国内トイレ×キッチン・サーベイ 3

「人」という資源とつくる「共」の飲食空間

古澤大輔(建築家、リライト_D/日本大学理工学部建築学科)

「食べる」という行為は、言うまでもなく、人間にとって生命維持に必要なエネルギーを摂取する根元的な活動であることを超えて、人と人とがコミュニケーションをとるための良好な機会を与えるものである。また、食べ物を提供する厨房、キッチンといった機能は、専用住宅をはじめとしてあらゆるビルディングタイプに確認できるきわめてベーシックなものであるし、事実、これまで筆者が設計してきた建築で、キッチン的な機能をもたない事例はない。本稿では、そのなかでも「公共的」だと思われる飲食空間の事例を2つ紹介したい。

空き店舗の再生──《シネマスタジオ》

筆者の地元である東京郊外の立川市でシャッター街となっていたシネマ通り商店街の空き店舗を、コミュニティ・カフェとして再生した事例《シネマスタジオ》(2010)である。改修に先立って筆者は仲間とともに立川のコミュニティFMでラジオ番組「東京ウェッサイ」の運営に携わっていた。この地域でユニークな活動をしている人たちをゲストに招いて、その取り組みのおもしろさをラジオで語ってもらうというものだが、これをきっかけにしてさまざまな人たちとのつながりが広がり、空き店舗を改修して交流の場をつくることになったのである。

ユニークな活動をしている人を紹介するラジオ番組「東京ウェッサイ」

ユニークな活動をしている人を紹介するラジオ番組「東京ウェッサイ」
以下、特記なき写真はすべてリライト提供

毎週金曜日の17:00より公開生放送が行なわれ、地域活動に関心をもったギャラリーが集まった

毎週金曜日の17:00より公開生放送が行なわれ、地域活動に関心をもったギャラリーが集まった

1階がカフェ、2階が3部屋のシェアハウスという構成で、改修費用は仲間とともに出し合い、東京都の空き店舗対策の補助金も活用した。そして2010年5月、オープニング・イベントの当日には、ラジオで呼びかけた150名あまりの人が閑散としていた商店街に集まり、使用許可を取った前面道路はたくさんの人たちであふれかえった。オープン後は自分たちも店舗運営に関わり、ラジオ番組の放送後に行なうゲストを交えた交流会の場としても活用された。また、商店街で売られている食材と連携したメニューを試したり、隣接する英会話教室のレッスンの場として使われたりもした。そして、いつも人々が前面道路まではみ出して交流が行なわれているのを見て、空間的な余白の重要さを改めて実感したのだった。

改修後の《シネマスタジオ》外観 改修後の《シネマスタジオ》内観
交流会の様子 オープニング・イベントの様子 オープニング・イベントの様子

左上:改修後の《シネマスタジオ》外観
左下:同、内観
右上:交流会の様子
右中、下:オープニング・イベントの様子

高架下の再生──《コミュニティステーション東小金井》

次は、JR中央線の立川?三鷹間が高架化されたことによって生まれた高架下の未利用地を、地域と連携した商業施設へと再生した事例《コミュニティステーション東小金井》(2014)である。再生に先立ち筆者らは、沿線の隠れた見どころを紹介するフリーペーパーの制作を行ない、チェーン・テナントではない、地域で活動する魅力的な個人店を紹介していった。また、地域住民とのワークショップなどの対話型イベントを継続的に開催した。こうした沿線地域の情報発信を通じて、新しく生まれつつあるコミュニティの受け皿となる居場所を用意し、中央線沿線の価値を向上させるための施設を東小金井駅に隣接する高架下につくることになったのである。テナントとして入居してもらっている飲食店や雑貨店の店主は、いずれもがフリーペーパーの制作がきっかけで出会った地域で活動するクリエーターの方々である。そして竣工後は自分たちも施設運営に関与しながら、地域と連携したイベントを企画している。入居テナントが中心となって定期的に開催している「家族の文化祭」というイベントは来場者が少しずつ増え、いまでは5,000人/日を超えるようになっている。このような地域と連携したさまざまなイベントでの使われ方に対応するために、建物本体はコンパクトに納め、敷地中央には大きな広場を、そして前面道路と建物とのあいだにはフレーム状の境界と路地状の空地を設けることで、敷地内を多様な「余白」で満たすことを試みたのである。

路地状空地の展開写真

路地状空地の展開写真

エリアマガジン(ののわ)

フリーペーパー『エリアマガジン(ののわ)』(毎月3万部発行、150カ所で無料配布。JR東日本企画と協働。発行者はJR中央ラインモール)

