INAXライブミュージアム「壮観!ナゴヤ・モザイク壁画時代」展

次代に伝える名古屋建築のレガシー

『コンフォルト』2022 February No.183

1950年代後半~70年代、名古屋地域のモダンなビルをモザイク壁画がいきいきと彩った。
作家たちが多様な素材を駆使して建築に施した、アートの力に目を瞠る!

展覧会場の様子。モザイク壁画17作品の全体写真とディテール写真、一部作品の部分(実物資料)を展示している。技法や素材の魅力が間近に伝わる。

展覧会場の様子。モザイク壁画17作品の全体写真とディテール写真、一部作品の部分(実物資料)を展示している。技法や素材の魅力が間近に伝わる。

2022年3月22日まで開催された「壮観! ナゴヤ・モザイク壁画時代」展は、「モザイク壁画」というアート分野の魅力、存在感に、あらためて気づかせてくれる。1950年代後半~70年代、戦後の高度経済成長とともに、全国の都市にコンクリートのビルディングが林立していくなか、その空間を大理石、ガラス、タイルなどを用いたモザイク壁画で装飾するムーヴメントが生まれた。名古屋周辺でも盛んにつくられ、市民に愛されてきたが、近年、建物の建て替えなどで失われた作品も少なくない。
今回の展示では、8人の原画作家ごとに、駅構内や商業ビル、庁舎、ホール、ホテル、銀行、教会などを彩った17作品を一堂に紹介し、「ナゴヤ・モザイク壁画」の迫力に満ちた黄金期を照らし出している。

材料の産地、工房が近くにあった

なぜ、名古屋とその周辺でモザイク壁画が多く制作されてきたのか。企画担当者・筧天留かけひてるさんは、いくつかの要因が考えられると語る。「この時代に、全国的なモザイク壁画の立役者となったのが洋画家の矢橋六郎(1905~88)です。おもに大理石を使いましたが、彼は岐阜県大垣市赤坂の出身で、矢橋大理石商店(現・矢橋大理石)の創業者の子息でした。赤坂は国産大理石の産地で、会社は地元産のみならず、自社で輸入した材料を使って建築用石材の加工と施工を行っています。大理石と並び、やきもの産地の多治見、瀬戸、常滑も近い。材料をつくる産地と、モザイク製作ができる工房が集まっていたという"地の利"があったことは大きく関係しているでしょう」。

合理的な名古屋気質も背景に

今日までよく残されてきた理由はどうだろう。今展の協力者で名古屋市在住の建築史家・村瀬良太さんの考察では、戦災で大打撃を受けたにもかかわらず、名古屋周辺の地域産業であるタイルを使った古い建物が戦後まで使われたという。復興事業で大規模な道路拡幅工事が行われたとき、建物を壊さずに、「曳家ひきや」の技術によって拡幅後の敷地に移動し、使い続けた例も多いからだ。元の建物を活用する点では、増築がめずらしくないことも名古屋の人びとの合理的なスピリットに通じる。結果的に、戦後に建てられたコンクリート建築とモザイク壁画も50年以上にわたり受け継がれてきた。

ディテールが伝える素材の力

私たちはパブリックな空間でモザイク壁画に出会うことがほとんどだ。記憶しているのは大画面の全体像だろう。「今回はディテールも見ていただきたいんです」と筧さん。極力アップで撮影された写真には、細かなモザイク片の同じものが二つとない形や色や質感が映り込み、はっとさせられる。人の手で一つ一つぎっしりと置き並べたことも見えてくる。加えて魅かれるのは、実物のモザイク壁画のコーナーがあることだ。
INAXライブミュージアムでは、伊奈製陶(現・LIXIL)のタイルを使用している2作品の修復・復元に主任学芸員・後藤泰男さんが取り組んでいる。一つは画家・北川民次(1894~1989)が1962年に旧カゴメビルで手掛けた《TOMATO》。北川は革命後のメキシコに滞在し、壁画運動に魅かれたことから、帰国後に自らも名古屋周辺で4つの建築のモザイク画を制作している。いずれも力強い生命力と人間性を感じさせ、見る者を引き付ける。

生命力あふれるトマトの色彩

旧カゴメビル 北川民次(1962年)

トマトジュースなどで知られる食品メーカーが、原料のトマトをテーマとして依頼。北川はメキシコで壁画運動に触れただけに、メキシコ原産のトマトの表現には熱が入っている。使用した伊奈製陶の住宅内装用陶器質タイル「ホームタイル」109㎜角60色から23万枚を使用。細かく割り、丁寧に張り詰めた画面に親しみが湧く。製作は近代モザイク(小林窯業)。その後、アート用の需要が増え、「アートクラフト・タイルモザイク」が伊奈製陶から発売された。

①力強くトマトが実っていく情景も修復。サイズは約110㎝×170㎝。

②修復し、展示された赤いトマトの部分。約90㎝×140㎝。実物は大画面であり、トマトの存在感がひしひしと伝わってくる。

③モザイク壁面を下地モルタルごと、12分割した状態で作業場に搬入され、修復を待つ。

④剥落したタイルを原寸写真と照合しつつ、張りつける。極めて細かい作業だ。写真:INAXライブミュージアム

⑤修復・復元に携わる主任学芸員・後藤泰男さん。

?《TOMATO》全体像。3m×15m。旧ビルのエントランスに通じる幅2mほどの通路沿いに設けられていたため、全体を正面から見ることは困難だった。写真:INAXライブミュージアム(合成)

⑥《TOMATO》全体像。3m×15m。旧ビルのエントランスに通じる幅2mほどの通路沿いに設けられていたため、全体を正面から見ることは困難だった。写真:INAXライブミュージアム(合成)

