海外トイレ×キッチン事情 5
ドイツ、ベルリン──食べることから社会を考える
岩間朝子(アーティスト)
食べることは環境について考えること
料理とはどこからが料理という行為なのだろうか。
キッチンで野菜を洗い、皮を剥き、千切りにするときからなのか、スーパーでパックされた豆腐を選び買い物かごに入れたときからなのか。それとも、野菜の種が畑に撒かれたときからなのか。
カボチャひとつとっても、種を採取した人、それらを売った人、買って蒔いて育て収穫した人、流通させた人、会ったことのない多くの人の手によってある。自分が立つ目の前の台所という空間だけでは食べ物は生み出されない。
あたりまえに人間が抱え込むようになった資源は本来プライベート化できるものではない。私たちはこの地球に他の生物と共存しているのだ。それらはお金に還元されないものを多く含んでいる。
目に見えるかたちで数字に還元されない存在への気づきを日々の食事の中で忘れずにいるのはむずかしい。この豆腐ひとパックについて調べてみることで浮き彫りになるいくつもの事柄を、ともに食事をする人々と分かち合うこと、それが調理をともにする楽しさや、おいしさを分かちあう喜びとともにあればと思う。食べることは、環境について考えることだ。
ともに食べることでお互いを知る
約10年の間、日々の80人の昼食を準備していた。
_ _スタジオスタッフが50人に達するまでの数年間、食事の支度はひとりの作業で、朝7時から始める6時間ほどの準備でできることは自然と限られシンプルになる。
昼食の一皿は約3種の惣菜で構成されていた。予算や環境のことを考え、オーガニックの野菜、穀類、豆類中心のベジタリアン食になっていった。そして食材がどこからやってくるのか次第に気になるようになった。原材料がいいものであれば、調理はシンプルでもおいしい。そうなってくると、調理とは一体なんだろうという疑問が湧いてくる。流通経路が短ければ短いほどいいだろうし、農薬は使っていない方がいいだろう、そして、土や環境について考えられた農法がいいだろう。80人分のサラダ菜を洗うために消費する水道水の量に考えさせられ、食器や鍋を洗う洗剤の使用量の多さは環境に影響の少ない成分のものに変更するきっかけとなった。大量の食材がどのようにパッケージされているのか、という疑問もゴミを減らすために考えるようになっていった。調理で出る野菜のヘタや皮や芯だって、80人分ともなるといくら無駄が出ないようにしたとしても大量だ。コンポスト(生ゴミでつくる堆肥)も実験的に微生物を足すタイプのものと、ミミズコンポストの両方を採り入れていた。ただ、スタジオの建物周辺は石畳で、直接土の上にコンポスターを配置することができなかったため、循環は遅く、日々のすべてを土に還すことはできなかった。あくまでも、実験的な試みであった。ミミズコンポストでできる土や液は屋上菜園に撒くと目に見えて植物の発育が良くなった。
スタジオのキッチンがオープンキッチンであったことにより、スタッフたちともかなり活発なやりとりがあった。毎朝、彼らがコーヒーやお茶を淹れにくるたびにカウンターをはさんで、今日のメニューについて、あるいは昨日食べたものの感想、政治批判、レシピ交換、体調のことなど、さまざまな言葉を交わす。私はジャガイモや玉ねぎの皮を剥く手を止めずに。いろいろな疑問を投げかけられ、その疑問に挑戦するように調べ物をして情報を集めた。専門の知識があるからなにか始めるのではなく、Learning by Doing。
食の場を共有するということは、多かれ少なかれ人々の間でとても個人的な価値観の違いで摩擦が起こる。13時から始まる1時間の昼食は、長テーブルに料理の入った大皿を何セットかずつ間隔をあけて並べ、そこからそれぞれ自分の皿に取り分けて食べる。どのくらい自分の皿に盛れるのか、他の人たちを視界に入れながら盛る。
十分満足するとはどういうことか。体の大きさや、体質、働く現場の仕事の種類によって食べる量は違うだろう。なぜオーガニックなのか、肉を食べないと肉体労働ではつらい、など、その一つひとつ現われるトピックを丁寧に見ていくことは世界の色々を考えることに等しかった。ともにあるためには、タクティック(戦術)が必要だ。少しずつ物事をずらして見えるようにして浸透するまで待つ。変化には必ず初めに拒絶がつきものだし、その拒絶がさらにお互いの物事を深く考えるきっかけを与えてくれる。
ともに食事をつくること、食べることはお互いに対する寛容さを問う。
ゴミの回収から社会を見る
食材は農家とオーガニック食材店に宅配をお願いしていたので、リターン式の折りたたみの箱に入って毎週月曜日に届いた。ヨーグルト瓶などはリターンだった。ドイツではプラスチックのゴミはあまり出ない。スーパーへ行っても野菜は量り売りが多いし、 ビニール袋や紙袋はタダではもらえない。24時間営業のコンビニエンスストアのような場所もあるが、プラスチックに梱包されたお惣菜などは見かけない。
