パブリック・フロントランナーズ 1

ソーラークッキングの可能性

能作文徳(建築家、能作文徳建築設計事務所)

ソーラークッキングをご存知でしょうか。太陽のエネルギーを利用した燃料不要の調理方法です。私は主に「エコ作」と呼ばれる調理器を利用しています。ガラスの真空二重管の中に巻きついた黒い金属膜が熱を吸収し、真空管は熱を外に逃さないため、熱は管内に蓄積され200度程度に達します。この中に野菜や肉を入れ、晴天時には20~40分程度で食材がじっくりと蒸し焼きされます。また、クッキーやパンなども20分程度で焼けます。じんわりとゆっくり熱を加えるため柔らかくまろやかな味になるのが特徴です。

「エコ作」という太陽熱調理器
以下、写真はすべて筆者撮影

エコ作で焼いたクッキー

ソーラークッキングの調理器には主に4種類あります。1つ目はパラボラ形状の反射板で1カ所に集光する方法(パラボラ型)です。2つ目は平滑な反射板を使って鍋などの調理器具に光を当てて加熱する方法(パネル型)で、ダンボールなどで簡単に製作できDIY向きです。3つ目はソーラーオーブンといわれるもので、断熱された箱に集光して加熱する方法(ボックス型)です。4つ目はチューブ状のガラスの真空管を利用する方法(真空管型)です。このほかにも、太陽の熱を蒸気に変換したり、蓄熱して夜でも調理ができるようにする技術も出てきているようです。

主な4種類のソーラークッキングの調理器

ソーラークッキング調理器の種類
東京電機大学能作研究室作成

人間の食に独自なのは火、水、油を使って調理することです。一般的な家庭ではガスコンロ、IHヒーター、オーブン、電子レンジなどの調理機器はキッチンに格納されています。調理のための熱源はガスか電気です。ガスは石油コンビナートを経由し、油田へとつながり、電気は電力網を通じて発電所とつながっています。このようなインフラが整備されることで人間の食が成立しているのです。しかしソーラークッキングは、太陽のエネルギーを利用するため、屋上や窓辺、屋外空間が調理の舞台となり、食材はキッチンから脱出して太陽のほうへ向かいます。ソーラークッキングはどうやら洗濯物に近い存在のようです。この無料の太陽エネルギーをもっと利用しようとするならば、ソーラークッキングは、キッチンそのもののあり方を変容させ、家のプランニング、生活の仕方までが変容するかもしれないと想像させてくれます。

ある展示の企画をきっかけに、ソーラークッキングをさらに発展させて移動式のソーラークッキングカートを製作しました。このカートには8本の「エコ作」が搭載でき、まな板、包丁、皿、食材などが収納でき、車輪がついています。調理を実演したのは、太陽高度の低い冬の期間であったため、45度の角度にエコ作がセットできるようになっています。車輪があるので簡単に太陽の方向に調理器具を向けることができます。携帯のアプリを利用すれば、都市のちょっとしたビルの隙間に何時から何時まで太陽が出てくるのかを事前に調べることができ、調理時間などの予定を立てられます。展示期間中にクッキー、アップルシナモン、餃子を調理しました。東京では冬のほうが晴天率が高いため、冬のソーラークッキングも十分に可能でした。太陽が当たるところであれば、都市の隙間、広場、公園で料理ができます。火気を使用しないため安全で、インフラにつながれていないからこそ、都市のパブリック・クッキングができます。

移動可能なソーラークッキングカート

カートの天板を開くと調理台になる

太陽高度を示すアプリ

ソーラークッキングは世界中で実践されています。世界中の事例を私の研究室の学生が調べてくれました。例えばインドの寺院では、巡礼者のためにソーラークッキングで調理した料理を販売しています。インフラが整備されていないため、太陽のエネルギーで調理されています。また、CO2排出量の削減に貢献すると補助金がもらえる制度があるため、学校の屋上に設置されたパラボラ型のクッカーで給食をつくる事例もみられました。ヨーロッパでは環境教育に用いられる事例が多くあります。またソーラークッキングは難民キャンプや災害時の避難所などのインフラのない場所での調理にも役立っています。

日本でもソーラークッキングを実践し、ブログやSNSで発信している人たちがいます(私もそのひとりかもしれませんが)。その方たちの多くは、福島第一原発の事故で自分の生活を見直すことがきっかけとなり、ソーラークッキングを始めています。電気が自由に使える当たり前の日常を問い直し、自分の周りにある資源を活用しようとしています。オフグリッドという、電力網(グリッド)につながらない(オフ)状態にも関心が高く、実際に太陽光発電パネルとバッテリーで電力を自給するオフグリッドハウスで生活している人もいます。そうした方へのインタビューを通じてわかったのが、自らの生活を太陽のリズムに適応させるライフスタイルと、それを積極的に楽しむ感受性があることです。太陽の恵みを授かるという原始的な喜びと、それを支えるテクノロジーが融合しているところが未来的です。

福島第一原発事故の後に書かれたジャン=リュック・ナンシー『フクシマの後で──破局・技術・民主主義』(渡名喜庸哲訳、以文社、2012/原著=2012)には、近代は「構築(construction)」の時代だったと書かれています。現代はその「構築」が行き過ぎた時代でしょう。産業、経済、法制度、インフラなどのネットワークが広範囲に展開し、強い結びつきができています。それらが全体的な破局へ向かっていると述べられています。このような「構築」=強い結構の状態を緩めることが求めらます。ソーラークッキングの面白いところは、インフラという強いつながりを切り離し、太陽という資源につなぎ直すところです。こうした日常の些細な調理という行為から、私たちが生きている社会を見直し、行き過ぎた「構築」を緩めることができます。そしてまろやかな味とともに、太陽の恵みという生命の根本に触れることができるのです。

大学の屋上でソーラークッキング

能作文徳(のうさく・ふみのり)

1982年生まれ。建築家、能作文徳建築設計事務所主宰、東京電機大学未来科学部建築学科准教授。2012年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)取得。SDレビュー2013鹿島賞、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示特別表彰、ISAIA2018 Excellent Research Award受賞。主な作品=《ホールのある住宅》(2010)、《高岡のゲストハウス》(能作淳平と協働、2016)、《西大井のあな》(常山未央と協働、2018)、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs」(下道基行、安野太郎、石倉敏明と協働、2019)。

このコラムの関連キーワード

公開日:2019年07月31日