「建築とまちのぐるぐる資本論」論考4
ヨーロッパで進む建築分野のリユース
本多栄亮(ReLink)
今や、ヤフオクやメルカリ、ジモティーなどモノのリユースによるバリューチェーンをつくるオンラインフリーマーケットは、人々がモノを買う際の選択肢として当たり前のように利用されており、国内のリユース市場は大きな存在になっている。「リサイクル通信」の調査によれば、2022年のリユース市場規模は、前年比7.4%増の2兆8,976億円で、集計を開始した2009年以降、13年連続で拡大を続けており、今後も一層の成長が見込まれている(★1)。しかし、建築分野のリユースは市場としてあまり盛り上がりを見せていない。
建物はとても多くの部材によってつくられている。住宅一棟あたり一万点以上の部材で構成され、大きなビルともなればその数を数えることが困難なほどだ。こうした建物の解体によって捨てられる部材の量は、年間約8,000万トンにも及び、建設業は日本の産業廃棄物のなかで三番目に廃棄が多い業種となっている。捨てられる部材を救い出し、バリューチェーンをつくりながらリユースを促進していくことは、持続的な建築やまちづくりにおいて、必要不可欠だ。
実はヨーロッパでは、環境問題が指摘される以前にリユースが盛んに行われていた時代がある。ナポレオン3世の時代には、ジョルジュ・オスマンがコーディネートしたパリの大規模な都市再生事業でオスマン自身の命令により、解体から出たリユース可能な部材を公売で売ることが義務付けられ、建築部材のリユースを生業とする職業も多く存在していた(★2)。ところが、20世紀に入って経済活動が加速しグローバル化すると、地価や賃料収入など不動産利益との比較優位から、解体は短期間で行うことが求められ、解体現場に重機が導入され、それまでリユースを前提に行われてきた丁寧な解体は衰退した。
天然資源の枯渇や廃棄物など環境問題が指摘される昨今、ヨーロッパではEUの国際研究プログラム「Building as Material
Bank:BAMB」(★3)が再びリユースプロジェクトを後押ししている。BAMBは「材料の旅券(Material Passport)」と「反転可能デザイン(Reversible
Design)」というコンセプトのもと、建築を資材貯蔵庫として捉え、ユーザーが材料を利用しやすいようにサポートする。部材が継続的に活用される未来を目指す考えは、EU全体に大きな影響を与えた。
筆者は2023年9月に建築分野のリユース市場が隆盛を見せているヨーロッパに赴き、建築部材のリユース事例について調査を行った。ヨーロッパの事例が日本と大きく異なるのは、なんといってもその規模だろう。ここ数年、ヨーロッパではリユースによる中規模建築が竣工している。本稿では、リユースによって部材のバリューチェーンの仕組みを整備するヨーロッパの事例やその立役者を紹介しながら、今後の日本における建築部材のリユース市場について考察したい。
ノルウェーの包括的リユース支援プロジェクト──FutureBuilt
オスロ地域の6つの自治体とノルウェー西部のベルゲン市が協力し、気候変動に配慮した都市開発のために2010年からパイロットプロジェクトをつくるための支援を行うプロジェクト「FutureBuilt」が実施されている。現行の規制や一般的な慣行と比較して、二酸化炭素排出量を少なくとも50%削減するパイロット・プロジェクトを100件完成させることを目標とし、2023年6月までに、住宅、学校、オフィス、文化施設など、公共・商業を問わず71のプロジェクトを支援した(★4)。
FutureBuiltは、金銭的支援ではなく、リユースプロジェクトを支えるコンサルティングや行政などと協働できるような人材支援を特徴とし、分野横断的な計画やリユースの専門家を介したコミュニケーションによって着実な実現を可能にしている。ここで培われた経験は、他のプロジェクトでも活かされており、現行の規制を改正し、建設資材のリユースを用意するための継続的な取り組みを支えている。
「ルーセロッカの学校(Ruseløkka
School)」は1871年に建てられた歴史的建造物である旧校舎を解体し2021年に再建された校舎である。2015年に解体が決まってから幾度の抗議があるなか、旧校舎で用いられていた4,500個の煉瓦をファサードでリユースする案によって反対の声がなくなり、多くの人に受け入れられるプロジェクトになった。他にも木製の梁、内部階段のブロックをリユースするなど高い水準でエネルギーや二酸化炭素を削減した。
