パブリック・フロントランナーズ 2
目印と矢印──パブリック・スペースの案内人
色部義昭(グラフィックデザイナー)
施設ごとの案内人
私はグラフィックデザイナーとしてビジュアルアイデンティティやサイン計画などで、さまざまな公共施設の仕事に関わってきました。その度に「目印と矢印」という平易な言葉を用いて、グラフィックデザインの効能や自身の仕事を解説してきました。「目印」は主に人々から個別性や目的地を認識してもらうための印の意で、「矢印」は人々を目的に応じて誘導する印の意です。
目印と矢印のデザインをする際は、いつもグラフィックを案内人に見立て、その場所にふさわしいキャラクター像を設定しています。ひとくちに公共空間と言っても、その性格や機能、地域性はさまざま。矢印ひとつとってみても設定すべきキャラクターは多種多様です。たとえば大勢の人がスピーディーに行き交う場所においては、できるだけ明瞭に大きな音量で話す人を設定します。反対に静かにゆったりと時間を過ごす場所においては、静かで抑制の効いた声音で話す人を想定して設計します。本稿では、目印と矢印という言葉を用いて6つの具体例を取り上げて解説してみたいと思います。
軽快でラフな目印と矢印──市原湖畔美術館
1つ目は、カワグチテイ建築計画による改修計画で生まれ変わった《市原湖畔美術館》の目印と矢印です。湖をのぞむ心地よい環境が伝わるように、さざ波を抽象化して目印としています。ピクセルで表現されたビジュアルアイデンティティに同調するように、サインの矢印と目印(ピクトグラム、文字)を設計しました。
壁に出角入角の凸凹が多く入り組んだ空間だったため、点線の矢印は角を跨いで展開し、来場者が行き先を見失わないように誘導しています。さらに、あえて剥がしたままの粗い仕上げ壁に対して、道路の白線のように一定の高さでラフなプリントを施すことで、質感の魅力が高まるようにすると同時に、建物と人を仲介する目印としても機能させました。極端なところでは、凹凸の鋼板にまでも誘導サインを展開しています。斜めから見ると文字ははっきりと読めませんが、正面から見ると文字がくっきり見えるようになります。視認性の点ではNGなアプローチですが、現代美術のコミッションワークを中心にした美術館という性格や立地からキャラクター像を考え、軽快でラフな矢印になりました。
公園と美術館を繋ぐ大らかな目印と矢印──東京都現代美術館
2つ目は、《東京都現代美術館》のための目印と矢印です。目の前に広がる木場公園と続くように「普段使いをしてもらえる美術館」をコンセプトにパブリック・スペースを新しく整備する計画。スキーマ建築設計による人のアクティビティを引き出すような家具・什器をベースに、目印と矢印(サイン計画)を展開しました。過度に建築に寄り添いすぎないやわらかな素材感の表現を通じて、建物と人と公園の間を繋ぐ、大らかな道標となることを意識しています。天井高8mほどの大空間に対して、遠くからでもよく見え、そして来場者の国籍を問わずスムーズな誘導を促すことが重要です。そのため文字よりも絵を優先に、簡潔な声音で話しかけるような目印と矢印という方針で設計しました。
JISピクトグラムについて
じつは、初期の提案ではJISピクトグラムを再解釈した、新しい現代美術館のピクトグラムを提案して進めていたのですが、残念ながら条例上の都合で断念せざるをえませんでした。JISピクトとの共通性を考慮しながら、視力の弱い方に対する配慮や新しい現代美術館のキャラクター性について検討したうえでの提案でした。視力にハンデキャップを持つ方々への調査も行い、現行のJISよりも見やすいという調査結果であっただけにたいへん残念な結論でした。
公共空間のサインにおいては、共通性を優先したJISピクトの使用を指定されることが多く、その意義は理解できるところはあります。ですが、現状のJISと寸分たがわず同じものを使わなければいけないという、杓子定規なルール設定には反対です。たとえば、書体はどんな個性的なものでも、基本的な骨格を踏まえていれば多くの人が読むことできます。同じように、ピクトグラムも基本的な骨格や構成要素さえ押さえていれば、読み取りは可能なはずです。しかしながら多くの公共事業において、JISピクトを使用することがルール化されていることも多く、それが施設の多様性を表現する障壁になっています。
またJISピクト自体は、公共空間に大きく掲示されることを念頭に考案されたもので、約5cm以上の大きめな表示には適していますが、スマートフォンなどで表示される2~3mmの小サイズになると、細い隙間の線がツブレやすく視認性に問題が生じます。スマートフォンなど電子デバイス上の地図と照合する機会が増えている昨今、公共空間の情報設計として、ここにもひとつ課題があるように思っています。
標識のような目印と矢印──須賀川市民交流センター tette
3つ目は、畝森泰行建築設計事務所と石本建築事務所の共同設計による複合施設《須賀川市民交流センターtette》の目印と矢印です。幼児から老人まで、幅広い利用者に向けて、親しみやすさと愛着が感じられるキャラクター性が重要と考え、アンバランスで丸みをもった目印(ロゴ)と、動きのある角丸フレームをデザインしました。図書館機能、子育て支援機能、生涯学習機能、イベントホール、ミュージアムなどの複合的な機能をフロアでセグメントせず、それぞれの機能がシームレスに混ざり合う開放的な建築空間が特徴です。これに対して、目的地にわかりやすくたどり着けるよう、矢印(サイン)を街なかにあるバス停や交通標識のような、誰もが存在に気づきやすいシステムでデザインしています。
公共施設のサインは、建築空間が広く開放的で導線の自由度が高まるほど、最もクレームが集まりやすくなるものです。文字が見にくいとか、行き先までのルートがわかりにくいなど、さまざまな問題が発生しますが、多くの不満を分析すると、サインの内容のわかりにくさよりもサインの所在が空間に飲み込まれてわからないという初期の問題がほとんどです。
