「建築とまちのぐるぐる資本論」取材8

DIY可能物件日本一の不動産屋による社会実験

殿塚建吾(聞き手:連勇太朗)

不動産の所有と経営を分離しよう

殿塚:

不動産所有者のなかには、ある日突然物件を継承することになった方々も少なくありません。。そのため、必ずしも「所有者=不動産賃貸経営のプロフェッショナル」ではありませんから、短期的な視点で家賃の最大化を考えてしまいがちです。大きな投資をして修繕し、家賃を少し高くして貸しても、リフォーム屋さんや仲介業者への支払いで結局儲からないという場合が多々あります。対して、古い物件は手間をかけないでそのまま貸した方が手取りは変わらず、リスクも抑えられることがしばしばです。長期のリターンを最大化する方法として、不動産の所有と経営を切り分けて考えることも重要です。大家さんにとって、管理や経営を自らやり切ることよりも、継続的な手取りを見込める方が理想的なケースもあります。

連:

とてもおもしろい視点ですね。人口が増え経済成長していた時代は、箱があれば儲けられました。今、時代は変わったにもかかわらず、過去の慣習で意思決定をしてしまう傾向が残っています。資産を守りつつ、まちの魅力をつくるには高度なクリエイティブ力とマネジメント力が求められ、不動産経営はとても難しくなっています。

殿塚:

だからこそ、不動産の経営を任せてほしいと考えています。特に資産価値がもう上がらないだろうという物件では力になりたいです。
僕らは古い物件を使ってくれる人たちとのマッチング経験が豊富です。入居者を資金力だけで評価するのではなく、「ごめんね」や「ありがとう」が言える関係性を築きながら、中長期的に見てまちの魅力につなげられそうな方々を見出して物件を貸すことができます。
omusubi不動産が管理する物件のうち三分の一がマスターリースによるものですが、その地域に対してインパクトが大きそうな1階の路面店は自分たちでなるべく借り上げています。入居審査のハードルを抑える工夫のひとつでもあります。

Fig. 11・12:あかぎハイツから徒歩3分の「みのり台の好月」。もともと入居していた居酒屋の廃業をきっかけにomusubi不動産が物件を預かり、サロン「Laune」、「カワズ靴工房」、蕎麦屋「凡土」などを誘致した。

自社運営のインキュベーション施設

連:

良いテナントを誘致するのは大変ですよね。どうやって見つけていますか。

殿塚:

自社で運営しているシェアキッチンやレンタルスペースから独立されるケースが沢山あります。少ない初期投資とリスクで事業が始められ、上手くいけば専業に結びつくからです。「One Table」は週1回の曜日担当制、契約期間は2年の縛りがありますが、2016年から8年間で延べ37組に使用されました。半分は独立、さらにその半分は松戸にお店を構えて人気店に成長されています。
利用に制限を設けたのはここ数年のことです。運営をしていくなかで、間借りを続けてくださる方が40代に差し掛かった時、僕らのサービスが本当に利用する方のためになっているのか悩みました。
日本一の漫才師を決定するM-1グランプリでも、出場資格にコンビ結成年の制限があり、それは若手をピックアップするだけではなく、それまでに賞が取れなかったら漫才の才能はないから諦めろというメッセージでもあります。一見、厳しいようにも思えますが、僕らも区切りがあった方が頑張れるのかもなと思い、その後の進路を後押しする気持ちを込めて条件づけしました。その結果、最初から独立を目指す利用者さんが増え、独立のノウハウを共有する卒業生のコミュニティも形成され始めています。

連:

まさに、インキュベーションですね。インキュベーション施設を経て育ったプレイヤーが、今度はまちを育てていくのですね。

殿塚:

実は「プレイヤー」という言葉には違和感をもっています。当事者はまちづくりをしたいと思っているわけではなく、ただ大好きなケーキを多くの人に食べてもらいたいとか、好きな雑貨をみんなに知ってほしいというような純粋な気持ちでサービスを提供しています。

連:

確かに「プレイヤー」と一括りにしてしまう一方的な認識は、オーナーの思いとのズレなど、様々な問題の起因になっているかもしれませんね。

Fig.13・14・15:あかぎハイツから徒歩1分の元理容室の「しるばあ」。1階には「One Table」での営業から独立して店舗を構えた「LIVING Coffee and Bagels」、金沢から移住した古着屋「ME: YOU」が入居。内装の施工には各店主も参加した。

