小規模店舗のトイレデザインについて考える
── 野崎亙さん(スマイルズ)と永山祐子さん(永山祐子建築設計)に聞く

野崎亙(スマイルズ)、永山祐子さん(永山祐子建築設計)

『商店建築』2017年11月号 掲載

「個室」ではなく、「部屋」をつくる

ワインレッドをベースカラーにしたトイレの内部ワインレッドをベースカラーにしたトイレの内部。左側壁面は、断熱材のスペースを掘り込むことで、幅15?Bのカウンターを設置する空間を生み出している

編集部:

トイレの内部について、詳しく教えて下さい。

永山:

あまり広くはないスペースなので、便器はコンパクトでありながら、きちんとした性能も持ち合わせているLIXILのシャワートイレ一体型「サティスSタイプ」を選びました。タンクレスで省スペース、形状もシンプルですし、便器洗浄もパワフル。除菌や脱臭機能も付いています。特に今回のような小規模飲食店では、匂いの問題は不可欠ですね。

野崎:

当初より、匂いや音などトイレのリアリティーを極力感じさせないようにしたいという思いが強くありました。またトイレは、不特定多数の方が利用する空間です。飲食店である以上、感染症対策として、便器に手を触れなくて済むよう、便フタの自動開閉タイプを選びました。

永山:

内装については、野崎さんと「店内には余計な色がないので、トイレの中に驚きがある色を取り入れたいですね」という話をしていました。当初は、感覚的に赤やピンクが良いのではと感じていましたが、今回は店舗で提供する「ワイン」をイメージカラーに壁面を仕上げました。

野崎:

「Soup Stock Tokyo」では、スープに色があるので、内装に余計な色を使いません。この店も、トイレ以外は白と木、緑、ステンレスの色だけで構成しています。その上で、色を使うには意味を考えなくてはと、後付けで赤ワインのレッドとしました(笑)。ですが、結果的には高揚感があり、艶っぽさもある。アルコール類も提供するので、違和感のない色に仕上がったと思います。

永山:

トイレ空間をただの「個室」ではなく、「部屋」のように感じさせることで、よりリラックスした空間にすることができます。奥行きを足し、入り口から便器までの距離をとることで、人々の心にゆとりをもたらすことにつながるのです。出入りが楽になると、小さなお子さんと一緒に入ることもできるようになります。また幅も、壁面の断熱材のスペースを掘り込んで、少しでも広くする工夫をしています。150?@程広がったことで、カウンターを設けることができました。小さなカウンターでもポーチを置けるなど、特に女性には喜ばれます。カウンターの下部には、扉付きの収納棚を設け、トイレ用品をストックしています。また天井は、外光が入るよう、アクリル板を張りました。

コミュニケーションの場として活用する

編集部:

「also Soup Stock Tokyo」に限らず、小規模店舗を手掛けるにあたって、トイレについてどのような考えをお持ちですか。

永山:

限られた条件の中で、なるべく多くの人に優しいトイレ空間をつくることを普段から心掛けています。小規模店舗では、トイレを1カ所しか設置できないケースがほとんどです。そこでまず、スペースを確保することが、大きな課題になるでしょう。車椅子でも利用できる大きなトイレを設置することは、現実問題として難しいように思いますが、なるべく空間を広くとったり、立ち座りの際に手を付けるカウンターを設けたりといった工夫は必要だと感じています。また、空間内でトイレに関する全てが完結していなければならないので、いかに多くの機能を持たせられるかを考えます。特に飲食店の場合、大きな荷物を持っている人もいますし、女性は化粧直しもします。

野崎:

段差や扉の開き具合など、トイレの在り様によっては、入店をためらうお客様が出てきてしまうことにもなりかねません。経営側としては死活問題に直結するので、トイレは重要ですね。
逆に、小さいからこそ表現できることもあります。別の店の話になりますが、中目黒にオープンしたレストラン「パビリオン」のトイレは、白く四角い内部空間に街灯が突出するアートギャラリーにもなっています。そこにポップやフライヤー、店からのメッセージを書いたメモなども貼っています。このトイレは、プライベート空間であるだけでなく、私達がやろうとしていることをお客様へと伝えるコミュニケーションの場にもなっているのです。
私にとってトイレとは、店舗空間における一つのコスモ(小宇宙)だと思っています(笑)。魅力的なトイレがあれば、それだけでもその店のファンになってもらえるかもしれません。「Soup Stock Tokyo」のブランドとして思い切ったことをやったのは「also Soup Stock Tokyo」が初めてになりますが、今後も路面店出店の際にはトイレに力を入れていくつもりです。

トイレに新たな概念を持ってデザインする

編集部:

最後に、これからのトイレ空間に求められることや、トイレ空間が持つ可能性について考えをお聞かせください。

永山:

これは特にオフィスで言えることですが、健康を保つウェルネス空間としてトイレを捉えることができます。気持ちの切り替えやリフレッシュする空間であったり、鏡に映った顔色で健康管理するなど、メンタル的にもフィジカル的にも、より自分と向き合える場所になれると思います。

野崎:

今までのトイレは単なるファシリティーだったので、さまざまな可能性がありそうな気がします。ロンドンにあるレストラン「スケッチ」の2階には、何もない床にFRP製のタマゴがいくつも置いてある。そのタマゴの内部はすべてトイレで、男女に分かれておらず、ただ個室があるだけです。トイレに対するナイーブな問題をクリアすると共に、エンターテインメントへと昇華させた事例と言えるでしょう。今後、飲食店を含めた商業施設では、何かを食べたり、何かを購入するだけでなく、そこでの“体験”が重要になってきます。意匠的な演出だけでなく、例えば商業施設のフロアの中心にトイレを設置するなど、発想を逆転した時に、もっと楽しい状況が生まれるのではと思っています。

サティス スペシャルサイト

https://www.lixil.co.jp/lineup/toiletroom/s/satis/

雑誌記事転載
『商店建築』2017年11月号 掲載
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=299