修復、復元しつつ発見がある

旧カゴメビルは2020年に解体。高さ3メートル。長さ15メートルの壁画のうち6メートルを12ピースに分割し、INAXライブミュージアムが寄贈を受けた。この壁画は当時の伊奈製陶が、内装用に製造販売していた「ホームタイル」を使用。2・5ミリ厚で薄く、割りやすく、色数も60色と豊富だった。今展では3ピースが展示されたが、本格的な修復作業はこれからだ。
後藤さんは手ずから修復作業を行うからこそ、気づくことがあると話す。「北川は一つ一つのトマトは違うものだと強く意識し、タイルの色を組み合わせているんです。均一の赤で鮮やかに完熟を表したものもあるし、赤系統と黄、緑を混ぜて表した熟れ具合、表情もみんな違っています」。現在は廃番の色も使われており、それらを新たに焼成するために、色合わせしているという。そこに発揮されるのは、技術を蓄積してきたタイルメーカーの底力だ。
もう一つは、建築家・村野藤吾(1891~1984)の設計で1953年に竣工した旧丸栄百貨店本館の、56年の増築時に設けられた外壁のモザイク壁画である。2018年、解体の際に譲り受け、3年がかりで復元、収蔵している。今展示で復元過程の映像と、使用されたタイル資料を見るのも楽しい。
復元の作業で、タイルを洗浄しながら、考えたことがあったと後藤さん。「この建築は竣工後すぐに建築学会賞を受賞したんです。それなのに、なぜ村野は増築の際に壁画をつくり、建築の意匠を大きく変えたのか。装飾を忌避していたモダニズム建築に対する反骨精神が、そこに注がれたのではないでしょうか」。
遠望していたときにはわからないタイルや目地の微妙な凹凸も表現されている。作者はそこに何を託したのか、モザイク壁画は建築の歴史に触れるきっかけも与えてくれる。

抽象的デザインとして傑作

旧丸栄百貨店本館 村野藤吾(1956年)

名古屋の中心地、栄に1953年に竣工。施工は清水建設で、53年度の日本建築学会賞を受賞。3年後に早くも増築され、モザイク壁画はこのときに施された。外壁に伊奈製陶の「カラコンモザイク」が用いられ、藤色のタイル9色のグラデーションで彩られた。使用タイルは美術タイルメーカー・泰山製陶所と大佛の小口タイル、伊奈製陶のカラコンモザイク、窓まわりにガラスブロックなど。厚みが異なるタイルの扱い、目地の取り方も独創的。

①モザイク壁画の部分復元。180㎝×180㎝。INAXライブミュージアム「テラコッタパーク」に常設展示されている。黄色のタイルが泰山タイル(12㎜厚)。茶と緑は大佛タイル(18㎜厚)。淡い藤色は伊奈製陶のカラコンモザイク(6㎜厚)。

②タイルの厚みは3種類。厚みを見せるタイルの側面は意図的に施釉されている。

③復元時に各社1枚ずつ裏足を見せた。右は泰山タイル、左は大佛タイル。黒色タイルは詳細不明。

④解体前の外観。増築部西側にモザイク壁画を施工、丸栄百貨店の象徴となった。3階の一部分を復元した。

⑤使用タイルを展示。奥列:大佛タイル、中列:泰山タイル、裏足に刻印も発見された。手前:カラコンモザイク。

モザイクタイル壁画の原画作家たち

展示された壁画の原画作家は、以下の8人。画家・矢橋六郎(1905~88)、画家・北川民次(1894~1989)、画家・安藤幹衛(1916~2011)、画家・古川秀昭(1944~)、建築家・村野藤吾(1891~1984)、建築家・中村順平(1887~1977)、画家・脇田和(1908~2005)、画家・伊藤廉(1898~1983)。

矢橋六郎の作品。製作は矢橋大理石商店。材料は大理石。上/愛知県庁西庁舎(1964年)。《大樹》または《広がる愛知》の部分。ガラス、磁器質タイルも使用。下/名古屋市営地下鉄名古屋駅(1968年)。《名所図》の部分。図案はテレビ塔。撮影:益永研司

旧ホテルナゴヤキャッスル(1969年)にあった脇田和《昼と夜の対話》の部分(実物資料)。130㎝×100㎝。製作は近代モザイク(小林窯業)。イタリア、オルソーニ社ズマルトのガラスモザイクを中心に、長江製陶のタイルも使用。濃密な美しさ。撮影:益永研司

取材・文/清水 潤 撮影/梶原敏英

壮観! ナゴヤ・モザイク壁画時代

会場 INAXライブミュージアム「土・どろんこ館」企画展示室
愛知県常滑市奥栄町1-130
会期 2021月11月6日(土)~2022年3月22日(火)※展覧会終了
休館日 水曜(祝日の場合は開館)、12月27日(月)~2022年1月5日(水)
共通入館料 一般¥700、高・大学生¥500、小・中学生¥250)
https://livingculture.lixil.com/ilm/

展覧会と同名の冊子も刊行。1950年代後半~70年代のナゴヤのモザイク壁画黄金期につくられた逸品を原画作家別に紹介。現存しないモザイク壁画も掲載する。喜井豊治(モザイク作家、アトリエING主宰)、高橋綾子(美術評論家・名古屋造形大学教授)が執筆。ナゴヤ・モザイク壁画マップ付き。H210×W210㎜、34ページ、全カラー。¥550(税込)。オンラインでも販売。

雑誌記事転載
『コンフォルト』2022 February No.183
https://confortmag.net/no-183

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公開日:2022年03月23日