大資本との連携でお金の流れを根本的に変える

連:

こうした発想も土壌を豊かにすることでより多くの収穫が期待できる農業の仕組みと相関していそうです。

殿塚:

お金の流れは水のようなものだと思っています。例えば、個性的な商売が経営的にしんどいのは、その場所に水が流れていないだけだと思います。だから、僕らが行政や大企業のまちづくり部門と事業を進めることで、水路のポイントを切り替えて、水が流れてなかった場所に水を流せば、多様な人々の可能性を引き出す環境が整備できると思います。

連:

具体的にはどういうプロジェクトがありますか。

殿塚:

「BONUS TRACK」はまさに水路の切り替えにチャレンジできた事例です。2020年4月開業したBONUS TRACKは東北沢駅と世田谷代田駅を結ぶ約1.7kmの下北線路街の中で、比較的繁華街から外れた立地ですが、低コストの建物で家賃をなるべく抑え、新しい価値を育てようとするテナントを積極的に誘致しました。長期的な視野で価値を維持するために、新しさを生み出せるような余白をもとうとしている場所です。この考え方はまちづくり開発でも基本的な考え方になるといいですね。
他社のデベロッパーさんにも同じような動きが増えてきました。東急電鉄は2024年10月の本格的開業に向けて、学芸大学の高架下に多様な価値をつくるようなお店をリーシングし、コミュニティづくりを促進する複合施設を計画しています。その企画から運営までを僕たちはお手伝いをしています。
松戸では常盤平地域のエリアリノベーションが国交省のモデル事業として採択され、UR都市機構と松戸市、地元のガス会社、駅前のボウリング場を運営している事業者と一緒に遊休不動産の活用について住民の意見を調査しました。常盤平団地は1959年に入居が開始された日本でも最初期の大規模宅地開発事業のひとつです。300万坪の敷地に約5,000世帯が暮らしており、まだまだどのようになるかはわかりませんが、ボトムアップ型の活動を本格的に展開していきたいと思っています。

連:

電鉄系の企業など資本力のある人たちと協働することで、今までのお金の流れ方を抜本的に変えて、多様な営みを応援しやすい枠組みをディレクションをされているのですね。

殿塚:

はい。僕ら自身、東京には下北沢の「BONUS TRACK」がきっかけで進出しました。BONUS TRACKの運営を手がける散歩社の立ち上げメンバー小野裕之さんから相談を受け、不動産管理をする傍ら、会員制のワークスペースやシェアキッチン、ポップアップスタンドを切り盛りしています。2021年8月にはBONUS TRACKから徒歩10分の一戸建てを借り上げて、菓子製造許可付きシェアキッチン「ナワシロスタンド」を開業しました。都内では他にも、浅草雷門の目の前にあるクリエイティブ&イベントスペース「浅草KAMINARI」や、蔵前では洋紙店元倉庫を再活用した複合ビル「カミヤミスジクラマエ」を運営し、都内でもまちの魅力につながるようなスモールスタートの事業者さんを応援しています。
今後、ますますBONUS TRACKのような開発の事例が増えてくれば、社会全体の流れも変わってくると期待しています。

Fig.16・17:omusubi不動産が運営に関わる「BONUS TRACK」(設計:ツバメアーキテクツ、2020年)は、小田急線の線路跡地に建つ複合商業施設で、個人が商店を構えやすいよう比較的小さな区画で構成されている。

Fig.18・19・20:「KAMINARI」は、浅草雷門近くの1966年に建てられたビルを、ものづくりなどに関わる入居者が中心にリノベーション。1階がダイニングバー「ほしや」、2〜4階がシェアアトリエとイベントスペース。

Fig.21・22:「カミヤミスジクラマエ」は、銭湯の斜向かいに建つ1966年竣工のビル。1階が酒屋兼角打ち「NOMURA SHOTEN」、2階が器を扱う「deps.」、3階が個人のアトリエ。

つながることで実りを分け合う

連:

これまで殿塚さんはひとつの地域に寄り添うタイプの方だと思っていましたが、今日お話を伺って、ひとつの地域に閉じず、外部との関係性を積極的に築こうとされていることがわかりました。

殿塚:

