イントロダクション

「建築とまちのぐるぐる資本論」ってなんだ?―本特集への招待

連勇太朗(建築家、CHAr)

これから一年間かけて「建築とまちのぐるぐる資本論」というシリーズで、LIXILのこのウェブサイトから様々なコンテンツをお届けしていきます。まず名前を見て「ぐるぐる資本論ってなんだ!?」と思った方が大半なのではないでしょうか。それもそのはず。ぐるぐる資本論はこの特集を始めるにあたって考えたオリジナルの概念です。この原稿で初めてのお披露目となります。まだ世の中で認知されていないこの言葉について一緒に考えていく、それがこの特集の目的です。

では、ぐるぐる資本論とはなんでしょうか。改めて指摘するまでもなく、今の資本主義は「利潤の最大化」「短期的な投資の回収」「資源の私有化」が目的化し肥大化しています。それがもっとも極端なかたちでグローバルなスケールで展開しているのが金融資本主義であり、その暴走が容易にクラッシュすることがあるということを私たちは実際に経験しました。自分自身を、大切な家族や友人を、暮らしや日常をこうしたシステムに預けてしまっていいのか、そうした疑問や問いが今様々な領域や人々の間で生まれ共有されてきているのは周知の通りです。気候変動に対する積極的なアクションをはじめ、サーキュラーエコノミーやサーキュラーデザインなど、持続可能な社会を実現することに人々の関心が少しずつですが向かいはじめています。世界ではデヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店、2020年)が、国内は斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社、2020年)がベストセラーになったことも記憶に新しいところです。とはいえ、依然としてその具体的な戦略や方法に関しては模索中であり、金融資本主義の力が弱まっているかといえば決してそんなことはありません。

さて、利潤の最大化を目的とした資本主義の運動は単にヴァーチャルな次元で展開しているわけではなく、非常に具体的なかたちで、私たちの生身の暮らし、地域社会、生活環境に影響を与えています。それは日々の生活の問題でもあり、まちや建築の領域で言えば目の前にある風景の問題でもあります。駅前がどこにでもあるような開発により無個性化し、空いているスペースがアスファルトで固められた駐車場になっていき、商店街の連続性を破壊するマンションが林立していく。これらの風景の前で理念、文化、美学は非常に弱い存在です。クライアントの事業計画が示されたエクセルがプロジェクトの本質的な可能性を規定するという構造的問題に多くの設計者、デザイナー、プランナーは悩まされているのではないでしょうか。経済モデルが良い意味でも悪い意味でも物理的空間に影響を及ぼす状況を私は最近「空間のキャピタライゼーション(資本化)」と呼んでいるのですが、このあたりの議論はまた別の機会に譲りたいと思います。私たちの創造性を発揮するには、背後にある経済モデルを無視することができない状況が訪れている、それが現代の状況だというのが私の基本的な認識です。

だからこの特集ではお金の巡りについても積極的に考えていきます。大きい経済モデルの話から、各個人のお金に対する認識から、事業の運営についてまで、様々な観点からお金について考えていきます。一昔前(例えば私が学生だった2000年代)まで、建築領域においてお金の話や事業の話をすることは「格がひくい」ことでした。とある有名な建築家に「建築家になりたいならそういう話はよしなさい」と諭されたりもしたものでした。しかし既に書いたように、これからの都市やまちについて考え、哲学や理念を実体化するためには、お金の話を避けて通ることはできません。

さて、「ぐるぐる資本論」の経済モデルはDIY可能であり、どんな人でもどんな場所でも自分の力で創造できるという着想から出発しています。新しい事業モデルをつくること、ローカルな経済圏をつくること、今までにない交換・共有・コミュニケーションの仕組みをつくること、こうした取り組みはすべて自律的な経済循環を実現することに貢献する実践として捉えることができます。それは理念的に現行の資本主義を否定するのではなく、現行の資本主義のなかからじわじわと、小さく、同時多発的に生まれてくる、そうした経済のあり方です。

金融資本主義そのものを止めることや変えることは難しいかもしれませんが、だからといってその波に飲まれ諦めるのではなく、たとえ小さなスケールであったとしても、経済モデルそのものを変革したりデザインしたりすることに挑戦しなければ、私たちの社会を真に支える空間、地域、環境、まちを実現することはできないのではないというのが「ぐるぐる資本論」の仮説です。建築やまちづくりに関わるプレイヤーはこのことに対して自覚的になる必要があり、積極的に介入していく必要があるのではないでしょうか。風景や人間関係が荒廃になっていくことに対して、無頓着、無感覚になり、それに慣れてしまいたくはありません。

この特集ではこうしたことに果敢にチャレンジしている人たちにインタビュー相手として、対談相手として、そして執筆者として参加していただく予定です。マルクスが19世紀のイギリスを通して、資本主義のメカニズムを徹底的に明らかにしたように、この特集では様々な最前線の現場から、ぐるぐる資本論というアイディアを深めるためのヒントを各現場から読み取り、そのメカニズムについて考えていくための機会を提供していきます。そのために、この特集では様々な(1)最先端の現場のインタビュー、(2)他の領域の方との対話、そして(3)若い執筆者による論考を合わせて20編くらいお届けする予定です。 一見関係のないような実践でも、そのなかに何か共通した感覚と論理を見つけ「ぐるぐる資本論」という概念を鍛えるためのエッセンスとして取り込んでいくこと。それができればこの特集は成功といえるでしょう。様々な事物がぐるぐると連鎖し循環する不思議な世界へようこそ!

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012〜)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)など。
http://studiochar.jp

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公開日:2023年05月31日