毎週金曜日の17:「家族の文化祭」開催時の様子

「家族の文化祭」開催時の様子

店舗の賑わいがあふれだす路地状の空地
店舗の賑わいがあふれだす路地状の空地

店舗の賑わいがあふれだす路地状の空地

地域で活動する入居者の方々

地域で活動する入居者の方々

資源を顕在化させる媒介項としての「公」

先に挙げた2つの事例は、コミュニティ・カフェという飲食店と、民間の商業施設であり、いずれもいわゆる「公共施設」ではないが、筆者はともに公共性を有するものであると考えている。これは、民間/公共という区分、つまり公的機関に属しているか否かという二項対立的な思考では捉えきれないものであろう。「民間=私(private)」と「公(public)」を対比的に取り扱う図式は法的な所有権の考え方を基底としている。そして「私」と「公」のあいだに「共(common)」というあいまいな中間領域を想定する建築学における社会空間の図式も、私有か公有のどちらかに切り分けようとする、所有権というきわめて近代的な概念をもとにして成立しているのである。民法学者の加藤雅信によれば、所有権のあり方が奴隷制社会、封建社会、資本主義体制、社会主義体制などの歴史の時代区分における社会形態を決定しており、所有権という概念は、書かれた歴史が始まる以前に発生した「所与のもの」として存在するものだという。しかし、土地を所有する概念をもたないモンゴルの遊牧民族が知られているように、所有権とはけっして普遍的な概念ではないと指摘している。「私」と「公」の対立的な「所与の」図式による硬直化を招かないためにも、今一度、公共とはなにかについて考える必要があるのだ。

建築家の塚本由晴は、この図式を乗り超えるためには「共(commonality)」の位置づけが重要であるとしながら、経済学者、多辺田政弘による「私」「公」「共」の解釈を参照する。多辺田によれば、経済成長の指標であるGDPやGNI(GNP)では計測できない相互扶助・互酬などの営みや、地域からの恵みという非貨幣的な富である「共」を基底として、頂部の「私」とそのあいだに挟まれた「公」による三角形のダイアグラムで社会構造が表わされる。そして、定量化した経済指標の肥大化により三角形の底部がやせ細り、逆三角形へと変化してしまった状況に警鐘が鳴らされているのである。しかし、このような状況だからこそ、このダイアグラムにおける「私」と「共」の双方に接触面をもつ「公」の図上の位置に可能性を見出したい。つまり「公」とは、公的財政か否かを超えて、共有するべき地域資源という非貨幣的な「共」の側面を、個人の体験という「私」へと還元し、資源を顕在化させる媒介のようなものだと捉えることができるだろう。したがって、公共性に対する議論とは、媒介項としての「公」の仕組みに関する議論なのであって、肥大化する「私」により縮小してしまった「共」の資源性を掘り起こし、アクセシビリティを高めるための方法論のことなのである。

多辺田による「私」「公」「共」の位置づけ

多辺田による「私」「公」「共」の位置づけ
引用出典=多辺田政弘『コモンズの経済学』(学陽書房、1990)

時間的・空間的編集作業と継続的な仕組み

以上で紹介した事例は、ラジオやフリーペーパー、あるいはイベントという仕組みによって、地域で活動を行なう「人」という資源に着目しそれを顕在化させるものであり、その「人」がつくる食事や物品という商材に資源性を与えていくものであった。《コミュニティステーション東小金井》においては、建物をつくる前段階からテナントの入居者を特定しており、その入居者の方々とともに今後も継続的な運営を行なっていく。通常の商業施設では、テナントは入れ替え可能なものとして計画され、テナントのみならず建物や土地も交換可能な商品として扱われるものだ。つまり、テナント/建物、建物/土地、土地/道路といった空間的な接触面が入れ子状に層をなし、各層が市場という海に接続しながら入れ替え可能な状態として流動化し、結果として匿名的な場がつくられていく。しかし、ここでの取り組みでは、あえてテナントを固定化することで、層に流れる時間的な速度を抑えつつ、定期的なイベント開催を通じて抑揚の周期性を付与し、場を匿名化させる力学からの転回を図ろうとしたものである。また、このような時間的な調整に加え、道路?敷地?建物?テナントといった各層の空間的な輪郭に余白を設けることで、「私」と「公」を二項対立的に領域化させようとする法的な所有権が規定する力学にゆらぎを与えようとしたものである。こうした時間的・空間的な編集作業に、イベントなどの継続的な仕組みが実装されることによって、公共性を帯びた場が定着しつつあるのだと実感している。

《コミュニティステーション東小金井》平面図

《コミュニティステーション東小金井》平面図[クリックで拡大]

参考文献
加藤雅信『「所有権」の誕生』(三省堂、2001)
塚本由晴+貝島桃代+藤原徹平「建築論壇──脱・集合住宅『集まって住む』の先へ」(『新建築』2017年2月号、新建築社)
多辺田政弘『コモンズの経済学』(学陽書房、1990)
三俣学『エコロジーとコモンズ──環境ガバナンスと地域自立の思想』(晃洋書房、2014)
間宮陽介+廣川祐司『コモンズと公共空間──都市と農漁村の再生にむけて』(昭和堂、2013)
ポール・エキンズ『生命系の経済学』(石見尚+丸山茂樹+中村尚司+森田邦彦訳、御茶の水書房、1987)

古澤大輔(ふるさわ・だいすけ)

1976年生まれ。建築家。リライト_Dパートナー。日本大学理工学部建築学科専任助教。主な作品=《中央線高架下プロジェクト(コミュニティステーション東小金井/モビリティステーション東小金井)》《十条の集合住宅》《アーツ千代田3331》など。主な論文=「階段室型共同住宅における大規模改修手法の研究」など。https://furusawalabo.tumblr.com/

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公開日:2018年09月28日