自分自身の心境も変化していき、今はそういう段階になっています。
2019年に科学と芸術の丘の2年目を実施した際に、個人的にはそれなりに手応えがあったのですが、まだまだ一部の人にしか認知されていないことも痛感しました。僕たちの活動は松戸や近い業界の一部の方だけが知ってくれていて、井の中の蛙だと思いました。
松戸の方々は温かいので「何かを始めること」自体を褒めてくださいますが、それはその先の成長の期待からくる言葉であり、あくまでクオリティに対して完全に評価をしていただいているわけではありません。その部分に目を瞑ってはいけないと思っています。
それから、松戸で物件を借りてスタートし、軌道に乗った入居者さんが段々ステップアップして、東京や海外で挑戦し始めると、僕らが次に提供できる場所がないことにも気づきました。
松戸内だけでの展開や延長に限界を感じていた矢先に、BONUS TRACKの話があって、どちらに転んでも思い出にはなりそうだからやってみようと決心しました。ほぼノリで決めてしまったのは途轍もなく甘い考えで、スタッフにも大変な苦労をさせてしまいましたし、新型コロナウイルス感染症拡大も相まって大きな挫折感を味わいました。なんとか続けることができ、今は松戸の外へ出てみて本当に良かったと思っています。

Fig.23:殿塚建吾さん(右)、連勇太朗さん(左)。

連:

最後に松戸のこと、ある特定のエリアに関わることについてどのように考えているか、今後の展望も含めてお聞かせください。

殿塚:

僕には地元出身者、生活者、不動産経営者など色々な立場があります。出身が松戸ですが、正直地元は好きではなく、こうして松戸に関わるとは思ってもいませんでした。でも、関わってみたらすごく良い人たちに恵まれて、そういう人が増えていくのがおもしろくなり、今も事務所から歩いて10分ほどのところに住んでいます。
まちづくりに携わっていると、仕事で得る対価とは別に、生活者として享受できるものがあります。行きつけのパン屋さんはお客さんが経営しているし、知り合いがいるからあそこにドーナツを買いに寄ってみよう、と日常に彩りが加わって、まちに良いお店が増えれば増えるほど、自分たちの暮らしが豊かになります。
松戸を、社会実験が可能な場所だと捉えています。東京のベッドタウンとしての松戸には光る個性はありませんし、無理やりつくろうとしたところで、鎌倉や京都には敵いません。そうだとしたら、新しさを受け入れる余地が魅力になるでしょうし、ここから挑戦者が外に羽ばたいていくことがまちの価値を向上させるはずです。
これまではアーティストを中心とした個人の表現活動、自由度の高い個人の実験が行われていましたが、次は法人の番だと思います。例えば団地でも、ロボットを使って高齢者が階段を上るみたいな実験をやったり、芸術祭でアーティストと子どもたちがコラボしてパフォーマンスをするみたいな状況を生み出せたらいいと思っています。
その次は都市と都市の仲介です。全国には似たような悩みや同じような構造的課題を抱えているまちがありますし、ひとつのまちだけでは限界があると思うからです。実際に、僕らは下北沢と松戸のふたつの拠点をもって、まちを連動させる機会が増えてきました。空き家問題についても、基本的に問題の構造は似通っていて、空き家の運営や担い手が問題なので、蓄積や経験がある僕らの経験が他の方の力になれるかもしれないと思っています。
今、リノベーションを軸にしたまちづくりを進めている自治体では、不動産運用についてサポートしています。また、震災復興予算が入りまちに戻ろうとしている方々への対応を考えている自治体では、物件が見つからないという状態が生まれており、オーナーさんと入居者さんのコーディネートをするチームの育成をお手伝いをしています。分配やバランスを取りつつ、それぞれが補い合うことで、まちの可能性を広げられたらと思っています。

連:

企業誘致をしたいという話は都市間競争でよく聞く話題ですが、殿塚さんの活動の延長線上にそういう未来があるというのはとても新鮮でした。ありがとうございます。

文責:服部真吏 富井雄太郎(millegraph)
撮影(特記なし):富井雄太郎
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
[2024年2月6日 omusubi不動産にて]

殿塚建吾(とのづか・けんご)

1984年千葉県生まれ。震災後、地元・松戸に戻りまちづくりプロジェクト「MAD City」に参画する。2014年4月に独立し、おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」を設立。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」など多くのシェアアトリエを運営。DIY可能物件の管理戸数日本一になる。2018年より松戸市にて国際芸術祭「科学と芸術の丘」を開催。2020年4月に下北沢BONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした入居者との暮らしづくりに取り組んでいる。
https://omusubi.estate/
https://twitter.com/ktono54

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)。
http://studiochar.jp

このコラムの関連キーワード

公開日:2024年02月28日