INTERVIEW 026 | SATIS
素の建築に戻す
設計:鈴野浩一/トラフ建築設計事務所 | 柿の木坂の住宅(自邸)
この家は、柿の木坂の水路の埋め立ての緑道沿いにあります。緑が残る目黒区の中でも、一際緑道の緑が自然を感じさせてくれます。
鈴野さんは、今まで賃貸に暮らしていたそうですが、家を持つということで近隣との関係に大きな変化が生まれたそうです。近隣の人もよく鈴野さんの家に訪れて食事などもするそうです。その背景には鈴野さんが捉えている建築感の中に、家をどのように開いていくのか、家そのものだけでなく、家と街との関係も大切に考えているとのことでした。特にこの緑道との関係は風景としてもまた交流の場としても大きな要素となったようです。
原型に戻していく
元々の建物は約40年前に、ある建築家が建てたもの。敷地に対して45度に振られた配置によって、隣地や前面道路との間に生まれる余白が、採光や通風を確保し、隣の家や外を行き交う人との視線も適度にかわしています。空間構成もしっかりと作られていて、鈴野さんはまず当初の建築家の意図を汲み込み、できる限り、元の空間構成に戻そうとしたそうです。特に住み手の希望だと思われるたくさん設けられていた収納スペースを取り除くことが大きな鍵となりました。そのことによって空間に広がりが出たと言います。壁紙も全て剥ぎ取りました。特に1階の和室は壁紙をとって下地そのものを見せたり、仕切り壁をとって白い壁にしたり、造作で作られていた天井を剥ぎ取ったりなど、付け足すことより、取り除いていくことが大きな改変点のようです。
2階リビングの大きな窓
この家の最も中心で、居心地の良い場所です。以前はリビングとダイニングの間に壁があったそうですが、それを取り除いて、一室の大きな空間にしています。緑道側には大きな窓が作られ、そこからの風景が絵の様になり、また見る場所、季節により変化するのです。近づけばバルコニーの緑にも目がいきます。一番遠いソファからは緑道の緑も一体になり、一つの風景を作ります。また窓も多く光がさまざまな場所から入り、明るい空間です。そこにはカーテンをつけずに、緑を配置すること、また45度振ってある建物の配置も功をそうして隣地との視線がうまく交わされています。家の内装は最小限の改変にとどめ、既存の木の枠やドアの塗装を剥がし、素材の色に戻しています。まずは最小限に、そして今後、少しづつ手を加えていきたいそうです。
ものの記憶、街の記憶
取材中にTOKYOBIKE TOKYOのリノベーションプロジェクトの写真を見せてもらいました。鉄骨の昔のリベットで作られた倉庫を改造したショップです。リノベーションの魅力を聞いてみると、自分の年齢より遥かに歳を重ねたもの、そこには大木のような安心感があると言います。綺麗すぎないこと、新しいものとの対比にあるもの。どこかピカピカの新しいものに愛着が持てないというのです。時間の堆積の中にものの価値を創り出しているのでしょう。
17年前にクラスカという目黒のホテルのリノベーションでデビューしたトラフですが、その道の草分けでもあり、その後もリノベーションという手法にずっと向き合ってきた先駆者であることは間違いありません。今回取材した自邸もまさにリノベーションであることはとても重要なことであるようにも思えます。壁紙を剥がし、そこに新たな意味を創り出していく、新しいものではでき得ない、古いものだからこそ出来る方法とも言えます。このTOKYOBIKE TOKYOのリノベーションではこうしたデザインへのアプローチ以外にも、人が訪れる仕組みとして、誰もが自由に過ごせる場所も作っています。このプログラムを組み込むことで街に対しても小さな変化を生み出そうとしています。このような単独の建築にも、また街の公共スペースを考えるにも同じことが言えるかもしれません。建物や工作物には、それぞれの記憶があります。そうした記憶を紡ぎながら、ほんの少しの手を加えていくこと、ベンチやテーブルを置いたり、草木を演出したりということで新しい物語を古いものに重ねていくのです。
さらに単なる借景としてではなく、使っている緑道を、人が行き来し、交わるということが重要なのです。先に触れたように、この家では近隣の人たちも食事などに訪れることも多いのですが、コミュニティーのつながりは、ここで暮らす安心感の一つとも言えるのでしょう。
この住宅でも、緑道を犬を連れて散歩している人も多いので、家の前にそっと犬の水飲み場をつくろうかなと言っていました。そうすると知らないうちに犬のコミュニティーがそこからできあがるのではないかと。ちょうど以前のプロジェクトで「どうぞベンチ」というのを見せてもらいながらその話をしてくれました。椅子の端に杖の形の取手がついているのですが、それがあるだけで、「座っていいんだ」という記号になるというのです。こうした押し付けのない行為の延長に都市計画と呼ばれるような大きなものへと繋がっていくと、街は楽しくなるでしょう。
賃貸から所有へ
鈴野さんは、今まで賃貸住宅に住んでいたそうですが、その家の解体が決まって、いろいろな選択肢が浮上しました。その中で最終的に中古住宅を買ってリノベーションをするという選択をしました。それで変わったことはと聞くと「白い大きな壁があるので、アートを置きたくなるとか、緑を置きたくなる。」と言っていました。この感覚に「家」と言うもの、家を通した暮らしというものへの接し方の変化を読み取れたような気もします。植栽の成長を見守り、どんなアートがいいかを考える、その楽しみが伝わってくるのです。鈴野さんは自分の家を設計することで、自分がオーナーになること、そのことを初めて経験したとも言います。そして設計して、完成引き渡して終わりではなく、住み始めてから、改変を重ねていくこと、それでいながら、子供が育ったりと暮らしのステージが変わればまた売って違う家に移ればいいとも言います。所有をすることで、賃貸とは違う目線で暮らす楽しみを発見したこと、それでありながら永遠にここに住むのでなく、移り住んでいくことも拒まない自由な状態の両方を楽しんでいます。
リビング、ダイニング、キッチンから見る大きな窓
この家の一番の見せ場は2階の大きな窓です。近づけば、バルコニーを通して触れる緑に、そして離れて見ると絵画のように、緑が切り取られます。さらに緑道の緑との重なりがさまざまな表情を見せてくれます。45度に振られたこの建物の配置も効果的なようです。遠くの緑道の緑が近くに見えたり、遠近感の錯覚も起こします。一番奥のリビングソファからこうして絵のように緑を楽しむことが出来るのです。また家の中の窓にはカーテンがありません。その代わり窓のそばには緑が置かれたり、またガラスの球が吊るされていたりと、光がキラキラと降りそそいでいました。こうした暮らしへの態度を誘発していくところにトラフの作品の魅力があるのでしょう。街に変化を促していくという話、そしてリノベーションという手法の価値の見つけ方、さらに暮らしへの態度が重なって見えてきた取材でした。
少し小さなトイレ
この家には2カ所にトイレがあります。少し小さめの空間ですが、その壁のタイルを剥ぎ取り、荒々しい壁と、そこに工業製品であるトイレが対比されています。選んだのは、リフォーム用のサティスSタイプ。数あるタンクレストイレの中でも特にコンパクトなこの製品を採用することで、小さな空間でもストレスを感じさせません。
1階のトイレはかつてのタイルがピンクだったこともあり、トイレそのものをピンクにしています。また扉を開けておいていいように、隠すトイレではなく、見せるトイレとして、オブジェのようにトイレをおいているのも特徴です。空間の広がりを遮らないことは、トイレにも踏襲されたこの家のコンセプトです。
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公開日:2022年09月27日