これからのパブリックのトイレを考える──オルタナティブ・トイレが可能にする豊かさ
永山祐子(建築家)×門脇耕三(建築家)×南後由和(社会学者)
『新建築』2020年3月号 掲載
トイレを通じて社会を考える
──トイレを考えることで社会におけるさまざまな課題が見えて来ました。今後はどのようなことを考えていくべきでしょうか。
門脇
現代では、おそらく多くの人が従来の規範意識は解体されるべきだと考えていると思います。女性は女性らしく、男性は男性らしくあるべきだという言説に対して、一般の人でも「それは違う」と声を上げるケースが増えています。そのような状況において、これまで常識だと考えられてきた建築空間についても見直しされていくべきだと思います。その足がかりとして、このオルタナティブ・トイレが建築家の手によりつくられたのは大変喜ばしいことです。「建築家の手で」とは、「トータルな環境としてデザインされた」ということです。トイレはある標準化されたパッケージがあり、面積などに多少の差はあれど建物によって大きく異なるものではありません。今回、器具設計だけに留まらず空間的な提案まですることができたので、従来のトイレからの橋渡しとなる新たなトイレのあり方を考えることができたのではないでしょうか。トイレは建築における極めて基本的な空間であり、そのあり方が変わると建築自体のかたちも変わっていくことになるでしょう。建築計画学では、男女別のトイレを前提として面積や数が指定され、建物の平面形状はこうすべきであるという指針がありますが、今後はオフィス以外のプログラムでも従来の建築計画を見直していく必要があるでしょう。当然だと考えられていた常識が崩れていくのではないでしょうか。
南後
建築家による再解釈が求められることに加え、一方でトイレは誰もが当事者として意見を持って改善していける興味深い対象です。2010年にMoMAで開催された「Small Scale, Big Change」は、「小さなスケールを変えることの積み重ねが社会を変える」をスローガンとして、社会問題を扱う存在としての建築家や建築プロジェクトにフォーカスした展覧会でした。まさに永山さんによるオルタナティブ・トイレが、小さなスケールを変えることで組織の意識を変え、ひいては社会のあり方を方向付けるきっかけになることを期待しています。
永山
今回、空間をどう仕切れば心理的に気持ちよいか、曲がり角や奥行をどうつくるかなど、普段私たちが設計する際に用いるボキャブラリーを使ってトイレ空間を設計することができましたが、いわゆる「トイレの設計」では、なかなかそうはいきません。私は、2020年10月から開催されるドバイ万博日本館の設計をしているのですが、最近現地を度々訪れています。中東の女性用トイレは、個室前に前室が設けられているのが一般的です。トイレには、社会性や宗教性が深く加わっており、今後はグローバルな視点も必要になってくるかもしれません。私にとってトイレを考えることは社会を考えることと同義であり、その提案はとても広い意味があると思います。今回完成したオルタナティブ・トイレについて、今後どのような意見が出て、どう継承されていくのか興味があります。今後も、パブリックトイレのあり方を考えていきたいです。
門脇耕三(かどわき・こうぞう)
永山祐子(ながやま・ゆうこ)
南後由和(なんご・よしかず)
(2020年1月17日、LIXIL本社にて。文責:新建築編集部)
INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」
愛知県常滑市に設けられた株式会社LIXILが運営する土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」。その一角にある「窯のある広場・資料館」が2019年秋にリニューアルオープンした。
常滑は日本六古窯のひとつに数えられる900年以上の歴史を持つやきものの街で、明治に入ると土管などの生産が始まる。この「窯のある広場・資料館」も1921年に操業し土管、焼酎瓶、タイルなどの製造を開始する。常滑市内にある窯の中でも最大級であったが1971年に操業を終え、1986年にINAXが資料館として一般公開。1997年には国の登録有形文化財(建造物)に登録されたが、煙突の耐震や窯の煉瓦の劣化があり2015年に調査を開始し、その後、保全工事が行われ創建時の外観が蘇った。
登録有形文化財であるため保全工事は慎重に進められた。高さ22mの煙突は、煉瓦すべてに番号をつけて解体し、内部を鉄筋コンクリート造につくり替え、元の位置に張り直す作業が行われた。煉瓦造の窯は、耐震性能の向上に有効な手段を講じることが困難だったため、窯自体の耐震補強をあきらめ、内部に鉄骨フレームによる安全領域を確保し、見学スペースとした。屋根瓦も劣化が激しいため再利用できず、土葺きから桟葺きに替えて軽量化を図った。現在汎用しているサイズでは合わなく表面の色むらも趣があることから、淡路島で昔ながらの製法で瓦を焼いている山田脩二氏の協力による7,000枚の瓦が使われた。
煙突の保全工事中に地震による倒壊と復旧の痕跡が見つかるなど、建物維持に対する情熱が垣間見えたこともあり、ここで働いていた人たちのものづくりに対するスピリットがここかしこから伝わってくる。ぜひ足を運んでいただき「ものづくりの熱」を体感してほしい。
所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/
雑誌記事転載
『新建築』2020年3月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202003/
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公開日:2020年07月29日