Wikitopia Visions」の様子。点在するブースの内部に「Wikitopia International Competition」の受賞作品が展示され、また来場者が自由に意見を書き込めるようポストイットとマーカーが用意されている
銀座ソニーパークで開催したイベント「Wikitopia Visions」の様子。点在するブースの内部に「Wikitopia International Competition」の受賞作品が展示され、また来場者が自由に意見を書き込めるようポストイットとマーカーが用意されている

銀座ソニーパークで開催したイベント「Wikitopia Visions」の様子。点在するブースの内部に「Wikitopia International Competition」の受賞作品が展示され、また来場者が自由に意見を書き込めるようポストイットとマーカーが用意されている

テクノ・ユートピアニズムから離れて

何年か前までは、「Wikipediaのように街をつくる」などと言うと、実現するはずのない夢物語だと白い目で見られることがほとんどでした。しかし最近では、われわれの考えに賛同してもらえることが多くなってきました。インターネット上のさまざまなサービスを利用することが幅広い世代の人にとって一般的になり、そうしたオンラインの世界の仕組みを実世界に取り入れることに対する興味が増してきているのだろうと思います。われわれのプロジェクトが世の中に受け入れられる土壌が整ってきたようです。

このような時代の趨勢の変化は非常にありがたいことですが、安直な技術礼賛主義、とにかくインターネットの世界の論理を実世界に応用すればいいのだ、といった無批判なテクノ・ユートピアニズムに陥らないよう注意が必要だと考えています。これはとても重要なことだと思います。

かつて、多くの情報技術者はインターネットにある種の理想郷を見ていました。国家も巨大資本も、どのような主体もトップダウンに管理することのできない「みんな」の空間──誰もが自由に発言し、交流し、創造し合う真に民主的な空間がそこに出現することを期待していました。2019年現在、すでに世界の人口の過半数がインターネットを利用しています。しかしわれわれが日々アクセスするインターネットは、技術者たちが思い描いていた素朴な理想像とは大きく異なるものです。

フェイクニュースやエコーチェンバーといった問題の出現は、オンライン上で情報の中立性や真実性を担保することがいかに困難であるかを明らかにしました。立場や属性を超えて誰もが自由に発言できる空間は、実際には正確な情報や冷静な議論が埋没し、センセーショナルな嘘や芝居じみた義憤が山火事のように広がる無法地帯でした。

インターネット・カルチャーの経済的影響が強くなった社会では、ヴァイラリティ(「バズる」かどうか)が最重要の価値となり、公共的価値や学術的価値、芸術的価値といったあらゆる伝統的価値はその下位に置かれるようになりました。ジャーナリズムもアカデミズムも、ソーシャルメディアに振り回される空虚な抜け殻になってしまいました。

黎明期はたしかに「みんな」の手でつくられていると思えたオンライン空間は、いつのまにか一握りの企業が支配する、巨大な監視と誘導の装置になってしまいました。われわれユーザーは、それら企業に感情や行動を巧みに操作され、筋書き通りに怒り昂り、不安や妬みを覚え、取り憑かれたようにスマートフォンの画面に見入るようになりました。

米国ボストンで開催したイベント「Wikitopia Workshop」の様子。市内で働く建築家やデザイナー、近隣の大学の研究者などを交えて、ITを用いて都市の余白を活性化するさまざまなアイデアについて議論した。
米国ボストンで開催したイベント「Wikitopia Workshop」の様子。市内で働く建築家やデザイナー、近隣の大学の研究者などを交えて、ITを用いて都市の余白を活性化するさまざまなアイデアについて議論した。
米国ボストンで開催したイベント「Wikitopia Workshop」の様子。市内で働く建築家やデザイナー、近隣の大学の研究者などを交えて、ITを用いて都市の余白を活性化するさまざまなアイデアについて議論した。

米国ボストンで開催したイベント「Wikitopia Workshop」の様子。市内で働く建築家やデザイナー、近隣の大学の研究者などを交えて、ITを用いて都市の余白を活性化するさまざまなアイデアについて議論した

あるべき未来のパブリックの姿

オンラインの世界には、たしかに優れた仕組みが多数存在しています。しかし総体としての現在のインターネット空間に、われわれが手本とすべき未来のパブリックの姿を見て取ることはできません。Wikitopia Projectは、デジタルとリアルとが不可分に融合した今の現実を俯瞰したうえで、よりよい都市の設計原理を新たに模索する試みです。オンラインの世界の論理や技術を、単純に輸入しようとしてはいけない。テクノロジーを、都市に対する万能薬のように考えてはいけない。そのことを肝に銘じて、研究を進めていきたいと思います。

今後Wikitopia Projectでは、さまざまな技術開発や実践活動、本稿のような文章の発表など多岐にわたる活動を予定しています。長期的にはWikitopia特区(公共空間の利用に関する規制が緩和された実験地区)をつくり、理念や技術の実証を進めていく計画です。公開ワークショップなど参加型のイベントも企画していますので、われわれの活動に興味を持っていただけたなら、ぜひ今後いろいろなかたちでプロジェクトに関わっていただければ幸いです。

竹内雄一郎(たけうち・ゆういちろう)

計算機科学者。トロント生まれ。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー、および一般社団法人ウィキトピア・インスティテュート代表理事。東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、ハーバード大学デザイン大学院修士課程修了。ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所客員研究員、JSTさきがけ研究者等を歴任。受賞歴にACM CHI Best Paper Award等。情報工学と建築・都市デザインの境界領域の研究に従事。

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公開日:2019年10月30日