_ _飲み物のボトルはほぼすべてデポジット式(pfandボトル)で、 瓶をリターンすると戻ってくる20セント(30円)ほどがあらかじめ価格に含まれる(飲料メーカーによって多少の値段は違う)。道端に置き去りにされた小瓶やペットボトルなどを拾い集めて生活の足しにする人がベルリンには多くいる。アルミ缶の製品はほぼない。デポジットできないガラス瓶、ワインボトル、ジャムやピクルスの入っている蓋つきの瓶類は大通りに各キロメートルに設置されているドーム型の収集コンテナに緑、透明無色、茶色と瓶の色ごとに分けて入れ、ある程度の量になるとベルリン市清掃業者BSR(BERLIN STADT REINIGUNGS)が、クレーントラックでコンテナごと回収に来る。BSRは、ベルリンの公共の清掃会社で、働く彼らの着ているユニフォームもゴミ収集車、道を清掃する小型の清掃車、ゴミ箱、すべてが目立つ明るいオレンジ色だ。
ベルリンのアパートの中庭に配置されるゴミ捨て場は居住者全員によってシェアされていて、管理費の中にBSRへ支払われるお金が含まれる。紙類、プラスチックなどの不燃ゴミ、生ゴミなど、居住者の希望によりコンテナのサイズや数を指定できる。アパートの前の道の清掃、除雪代も管理費に含まれる。日々の生活の中で家の鍵は2つ。建物のメインエントランスのための鍵と、自分の部屋の鍵。メインエントランスの鍵は、郵便配達人、ゴミ清掃職員にシェアされている。指定のゴミ袋などなく、アパート内のゴミ箱ごと中庭のゴミ捨て場へ持って行き、中身だけを捨てる。とてもシンプルな公共のシステムだ。
振り幅の激しい東京
東京に住むなかで思うのは、公園の少なさ、ベンチのなさ、ゴミ箱のなさ、街路樹の少なさ、ちらりと腰掛け物思いに耽ることのできる場所の少なさだ。
そして、プラスチックのゴミの多さ、自動販売機、コンビニの多さだ。いろいろくまなく準備され尽くしている部分と、どこまでも不寛容な部分の振り幅が激しい。
お金を使わずに、ゆっくりできる場所。管理されすぎず人が時間を気にせずくつろぐことができる場所。どうすれば東京のような都市にこうした場所をつくり出すことができるだろうか。
お金をかけずに時間を楽しむ
ベルリンのクロイツベルク地区の中心に2009年よりプリンツェシンネンガーデンという屋外カフェと小さなキッチンを併設しているアーバンガーデンがある。
お昼は1種類のメニューのみでオーガニックベジタリアンの一皿を約6ユーロで食べることができる、地元の人々やツーリストでにぎわっている。ハーブティーを頼むと購入時にグラスを渡され、庭に生えているハーブを自分で摘んでそこに熱湯を入れてもらう。ミツバチも飼っており、養蜂についてのワークショップも行なわれている。
ガーデンは開かれた空間で、カフェがあるとは言えセルフサービスなので特になにも注文せずにただ木々の下に点在する椅子に座って、本を読んだり友人と話したりと時間を気にせず過ごすことができる。
ベルリンの多くの人は、お金を使わずに時間を楽しむ。初夏が訪れると、みなこぞってビールの小瓶を片手に運河沿いや公園で夕暮れを楽しむ。あるいは、公園のバーベキューのできるエリアに集まり、自前のグリルで肉や野菜を焼いて家族や友人たちと外での食事を楽しむ。
日々の生活に収穫の楽しみを採り入れる
キッチンということを考えたとき、最小のキッチンツールは自分の手だろうと思う。
そう考えると、forage(収穫)の楽しさを調理の視野の中に入れることができるだろう。エディブルな植物を都市の中にもっと増やしたら楽しいと思う。
ツツジの生える植え込みの代わりにルッコラやフェンネルの種を蒔いてみる。街路樹を果物のなる木々に。林檎、柿、枇杷、無花果、梨、柑橘類、そして秋には公園のリンゴの木から落ちた実をキュッと磨いて皮ごと食べる。虫が食っている部分を避けて食べる。銀杏を拾う。たわわになった柑橘系の果物をもいで家でマーマレードにしてみる。枇杷の木の葉を乾燥させてお茶にしてみる。山椒の木、ローズマリー、タイム、セージ、月桂樹。ハーブ類は、スーパーでパックされているものではなく、街角で摘めたらどんなにいいだろう、など、日々のなかに小さな採取するという行為を採り入れてみる。
ユスラウメやグミの木。子どもたちにとって、通学途中に植えてあったら楽しいだろう。
ドイツ語圏でシェアされている、自己採取できて食べられる植物が載っている地図を紹介しておこう。
ところで、冒頭で触れたSOE(Studio Olafur Eliasson) Kitchenは、この夏、オラファーの妹、ヴィクトリアをゲストクックとして迎え、8月11日から10月31日までアイスランド、レイキャヴィックにあるマーシャルハウスにて期間限定ポップアップレストランをオープンした。連日多くのイベントが空間実験研究所のディレクター、クリスティーナ・ヴェルナーによって企画された。空間実験研究所とは2009年から2014年までの5年間、エリアソンがベルリン芸術大学教授であったときに期間限定のアカデミーとしてベルリンスタジオと同じ建物内に存在した組織である。ベルリンのキッチンは普段どおり並行で運営、現在4名のキッチンスタッフがシフトを組み、日々のランチを3名で調理している。スタジオは総勢120名にまで増えている。
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公開日:2018年11月28日