パブリックフロントランナーズ 3
新たなパブリック・スペースとしてサウナをアップデートする
吉里裕也(スピーク代表、東京R不動産代表)
最近、サウナが熱い。全裸のオッサンが歯をくいしばりながら所狭しとひしめき合い、黙々と汗だくになるサウナ。今そんなイメージが変わりつつある。これまでの客層を超えて、若者や女性にまでその魅力が広がっているのだ。
これまで街なかのパブリック・スペースの代表格といえば銭湯だった。不特定多数の人が裸で出会う場所なんてそう多くない。一軒にひとつ風呂があることが珍しい時代、銭湯はほぼ毎日通う場所であり、隣人と出会い、日常的に会話のうまれる場だった。地域のパブリック・スペースとして、生活のインフラの役割を担っていたのである。ところが、住宅設備が充実するなかで、生活インフラとしての銭湯の役割は終わり、その代わり、リラクゼーションの憩いの場としての役割が求められてきているようだ。こうした状況のなか、近年「サウナー」と呼ばれるサウナ愛好家が急増している。
《下北沢ゲージ》──パブリックとプライベートの壁を溶かす
ところで、パブリック・スペースの多くは、地方自治体などが所有している不動産と同義で語られることが多い。僕が子どもの頃は、空地が公園のように使われている時代だった。「ドラえもん」でのび太たちが放課後に集った、あの土管のある空き地もそうだろう。「公園のような」と言っても、なんとなくアバウトに放置されている空間を、地元の子どもたちが自由勝手に使っていただけのことだ。だけど、今、都市のなかでは、そういった光景を目にすることはほとんどない。治安の面からも、それは歓迎すべきことなのかもしれないが、明らかなのは、空地と公道とを隔てる壁がいつしか強固になってしまったということだ。そして、これに呼応するように、公共(パブリック)と民間(プライベート)のあいだの壁も、より高く強固なものになってしまったのではないか。
京王井の頭線の高架下に、《下北沢ケージ》★1というスペースがある。この場所は、京王電鉄が所有する民間の土地だが、それを公園のように街に開放しようという試みである。僕らはこのプロジェクトの企画設計から関わり、運営も行なっている。基本的には期間限定のイベントスペースだが、昼間の時間帯などイベントを開催していない時は一般に開放し、だれでも自由に使うことができる。リアルなスペースでの実践を通して、パブリックとプライベートの境界をあいまいにさせることを目指した。
真冬のサウナイベント
2019年の1月から3月の約2カ月間、この《下北沢ケージ》で、サウナイベント★2を実施した。男女問わず、約2,800人の人が参加してくれた。体験時間は約1時間半、サウナの効果★3を最大化するために、参加者は、サウナ、水風呂、外気浴という一連の流れを2、3回繰りかえす。
冷たい水風呂に入るのは正気の沙汰ではないと思われるかもしれないが、サウナでしっかり温まったあとに入れば、その温寒の差で毛細血管が収縮して血流がよくなり、汗腺が閉じて熱が逃げにくくなる。真冬でもまったく寒くなく、むしろ体の芯からポカポカするような不思議な感覚が味わえるのだ。《下北沢ケージ》では、真冬の高架下で水着の男女がデッキチェアでくつろぐという、異様な光景が広がった。
このイベントのためにドームテントを特注し、テントサウナをつくった。ドームテントの中心にサウナストーブを設置し、それを囲むようにベンチを配した。テントはそれほど断熱性が高くないので、やや低めの温度でも楽しめるフィンランド式★4を採用。熱した石に水をかけ、水蒸気を発生させるロウリュ★5、熱された蒸気を熱波士があおいで参加者に当てていくアウフグース★6という方法も採用した。湿度が上がるので体感温度が上がり、大量の汗が出る。テントサウナの温度はそれほど高くないので、喉や肌が乾燥することなく、快適に長い時間入ることが可能なのだ。
そして、テントサウナの外にはプール(水風呂)を設置した。サウナの効果を高めるために、冷たい水で身体を締めるプロセスは欠かせない。プールに入ったあとに、外気浴で身体を休ませるためのデッキチェアも準備した。これできっちりと「ととのう」★7ことができる。
このサウナイベントの開催中は、外気の温度が一桁台と凍えるような寒さの日も多く、環境は過酷だった。さらに水風呂の温度は約5度と、一般的な水風呂より低い設定であった。その刺激的な温寒の差により、極上の「ととのい体験」ができると話題を集め、サウナ初心者だけでなくツワモノのサウナーたちが何人も参加していた。
パブリック・スペースとしてのサウナ
僕らがこのイベントで意識したのは、現代の新しいパブリック・スペースとして、サウナのイメージをアップデートすることだ。今回は、スペースやコストの制約もあり、ひとつのテントでみんなが採暖する設計とした。しかし、結果として熟練のサウナーが初心者に入り方を伝授したり、セルフロウリュを一緒に楽しんだり、自然と会話が生まれるような、不思議な状況が生まれた。それはかつて、街なかの銭湯で日常的に見られた光景に似ているのかもしれない。
日本の多くのサウナには、長い時間入ることを念頭にテレビが設置されている。一方、フィンランドでは、サウナは瞑想する場、内省する場、そして社交の場であるともいう。今回のサウナイベントでは、大人数でも楽しめるように大きめのドームテントを採用し、内部には瞑想空間となるよう暗めの光を灯した。ストーブを眺めながらひとり考えに耽ったり、みんなでストーブを囲いながら自然と会話が生まれたりする。その光景は、放課後に子どもたちが集まった、あの土管の公園の姿と重なるだろう。
パブリック・スペースを活用するために有効な手法のひとつは、実際にコトを起こして状況を見せるということだ。多くの生活者にとって、パブリック・スペースは特に意識されることなく存在している。その場所に、いつもの日常の風景とは違う、非日常的な風景(「新たな日常」と言ってもいいかもしれない)を挿入する。そんな風景を共有することが、パブリック・スペースを変革していく力になるのだ。
今回、実際にサウナイベントを実施してわかったことは、サウナは冬の屋外でも十分に実現可能なコンテンツだということだ。日本では冬場の屋外のスペースの使い方が難しい。しかし、このサウナであれば、季節を問わずいろいろな場所での展開が考えられる。公園や川辺、さらには建物の屋上など……。パブリック/プライベートにかかわらず、さまざまな空間の有効利用が可能になるはずだ。
日本の温浴文化は、蒸気を発生させ、蒸され、垢を落とし、湯をかけるという行為が起源とされている。それは現在のサウナにとても近い。じつは、サウナの歴史は銭湯より古いのだ。機能性を超え、自然と心地よく人が集まる空間を、私たちはつくりたいと思っている。そんな、これからのパブリック・スペースのひとつを担うのは、サウナかもしれない。
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公開日:2019年09月26日