ブルワリー&レストラン「カールヴァーン」に見る
レストランにおけるトイレ空間の在り方
『商店建築』2018年4月号 掲載
近年、商業空間において、トイレやパウダールームの価値や位置付けが見つめ直されている。単に用を足すだけの場所としてでなく、インテリアの世界観を引き継いだデザインや、気持ちを切り替えられる仕掛けが施され、店舗の付加価値となるようなトイレ空間が生まれている。
埼玉県飯能市にある、「BREWERY & RESTAURANT CARVAAN(ブルワリー&レストラン カールヴァーン)」(以下、カールヴァーン)においても、オーナー、設計者の店舗に対する考え方を反映したトイレ空間が計画された。同店を経営するFAR EAST(ファーイースト)代表の佐々木敏行氏、設計を手掛けた藤井デザイン事務所の藤井利彦氏に、店づくりのストーリーと、トイレ空間のポイントを聞いた。
海外の様式を融合した、非日常空間
FAR EASTは、食品や雑貨の輸出入、飲食店経営を行う企業であり、ドライフルーツ店「FAR EAST BAZAAR(ファーイーストバザール)」を全国に11店舗展開している。同系列店の1店舗目から設計を手掛けているのが藤井氏だ。カールヴァーンは業態は違えど、これまでの店舗づくりと同じく、佐々木氏のイメージするテイスト、キーワードを元に空間が立ち上がっていったと言う。
「私から藤井さんに最初に伝えたのは、“メソポタミア”、“アラビアン”、“チベットの寺院”、“アンリ2世様式”、そして“鹿鳴館”と“迎賓館”といったテーマでした。中東やヨーロッパ始め、さまざまな国で触れてきた素材やデザインを融合し、新しい様式として生まれ変わらせています。ここを単なる飲食店ではなく、大人の社交場となるような空間にしたいという思いがありました」(佐々木氏)
カールヴァーンが建つのは、飯能市の中心を流れる入間川のほとり、その流れを見下ろす崖の上だ。周辺は緑に囲まれ、季節の移り変わりと共に、川辺の景色や表情を変える対岸の木々を見ることができる。かつては結婚式場があった土地で、長い間手付かずとなっていた場所をFAR EASTが岩盤工事から計画し、ブルワリー、レストラン、ワインセラーを併設した建物を新築した。建物内は川のある崖に向かって開口部が設けられ、昼は明るい外光が取り込まれる。大きな吹き抜けやゆとりのある客席レイアウトも相まって、開放感のある空間が広がる。シタン材ヘリンボーン貼りの床、木製の手すりや家具は温かみを生むと同時に、骨材入りのダークカラーの左官、部分的に金色の装飾が施された壁面と一体となって、重厚な雰囲気を醸成している。また、ホールに置かれるテーブルやイス、ソファ、照明といった家具はほぼ特注品だ。「海外のさまざまな製品を輸入してきたノウハウやネットワークを駆使し、エジプトやトルコ、上海の職人にオリジナルデザインの家具を制作してもらいました。家具だけでなく、躯体以外のほとんどの建材を輸入しています。一方で、施工や仕上げは地元の職人に分離発注して構築しました。本物の素材とこだわり抜いた造作を実現していく中で、大変ですが職人たちも刺激を受け、楽しみながらプロジェクトに取り組んでくれました」(佐々木氏)
地域活性化へつながるレストラン
「どこの席に座っても川辺の風景が見える客席レイアウトを考えながら、一方で存在感のある家具や素材を共存させ、各所に魅力のある空間づくりを目指しています。佐々木社長が思い描く社交場としての非日常感を、仕上げとスケール感それぞれで表現しました」(藤井氏)
彫金を用いたシャンデリアやテーブルランプ、立体的な装飾をあしらったテーブル、オリエンタルな造形が取り込まれたイスなど、海外の様式を漂わせつつも、ここでしか出合えないデザインが生まれている。
「大人の社交場として、この土地に新しい文化を生み出すと同時に、地域に溶け込み盛り上げていくことも狙いです。ブルワリーでつくられるビールは、店の近くの畑で採れるホップを原料としている他、飯能で生産される麦を用いるなど、産業的な結び付きも生まれている。お客様は地域外からわざわざ訪れる方がほとんどです。カールヴァーンにより地域が活性化することで、日本の中山間地域におけるエリア再生のモデルケースとなる可能性も感じています」(佐々木氏)
その言葉に強い信念とリアリティーを感じるのは、家具などのディテール、オペレーション、それを盛り立てる周辺のスペースまで意識を巡らせ、ここだけの空間体験を創出しているからだろう。
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公開日:2019年03月27日