また、1950年代の建物をアップグレードした「クリスチアン・オーガスト・ゲート13(Kristian Augusts gate
13)」は、材料の約80%のリユースを実現し、ノルウェーで最も野心的なリユースビルと呼ばれている。外装のパネルは環境に優しく堅牢な石複合材のファサードパネルを提供する建材メーカー「ステニ(Steni)」がトロンハイムの築35年集合住宅に使用されていたものをプロジェクトに合わた寸法にカット加工し、60年の耐久保証を付与したものが使用されているなど、先駆的な試みも見られる(★5)。
建築部材のリユースを先導するスイスの設計事務所──baubüro in situ
バーバラ・ブーサーはスイス連邦工科大学チューリッヒ校を卒業後、10年以上スーダンやタンザニアなどアフリカ各地で働いていた際、粗悪な中国建材が使用される一方で高品質な建材が廃棄される状況に疑問を抱いた。そこでリユースのアイディアをバーゼルにもち帰り、1995年にスイスで初めて再利用可能な部品を提供する非営利組織「Verein
Bauteilbörse Basel」を設立し、1998年には建築設計事務所「baubüro mitte」(後に「baüburo in
situ」に改名)をエリック・オネゲルと共同で設立した。同社は、既存の建物に機能を重ねる「適応(adaptation)」、リノベーションをベースとした「変換(transformation)」、リユース可能なモジュール設計によるユニットを提供する「モジュール化(moduration)」、リユース材の流通を活用するパイロットプロジェクトを展開する「循環(circulation)」の4つの手法による設計を展開している。
2021年にチューリッヒの北東、ドイツとの国境近くのヴィンタートゥールに竣工した「K.118」は、工場地帯であったエリア再開発におけるオフィスや商業施設を擁する6階建ての複合施設で、建物全体では70%が中古の建築部材で構成されており、新築に比べて60%の二酸化炭素削減を実現している。例えば、構造はバーゼルのリスビュッヘル工場の配送センターを支えていた鉄骨がリユースされ、外階段はチューリッヒで解体されたオフィスビルからリユースしたスチール製のものが採用されている。リユースされた鉄骨や窓、内装材のそれぞれの形は互いに関係なくつくられたものだが、窓は鉄骨よりアウトセットして取り付け、レイヤー状に重ねたデザインとしている。隙間は地元の粘土でつくられた漆喰や藁でできた断熱材などの天然素材によって埋められるなど様々な工夫が見られる。
このプロジェクトの詳細については『Reuse in Construction:A Compendium of Circular Architecture』(Park
Book、2022年)で、実際に部材がどのような経路や工程、組織構造によってリユースされたかが詳細に記録され、かかるコストの内訳や部材ごとの新品部材と比較したコスト状況なども正直に報告されている。コストが上がる材料もあれば、下がる材料もあり、「リユースはコストがかかる」という一辺倒な考え方とはやや異なる結果を示している。部材の入手方法や関係組織についても様々なオプションが実践され、充実した実例に基づく検証をこの規模の建築で見ることができる。
欧州北西部の中古建材市場を開拓するプラットフォーム──Rotor
BAMBのバリューチェーンを実現させるサプライチェーンのインフラ整備については、ベルギーを拠点とする研究組織の「Rotor」が展開するプロジェクトが極めて重要だ。Rotorは、2005年に発表された廃棄資源の情報を記録する研究を筆頭に、再生材料を使用したインテリアプロジェクト、建築家や請負業者、建物所有者との様々なコラボレーションを通じて活動してきた。また、解体前の建物が安全であり、かつその建物が適切に解体されたことを保証することで、リユースにおいても建材の保証が継続される仕組みづくりを目指している。
さらにRotorは先述した、グローバリゼーションのなかで縮小しながらも専門性を高めた中古建材販売店がベルギー内に存在することに着目し、2011年頃に「Opalis」(★6)という中古建材販売店が検索可能なウェブプラットフォームを発表した。2019年から2021年にかけて欧州領土協力プログラム「Interreg
