建築本来の魅力を甦らせて
──INAXライブミュージアム 窯のある広場・資料館リニューアル レポート2
『コンフォルト』2019 December No.171掲載
約100年前創建の土管製造工場を改修した「窯のある広場・資料館」が、3年間の保全工事を経て、2019年10月5日にリニューアルオープン。
思い切った空間構成と展示の発想が工場を目覚めさせ、常滑の近代やきもの産業や人々の記憶を、さらに100年先まで伝えていきそうです。
煉瓦造の窯を築いた2層分の大空間をトラスが連続する洋小屋の架構が覆う
土管を焼く窯、木の架構を中心に据え、体感する場をつくる
窯のそばで、働いた人々の気配を感じる
窯と建屋が目覚めたように
「土管を焼いていた窯と、それを覆う建屋をしっかりと見ていただける施設になったと実感しています」。INAXライブミュージアムの尾之内明美館長が笑みをたたえる。
「窯のある広場・資料館」は施設の老朽化に伴い、休館して保全工事が行われてきた。2017年5月から18年3月まで煙突(『コンフォルト』170号 ものづくりの熱を伝え続けて──INAXライブミュージアム 窯のある広場・資料館リニューアル レポート1 参照)、18年11月から19年9月まで窯と建屋。窯の保全工事では、煉瓦が塩類風化を起こし、粉状に崩れてしまう現象への防止対策が施された。塩類風化は窯の地下部分の煉瓦が地下水を吸い上げるとき、土管の焼成時に投入された塩のナトリウムやカルシウムなどが煉瓦内部を移動し、表面で結晶化することが原因で起きる。そこで、風化しかかっている窯の外側頂部の表面、内部の垂直面に通気性樹脂を塗布して表面を強化すると、効果が確認された。
窯の内部は奥行き約11メートルのかまぼこ形だ。来館者の安全を図るために、鉄骨と金網で入り口から奥行き約4・8メートルまでシェルターを設け、そのエリアから、窯の奥までを見ることができる。
建屋の架構も見応え十分である。「まず実現したかったことは、建屋に入ったところで、力強い小屋組みを見上げられるように2階の床を全体の半分ほど抜き、同時にこの床に分断されていた窯の姿を見渡せるようにすることでした。車いすで来館された方も、どなたでも迫力をもって、ものづくりの熱を体感いただけるように」と尾之内館長。
保全工事の実施設計を担当した建築家・日置拓人(ひきたくと)さんは「窯と建屋はあくまでも必要な機能を合理的、経済的につくり込んだ工場建築なんです」と強調する。トラス構造の洋小屋は細めの角材を用い、大きな荷重を両端の柱だけで受け流す。それにより窯に必要な大空間をつくり、周囲には丸太で和小屋を組んで2階・3階の床を設け、そこで焼成の熱を利用し土管を乾燥させていた。「トラスは地組みしたでしょうから、吊り上げるのが大変だったでしょう」。大正時代に大工の手で工夫された架構に日置さんも思いを馳せる。
建築に対してバランスよい展示
保全工事に並行し、18年1月からは企画提案などを手掛けるアクシスとともに、展示計画をスタートさせた。工事が進むに従い、尾之内館長も学芸員の面々も、窯と建屋の存在価値の大きさをひしひしと感じていったという。そこで、「この空間に加えるさまざまな提案をいただきながらも、それを絞り、建屋と窯の存在感を伝えることに集中したいと、方向転換をお願いしたんです」と館長が明かしてくれた。
「大きな決断をされたと思います」とアクシスのアートディレクター・渡辺一人(かずひと)さんが振り返る。「たとえば、土管の知識を楽しみながら学ぶ仕掛けやアイデアなど、いろいろありました。最終的には、空間が見えなくなるパネルの多い展示をやめ、映像も立て込みにならない見せ方などを工夫していきました」。同じく稲本喜則(よしのり)さんも「結果的に、窯や架構の体感、体験という方針はそのままに、展示全体が大人っぽくシフトした感じがします」と話す。
結果、当初から企画されていた窯内部でのプロジェクションマッピング、1階のギャラリーには鉄の重量感に満ちた土管製造機械、カワラマン・山田脩二さんが56年前に撮影した常滑のまちの写真展示、2階には江戸末から近代に生産された常滑産の土管の展示などといったシンプルなメニューに絞られた。
土管の歴史、常滑のまちをさらに見出す
控えめに語りかける映像の力
アクシスチームには建築家・禿真哉(かむろしんや)さん(トラフ建築設計事務所)、近年、国内外で注目されている映像・音響・照明のプロデューサー・遠藤豊さん(ルフトツーク)、美術作家・寺山紀彦さん(studio note)、映像作家・菅俊一さんが連携した。禿さんは小屋組みのやわらかなライトアップなど照明計画の見直しも提案。そして、壁に投影するのではない映像の見せ方を考える中で発想したのが潜望鏡のような「スコープ・オブ・ソウル」だ。「建築を立たせるためには、映像は小さくして覗き込めばいいと思いました」(禿さん)。
遠藤さんたちが手掛けた窯の中でのプロジェクションは「土管を焼く」「土管と生きる」の3分間2本立て。前編は印象的な映像と、窯を図解する映像がミックスされ、製造工程と窯の仕組みが直感的に伝わってくる。窯の形式は両面焚倒焔式角窯というが、倒焔式とは窯の両袖から上がる焔が頂部でぶつかり、下降し、床下まで回る焼き方のことだと一瞬でわかり、ほーっと感動してしまう。それに照明が連動し、火と煙が流れ込む地下の煙道の存在を知らせる。「プロジェクションはデジタルな映像と、窯の外にある自然や実体をどうつないでいけるかが大切で、両方で補い合って全体を体験してもらえるのが新鮮さや、驚きを生むと考えています」と遠藤さん。窯の中のプロジェクションだけで言い尽くすのは望ましくないと言う。
尾之内館長は、窯と建屋の存在感が施設全体にパワーをもたらし、INAXライブミュージアムの重心がはっきりしたと話す。総合受付もミュージアム全体を見渡すこの「窯のある広場・資料館」に設置されて、来館者を出迎える場となった。
「窯のある広場・資料館」リニューアル記念
大「名品」展を、2020年3月31日まで開催 ※展覧会終了
「窯のある広場・資料館」の窯と建屋、煙突はINAXライブミュージアムのコレクション第1号。今回のリニューアルを機に、その後、ミュージアムが蒐集してきた所蔵品の中から、貴重な「名品」を展観する。
会期:2019年10月5日(土)~ 2020年3月31日(火) ※展覧会終了
会場:「土・どろんこ館」「世界のタイル博物館」企画展示室と館内スペース。展示替えあり。
開館時間|10:00am ~ 5:00pm(入館は4:30pmまで)
休館日|毎週水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
共通入館料|一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、各種割引あり)
所在地|愛知県常滑市奥栄町1-130
TEL:0569-34-8282 FAX:0569-34-8283
https://livingculture.lixil.com/ilm/
INAXライブミュージアムはLIXILが運営する文化施設です。
雑誌記事転載
『コンフォルト』2019 December No.171掲載
https://www.kskpub.com/book/b487626.html
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公開日:2020年10月28日