「Omoiiro™」から広がるタイルデザインの可能性──2つの事例から読み解く
アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員)
丹羽 浩之、加古 ひとみ(デザイナー/有限会社ヴォイド)
CASE 1 | ソニーCSL 東京オフィス 東京都品川区
「Omoiiro」で生成した配色をタイルでどこまで表現できるかというチャレンジ
アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、ソニーCSL研究員)
個人の趣味で作った「Omoiiro」がイッセイ ミヤケのデザイナーとの出会いでデザイン的に価値のあるものだと気づいた
ー「Omoiiro」を開発したきっかけは?
「Omoiiro」は最初、個人的な趣味から生まれたコンピュータプログラムでした。昔から画を描くことが好きで、いわゆる絵具や色鉛筆を使った画ではなく、コンピュータ上で画を描くデジタルアートの分野でした。コードやプログラミングを使って様々なグラフィックやアニメーションをつくるものです。毎日、1作品を目標に描いているのですが、作品の色を考える時、コンピュータがランダムに選ぶ色だと気持ちが悪いと感じることがしばしばありました。
そんな時に風景写真など見ていて心地がよいと感じる画像をスキャンして、その画像に含まれる色を自動解析して、カラーパレットを作り出すシステムが作れないかと思って作ったものが「Omoiiro」の原形です。
縁あってそのシステムがイッセイ ミヤケのデザイナーの目に留まって、当時(2015年)のホリデーコレクションのデザインに採用されることになりました。コレクションはロンドン、ニューヨーク、パリ、東京の4大都市をテーマにしたもので、「Omoiiro」を使って、各都市の風景写真から色を抽出して、最終的にバッグやアクセサリーのデザインになりました。
ロンドンのバッグであれば、単なる赤ではなく、写真に写っている2階建てバスの赤となるのです。元画像から自動的にそして抽象化されたカラーパレットが作成されることで、デザインにストーリー性と説得力が出てくる。また、その色がデザイナーの作為ではなく、「コンピュータがはじき出した」という客観性を持つことでデザイナーにとってもデザインの幅が広がるという価値に気づきました。
このホリデーコレクションは反響があり、販売も好調だったと聞いています。このコラボレーションがきかっけに、システムに「色についての思い/想い」という意味で「Omoiiro(オモイイロ)」という名前を付けました。
ーLIXILタイルとのコラボレーションの経緯
イッセイ ミヤケのコレクションの時期にLIXILのものづくり工房から「Omoiiro」を使ってタイルデザインの研究をしましょうとお誘いをいただきました。一緒になって開発を進め、商品化にこぎつけたのが、DTLの『ファインストライプ 』は、という商品です。その時にタイルと「Omoiiro」を組み合わせにおもしろさを感じたのは、タイル1つの形状やサイズはシンプルだが、組み合わせることで複雑なデザインも表現できるということでした。
ーソニーCSL 東京オフィスの2つの壁面タイルについて
【ラウンジ壁面】企業として顔になる、人を出迎える優しい空間に
オフィスの2階を全面改装することに伴い、そのエントランスとラウンジの2か所を「Omoiiro」を使ったタイルでデザインできることが予め決まっていました。最初はラウンジの方からデザインを決めていきました。デザインを決めるにあたっては他のソニーCSLメンバー含めて様々なアイデア出しを行いました。
会社所在地でものある御殿山のイメージ:大都市東京という都市空間にありながら、緑豊かで落ち着きのあるロケーション、ラウンジという来客などを出迎える空間性を踏まえて企業ロゴをデザイン要素として組み立ていきました。色についてはコンセプトにとてもよく合う風景写真(夕暮れの湖)をメンバーが撮影していたので、それを採用することになりました。ソニーCSL社員が撮影したということや、その風景写真の持つ夕陽のオレンジや湖の水面の深く沈んだ青などが、空間のイメージによく合いました。
実際に「Omoiiro」で抽出してみるとカラーパレットは心地良い配色になり、ラウンジによく合いました。ラウンジには外光がやわらかく差し込むので、その光ともマッチするようタイルも窓側から室内側に向けて色のグラデーションをかけるように工夫しました。
タイルという素材の持つ色再現性の制約
タイルはエコカラットを使うことで、湿度のコントロールやニオイの低減など快適な空間を提供できると考えました。このエコカラットに色柄をデジタル施釉で表現するにあたっては、タイルの質感や窯での焼き具合によって、色の再現性に制約があることがわかりました。あまりに濃い色や彩度の高い色は発色しづらいということでした。普段、パソコン上でデジタルにすべてをコントロールしてものづくりしている自分としてはその感覚が新鮮でした。不満ということは全くなく、それならばその制約の中でどう工夫すればよいものができるかと考えることができました。
最終的には、制約を逆手にとって、カラーパレットを淡い色合いにアレンジしてバランスをとりました。出来上がった質感や淡い色のグラデーションは非常によく仕上がってよかったです。これが壁紙へのプリントではまた違った印象になったはずで、エコカラットならではの素材感の良さが出ました。この空間の優しい雰囲気を「Omoiiro」タイルが作ってくれたと思って満足しています。
【エントランスの六角形タイル】アーティスト個人として自由に表現した壁面
ラウンジに比べて、エントランスのタイルのデザインは苦労しました(笑)。こちらは企業人としての自分よりもアーティスト個人として制作してよいという空間だったので、自分好みのデザインをプレゼンしては、ソニーCSLの企業イメージや空間にそぐわないとのダメ出しをくらい、試行錯誤しました。最初からタイルの形は六角形でいきたいと思い、また、壁面が向かい合って2面使えたので、そこで何が表現したいかという発想で取り組みました。デザインパターンを飽きるほど試作し、「Omoiiro」を使ってカラーパレットを抽出しては、グラデーションを変化させたりしていました。
デザインを繰り返す中で、見えてきたのは、自分のクリエイティビティやソニーCSLのアイデンティティにも通じる「ゼロから何かを生み出す」というイメージでした。宇宙のビッグバンのように、中心から何かが爆発し、周辺へ広がり、呼応していく、その運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現できると思ったのです。
一つの写真から2つのカラーパレットを抽出してできた全く印象の異なるタイルデザイン
実はこのエントランスのタイルの配色に抽出した元画像はラウンジ壁面と同じ、風景写真(夕暮れの湖)です。ラウンジよりもパターンも色も濃いものになっていますが、タイルには転写紙を使うことで、端部までしっかりと色がのりました。転写紙はデジタル施釉と違って、一枚一枚手作業で貼っていくことになるので、そこでまた出来上がりのばらつきがいい意味で出てきました。LIXIL側では製造上のばらつきがどこまでが許与範囲かと苦労されたと思いますが、結果的には「Omoiiro」とタイルが両方活きた形になったと思っています。ひとつの写真からラウンジとエントランスで全く印象の異なるタイルになったのは達成感と喜びがありました。
タイルはデジタルのものづくりと違い、パソコンの画面を飛び出して、実物のサイズで触れることができ、ずっと何年も壁面として残るものです。そこにタイルデザインならではのおもしろさがあると今回わかりました。
※Omoiiroはソニー株式会社の商標および登録商標です。
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公開日:2020年09月30日