North-West Europe(NWE)」(★7)の一環としてリユースを促進するために実施された「Interreg
FCRBE」(★8)と協力し、オランダ・フランスへ範囲を拡大させ、既存の中古建材店をベースとしたサプライチェーンのインフラを整備することを試みている。
2021年には、中古建材の一般的な販売ルートで入手可能な36の部材と、それらに必要な検査方法・処理方法・活用例をわかりやすくまとめた資料「MATERIAL SHEETS;REUSE
TOOLKIT」(★9)を発表した。こうした資料は、リユースできる部材や保証される部材を広く世の中に知らしめ、製品の寿命が残っていても解体した瞬間にその性能・品質保証が解除されてしまう現在の状況を変えるきっかけになっている。
リユース専門のコンサルタント──Resirqel
リユースのインフラ整備や技術的仕組みを整えていく動向は、リユース専門のコンサルティングという新しい職能も生んでいる。
ノルウェーの「Resirqel」は、解体現場に入って部材の情報化と監査を行うことに加え、リユースプロジェクトにおけるコンサルティングを担い、部材情報を公開するプラットフォーム「MATERIA」と部材の保管・販売を担う「OMBYGG」との連携した仕組みを整備する。Resirqelの売上高は年間1億円弱で、一般化しているとは言い難いが、リユース経験があるという立場の存在は、リユースプロジェクトの信頼を高めるうえで重要になっている。
日本では、独立して建築のリユースに関する情報化・監査・コンサルティングを行っている者はまだいない。しかし、そうした存在は、分業化されてきた建設業を横断的にまとめる可能性がある。解体材料と建設現場のマッチングを早い段階で行い、在庫余りを出さないストックシーンをつくるリユース循環や、部材の入手方法の選択肢を増やすことによるコスト調整を可能にするなど、解体から建設までをシームレスに計画する新しい可能性を開くだろう。
建築分野におけるリユースの課題
ここまで、ヨーロッパにおけるリユースとそのインフラについて紹介してきた。こうした議論は、1940年代の第二次世界大戦復興時からヨーロッパで強くなり、その後、環境問題などへ議論の舞台が変遷していくが(★10)、資源として注目される前から、スポリアなどの過去の記憶を永続的に視覚化するために意図して公的な建物に古い建物の部材をリユースする建築文化が生まれていた。
スポリアによって生まれるデザインは、限られた部材のリユースによるバラバラな大きさやデザインが、異質さ、不思議さを生むが、重要なのは、建築部材のリユースは、歴史的価値にもとづくというより、物質そのものが視覚的に人々に訴えかける力をもっていることだ。
その可能性は、アダプティブリユースのような歴史的遺構を引き継ぐ公共性の高いプロジェクトや、環境配慮型建築であることをPRすることで賃料を高く設定するなど収益性を見込めるオフィス、観光資源を売りにする商業施設などに活かせる可能性がある。また、個人レベルでは、アンティークとしての価値や、老舗感の演出に加え、ユニークさを求めるデザインも実例として見られる。リユースの物質的な価値が、現代社会の需要とどう結びつくのかを考えていくことで、さらなる市場の展開が見えてくるだろう。
ヨーロッパでは、EUが主導してパイロットプロジェクトを生み出しながら、リユース業界全体のバリュー・サプライチェーンのインフラが整備され、分業化されてきた設計・流通・施工・ランドスケープ・行政などの分野横断的な取り組みがリユース市場を支え、部材の価値を引き出すデザインを生み出している。
日本にも既存の中古建材販売店は多くあるが、それらはあまり知られていないだけでなく、互いに競争相手として敵視する傾向すらある。リユース市場を盛り上げる全体的な視点が欠落し、ユーザーにとってはまだまだ利用しにくいことも課題だ。
私が代表を務める「ReLink」は、先行するヨーロッパの議論を参照しながら、既存の中古建材市場のバリュー・サプライチェーンを構築するためのウェブプラットフォームを発表した(★11)。今後もその開発と研究を行い、プレイヤーとして設計やまちづくりに関わりながら、リユースがもつ物質そのものの力による新たなデザインの可能性を追求していくつもりだ。
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公開日:2023年12月26日