海外トイレ×キッチン事情 1
スペイン、マドリード ──
民間に運営が委託された公衆トイレ
志岐豊(建築家)
マドリード市の政策と公衆トイレ
マドリードの左派系地域政党アオラ・マドリード(Ahora Madrid)の党首にして現マドリード市長マヌエラ・カルメナが注目を浴びる理由のひとつに、大気汚染に関わる政策がある★1。
例えば、大気中の二酸化窒素の濃度が基準値を超えた場合、環状線M30での走行速度を時速70キロ以下に制限し、住民登録者以外の市内への駐車を禁止。公共交通機関の利用を促す施策を講じる。実施当初は自家用車で郊外から通勤する人々を混乱させたこともあり、メディアで大きく取り上げられた。
また、市内随一の目抜き通りグラン・ビア通りをはじめ、主要な大通りにおいて車線数を減らし、自転車専用レーンの導入、歩道の拡幅を推進している。そのほか、市内における電気自動車の駐車料金を無料にするなど、深刻な大気汚染問題を抱えるマドリードにおいて、積極的に対策を行なっている。2017年9月、これらの大気汚染対策は「マドリード市の大気の質、および、気候変動に関する計画(Plan de Calidad del Aire de la Ciudad de Madrid y Cambio Clim_tico)」として市議会で可決された。
市が管理する公衆トイレの設置事業もこれら一連の政策の流れで捉える必要があるだろう。公衆トイレの製作、設置、維持管理を請け負うのは、「Clear Channel」というアメリカに本社を置く会社である★2。「公共サービスの維持管理・情報掲示用アーバン・ファニチャーとその他のサービスの委託(Gesti_n del Servicio P_blico, modalidad de concesi_n de mobiliario urbano municipal informativo y otros servicios)」事業には、市内の広告用ディスプレイ、地図案内パネル、バス停、リサイクル・ボックスの設置、維持管理が含まれる。同社はこの事業を2016年より12年間請け負うことになっている。注目すべきはこれらすべてのアーバン・ファニチャーのデザインが統一され、また、それぞれに広告スペースが備わっている点である。それによって製作、設置、維持管理に関わる費用をすべて賄うことができるだけでなく、年間およそ1,362万ユーロの黒字を見込んでいる。
アーバン・ファニチャーの一部としての公衆トイレ
2016年8月より設置が始まった公衆トイレは、2018年5月末現在、98カ所に設置されており、最終的には130カ所の設置を予定している。特徴としては、男女共用の個室型、バリアフリーデザイン、破壊行為を抑制するための10セントの使用料(タクシー運転手、通りの清掃業者等は使用料無料)、使用開始後15分で扉が開く、5度使用されると床を自動清掃、トップライトの自然採光などが挙げられる。
10セントを投入すると自動で扉が開き、中に入ってボタンを押して扉を閉める。そこから15分間のカウントダウンを知らせるべく、15の数字が電光掲示板に記される。便器や手洗い器、壁の大部分は衛生面を考慮してステンレス仕上げであり、清掃後に床が滑りやすくならないよう、溝が施してある。仕上げ材には光触媒チタン・コーティングが施されており、トップライトによる採光を通して汚れや悪臭を取り除く工夫もなされている。そのほかにおむつ交換台、コート掛け、音声案内などを備えている。
必要最低限の機能的なデザインと言えるが、メンテナンスが容易で、かつ、破壊行為に耐えうる素材で仕上げられた内部空間はいささか殺風景な印象を与える。一般市民が公衆トイレに対してもつ負のイメージを刷新するまでには至っていないというのが個人的な感想だ。
しかしながら、外観としては先にも述べた通り、ほかのアーバン・ファニチャーとデザインが統一されており、グレーの色調は街の景観に馴染んでいる。
公衆トイレの設置場所については、市役所のウェブサイトでGoogleMap上に記された地図を手に入れることができる。観光客の多く集まる場所に限らず、一般市民の多く利用するバスの発着場付近などに重点的に配置されている。
以上のように、マドリードの公衆トイレでは、内部空間にさまざまな工夫を施しつつ、統一されたアーバン・ファニチャーの枠組みのなかで広告を積極的に採用し、市民に負担を強いることなくそれらの運営費用を捻出している。これは公衆トイレを「点」のパブリック・スペースとして捉えるだけでは見出されなかった発想であろう。公衆トイレは、バス停やリサイクル・ボックスのようにネットワーク化されてこそ、さらなる公共性を発揮するのではないだろうか。掃除がしやすい、あるいは、風景に馴染ませるといったハード面の設計だけではなく、運用や市内における効率的な配置計画を含めたトータルなデザインの重要性をマドリードの事例は示していると言えるだろう。
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公開日:2018年06月29日