連載 明日のパブリック・トイレ×パブリック・キッチン 1-2
ストリート、屋台、パブリック・キッチン(後編)
中村航(建築家、Mosaic Design代表)
日本における屋外の飲食営業事情
前稿では、屋台を中心にした都市空間での飲食行為をパブリック・キッチンと捉え、東南アジアのストリートの事例を紹介した。では、日本ではどうだろうか。
そもそも、現在の日本では特定の場合を除いて、屋外やパブリック・スペースでの飲食営業は許可されていない。パブリックな空間は「みんなの空間だから」、使うには「占有」の許可を得なければならず、飲食店の営業許可を取るには厨房および客席は周囲から「区画」しなければならず、それが建築物とみなされたら「確認」が必要で、さらにそれらの運用ルールは自治体によって異なるわかりにくいものだったりする。ストリートの屋台で調理されたものをオープンテラスで食べるなんていうことは、じつは日本においては叶わない夢に近い。
そうはいっても、祭りなどの催事に限った屋台や、一定の設備を整えたキッチンカーなど、認められているものがないわけではない。一方で近年では公園や歩行者専用道路といったパブリック・スペースをどう活用するべきかという議論も盛んで、連動してキッチン・カーなどもだいぶ一般的になってきた。同様にパークレット(Parklet)★1をはじめとした社会実験も盛んに行なわれており、そろそろルール変更の機運は高まっていると言えるかもしれない。よりよい都市空間の実現に向けて各方面でさまざまな取り組みがなされるなか、あまり現状を嘆いても仕方ないので、本稿では日本ならではのパブリック・キッチンの可能性について考えてみたい。
フードコートからフードホールへ
ひとつは、近年世界中で広がっている「フードホール」が、日本でもじわじわ実現されていることが挙げられる。いわゆる「フードコート」に近いが、従来のようにユニット化された画一的な厨房が並ぶのではなく、個性のある店舗が集まって客席をシェアする業態である。客席もカウンター席があったり、大テーブルがあったり、ソファ席があったりと、多様な居場所が用意されていることも特徴的である。「フードホール」は、法規上は私有地内(屋内)の飲食店の集合に過ぎないので、ビルと各テナントの工事区分等が整理できれば難しいものではない。通常の飲食店とは異なり、店舗に紐づけられていないオープンな席で、「フードホール」内の食べ物や飲み物を自由に選べるので、よりパブリックである。現状の法規的には屋外での展開が厳しい日本でも実現可能な「屋内型のパブリック・キッチン」になりうるだろう。
日本特有のセルフクッキングやセルフサービスの可能性
また、日本特有のセルフクッキングの慣習をうまく利用することはできないだろうか。焼肉やしゃぶしゃぶ、鍋のように自分で調理することを前提とする飲食店は、ヨーロッパでは意外と一般的ではない。例えば大きな炭台があって、好きな素材を選んで調理したりすることが、キッチンのシェアを中心とした新しい飲食業態に発展する可能性もある。
さらに、日本ならではといえば、もはや社会インフラと言えるほど普及しているコンビニ各社の、セルフサービスの拡充が挙げられる。コンビニ等でコーヒーを豆から挽く自動販売機が浸透して久しいが、そのようなセルフサービスであり鮮度を重視した「調理」を伴うサービス★2がさらに展開する余地はあるだろう。また、こうしたミル付き珈琲自動販売機だけでなく、いまはレトロとして懐かしがられる存在になったラーメンやうどんをつくる自動販売機なども、もしリバイバルすれば海外に輸出できるくらいのキラーコンテンツに変貌するかもしれない。そんな日本ならではの文化を推し進めた新しいパブリック・キッチンの出現に期待はある。
いま求められるパブリック・キッチン
ただ理想を言えば、やはり筆者も一部関わった表参道(東京都港区)の「COMMUNE 2nd」のような、誰もが気軽に立ち寄り、食べたり飲んだりして集うことのできるパブリックなスペース★3が少しでも多く出てきてほしい。食は万国共通で人を集める要素であり、先進都市のあちこちで食を中心としたパブリック・スペースが屋内外問わず出現している。多くのスタートアップが新しい食を探求したり、多くの飲食店が新しい調理を追求したりするなか、現在進行形のトレンドをサポートし楽しむパブリックなキッチンが、いま都市に求められている。
このコラムの関連キーワード
公開日:2018年08月31日