そこで、《tette》ではサインを壁に溶け込ませるような依存型のサインではなく、交通標識のような、存在が目立つように床から立ち上がる自立型のものにしました。また外形からもサインの内容が想起できるように、誘導サインのプレートは矢印の形状、エリアサインのプレートは円形状、室名サインは横長の長方形で展開するなど、ジャンル分けをしてフレームを分類することで、スムーズな誘導をサポートしています。
自然の魅力を綺麗な声で紹介する目印──国立公園
4つ目は、34カ所に点在する日本の国立公園の目印です。日本の国立公園の多様性や魅力について、周知を図るためのブランディング事業を担当しました。目印となる統一マークの開発からはじまり、個別の公園マークやパンフレット類やツール類、看板など現在進行中のプロジェクトです。ここで特に注目すべきなのは、一点に集約された目印(=統一マーク)のデザインではありません。ありとあらゆる点で使われ、波及効果をもたらすように、和文部にはTP明朝のローコントラストを採用し、欧文フォントをタイププロジェクトと協議して開発した、国立公園用の専用書体にしました。今までの国立公園は、汎用性と視認性など実用性に配慮したゴシック体が用いられてきましたが、プロジェクトの初期に、実際の公園に足を運び看板を見ていると、雄大で美しい景勝地を紹介する看板としては、少し気品に欠ける書体の選定が気になりました。たとえば自然の美しさを伝えるテレビ番組で、ナレーターの声が電車内で次の駅名を伝えるアナウンスのような機械的な声音だったとしたらどうでしょう? どちらかと言えばボイストレーニングを積んだ俳優の綺麗な声音で紹介されたほうがいいですよね。書体としての造形の良し悪しもありますが、テーマにあった最適な素材が、正しく選ばれているかどうかが重要です。一点にその価値を集約する統一マークのデザインも大切ですが、末端の詳細な情報から、見出しとなる公園名まで、あらゆるレベルの情報に関与できる専用書体を通して、個別性やその価値に配慮した声音をつくっていくことが重要と考え、提案から実現に至りました。それぞれの地域でさまざまな事業者が仕様書に基づいて看板がつくられるプロセスのなかで、汎用性のない個別の書体を設定することはコスト面で大きな障壁でしたが、多くの協力や工夫を経て、最近実現に至ったプロジェクトです。
個性と機能の交点を表す目印──Osaka Metro
5つ目は、公営から民営の地下鉄として開業した「Osaka Metro」の目印です。Metroの「M」の中にOsakaの「O」を内包した螺旋状の動きのあるフォルムで構成された動く目印は、駅構内や電車内のサイネージで展開されています。大阪という街の個別性を表す「O」と地下鉄の機能を表す「M」をひとつの目印に集約させたキャラクターです。大阪という街の多様な表情に適応することを意識しつつ、ここでは視認性の高い明瞭なキャラクター像を設定することも重要でした。濃く鮮やかなブルーは、大阪の街の活気と調和しながら、他路線との誤認や、路線カラーとの識別性などを総合的に配慮したデザインです。ウェブブラウザのタブのように青い下線と一体になった目印は誘導サインのために作成。初めて訪れる人にもビジュアルだけで直感的にわかるように視覚的配慮を施しています。一つひとつの小さな目印が、大阪の街中に膨大な数で展開され、私自身も訪れるたびに街が少しずつアップデートしていくプロセスを見て、目印の潜在力を感じました。
都市の個性を表す表札としての目印──東京の街区表示板自主提案
6つ目となる最後の事例は、「東京」という都市のための目印です。「街区表示板」と呼ばれる、街角で必ず見かける住所を記した縦長の金属板があります。2016年にギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で個展を開催した際に、実験としてこの街区表示板を自主提案しました。かつては日本語表記だけで美しく記されていた表示板も、時代を経てアルファベット表記などがさまざまなスタイルで混入し、不揃いで醜いデザインになってしまいました。公共施設のサインと同様に、統一すべき情報のなかにさまざまな種類のサインが混在している状況は、誰が公式の声なのか判然とせず、信頼性の低い情報に見えてしまうのです。素材も様式もバラバラな建物が林立する東京の街において、さらに文字もバラバラ、色もバラバラな看板が連続している風景はいかにも東京的と言えます。そこで、街区表示板という街に膨大に広がる小さな点に注目し、クリアに所在地を示しながら東京の顔つきとなる新しい表示板のデザインを提案しました。
都市フォント構想を進めている書体メーカーのタイププロジェクトが、開発を行っていたサインシステム用フォントをベースに、新書体となる東京シティフォントも実装するかたちでプロトタイプをつくり展示しました。横長のプレートにすることでアルファベットの表記もしやすく、周辺の立地を記した略図を配するなど工夫もしています。街区表示板は街に点在する表札のようなものであり、都市の品格を表す小さな目印という見立てによるミクロの視点から、都市全体をアップデートすることを構想しました。
ミクロの視点から公共空間を考える
6つの事例で紹介したような公共空間に佇む目印と矢印のデザインは、空間全体から見れば一つひとつは小さな点です。しかし、さまざまな個性や機能に合わせて、目印と矢印を丁寧につくり上げていくことで、人と空間を密接に仲介し、体験の質を上げることに大きな効果を発揮します。
目印や矢印による小さな点の集積を、空間全体にスパイスをまぶすような大きな視点で捉えることで、一つひとつの公共施設から都市計画レベルのスケールに至るまで、有効な提案ができると思っています。
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公開日:2019年08月28日