「建築とまちのぐるぐる資本論」論考3

ディストリビューテッド・デザインとバイオマテリアルの可能性

寺内玲(studio TRUE、慶應義塾大学助教)

社会をより良い方向へ導くために、私たちデザイナーはどのような姿勢でデザインに向き合うべきか。気候変動や混迷を極める世界情勢などの差し迫った状況に対して、単一のプロダクトや空間をデザインすること以上の役割が私たちにはあるはずだ。地域やグループ間での個々の活動が活発な今だからこそ、身近な課題解決への取り組みを共有し、開いていくことが必要なのではないか。
ここでは、「ディストリビューテッド・デザイン」(分散的デザイン)の事例を紹介しながら、ヨーロッパにおけるデザインプロジェクトのひとつの潮流を見出すことで、現在のデザイナーに求められる態度について考えていく。

ディストリビューテッド・デザインとは何か

私が2022年まで在籍していた(★1)スペイン・バルセロナのカタルーニャ先進建築研究所(IAAC)は、ディストリビューテッド・デザインの研究を先導している。IAACはファブラボ・バルセロナ(★2)を拠点にした大学機関で、デジタルファブリケーションなどの先端テクノロジーから、建築や都市、デザインの新しい可能性を模索する大学院のプログラムを開講している。様々なアプローチからスケールを横断したプロジェクトに取り組むことが目指されて設立された、実践的な学びを重視している施設だ。
特に私は、ファブラボ・バルセロナでも取り組んでいる「Precious Plastic」に代表される、身近な課題からその取り組みをスケールしていき、グローバル規模のプラットフォームを構築するようなプロジェクトを行いたいと考えていた。Precious Plasticは身近なプラスチックごみを自らの手で再資源化する取り組みから、その手法やデータを共有し、インターネット上にコミュニティをつくることで、世界的なプラスチックリサイクルのムーブメントを生み出している。

「Precious Plastic Universe: a big bang for plastic recycling」。

IAACのプログラムを通し、ローカルな活動からグローバルなネットワークへとプロジェクトを展開していくためのデザインの枠組み自体を「ディストリビューテッド・デザイン(分散的デザイン)」と呼んで研究しているをこと知り、様々な事例や研究を通じて、その知見を深めた。こうした枠組みは2017年より既に「Distributed Design Platform」という組織がつくられ、ヨーロッパを中心に様々なプロジェクトを取りまとめたネットワークになっている。

この組織が出版している『THIS IS DISTRIBUTED DESIGN』(Distributed Design Platform、2022年)において、ディストリビューテッド・デザインとは以下のように説明されている。

●地域で実装と展開、そして距離を超えたネットワークによる知識とデータの交換(Socialisaion and development at the domestic scale, knowledge and data exchange at distance via networks )
●脱構築と脱中心(Deconstructed and decentralized)

また同書において、ディストリビューテッド・デザイナーとは、政治・社会・環境・経済のインパクトを考慮し、様々な技術的・人間的スキルを駆使することで、あらゆるスケールにおいてスピード感と耐久性のあるアウトプットをする存在である、とまとめられている。つまり、ディストリビューテッド・デザインが掲げるところは、これまでの大企業や行政のようなひとつの大きな中心的なシステムに依存することを脱し、自らが生産や活動を自律的に行っていく取り組みをデザインを通してつくることにある。そして個々で培われる知を、地域や小さなまとまりを超えて共有し、仲間を増やしてネットワークをつくることが目指されている。ネットワークをつくることによって異なる人々を巻き込み、新しい知識を生み出すことでプロジェクトはさらに展開していき、より良い社会へと導いていく。

身の回りの知を共有する

先述の通りディストリビューテッド・デザインの対象はかなり幅広い。そのなかでも私自身も実践をしてきて、世界的にも日本でも取り組みが増えているバイオマテリアル(★3)に関連する事例を紹介する。
まずは「Remix el Barrio」だ。バルセロナのボブレノウという地域のローカル飲食店などから野菜や果物、コーヒー豆殻などのフードウェイストを集め、これらを用いたバイオマテリアルでプロダクトをつくることで、新しい生産のシステムを提案している。「barrio」とは、スペイン語で地区や界隈といった意味があり、まさにこうしたローカルなエリアでの、新しい資源のリミックス、再編集を目指している。
彼らが活動するカタルーニャ州では、毎日720,000kgものフードウェイストが出ている。この身近な食品廃棄への問題意識から出発して「REMIXERS」というコレクティブをつくり、ファブラボなどのエキスパートの力を借りてバイオマテリアルを生み出している。私が在学していた2021年時点で10ほどのプロジェクトがあり、コーヒーハスクを用いた紙づくり、アボカドの種による染色の普及、果物の皮を使った3Dプリントクッキーなど、デザイナーそれぞれが自分で発見したフードウェイストを用いながらプロトタイプを行っている。 IAACでは、REMIXERSのメンバーによる講義もあり、私も都市の中で余っている素材を見つけるフィールドワークを行った。集合墓地に捨てられている花を発見し、墓地の責任者と話して新しいマテリアルの試作をできるよう分けてもらった。他のグループはコーヒー屋で出たコーヒーかすやビール工房で出たモルツでマテリアルを試作したりと、人や店によってフードウェイストが異なったり、扱うフードウェイストの質によってプロトタイプのプロセスが変わったりするのがおもしろかった。また、それぞれの情報を共有しながらプロジェクトの発展性を議論することができ、地域内のネットワークが廃棄物によって可視化されていくようであった。
Remix el Barrioは、地域の廃棄物からマテリアルをつくるだけにとどまらず、マテリアルのつくり方を記したレシピなどを公開し、知の共有を通じてグローバルにもネットワークを広げている。地域内での廃棄を生産に結びつけることを重視し、ローカルアクターと共に協働していくことで生産のプロセスに市民を巻き込み、常に循環が生まれるサイクルをつくっている。また、彼らはひとつのマテリアルやプロダクトに集中することで生産性を向上させたり、事業を成長させることはしない。むしろマテリアルやプロダクトを絞り切らないことで、デザイナーはそれぞれのアプローチで異なるローカルアクターを巻き込むことにもつながり、中心をもたない自律的な知が地域の中でネットワークとなって発展していく。

Fig.1:バルセロナの墓地にあった花。写真撮影:筆者

Fig.2:型などをつくり、バイオマテリアルの使い方を試行錯誤した。写真撮影:筆者

Fig.3:クラスメイトがつくったマテリアルたちが並ぶ。コーム型のものは花からできている。写真撮影:筆者

次に紹介したいのが「Domingo Club」というデザインスタジオである。彼らはデジタルファブリケーションや電子工作などを駆使しながら、発酵食品に関するプロジェクトを行っている。気候危機や健康などの観点から、植物性タンパク質を人々の手でつくることを目指し、肉の代替とも言われているプラントベースの発酵食品「テンペ」を普及させようと「OPEN TEMPEH」や「DOMINGO FERMENTER」といったプロジェクトを行っている。同時にテンペの生産源でもある微生物の活動や酵母や菌などを観察することによって、私たちが口にしている食材について人々に考えさせる活動も行っている。
彼らがとる手法は幅広い。テンペの培養を、ネックレスという身につけられる装置に落とし込み「DOMINGO NECKLACE」というプロダクトとして販売している。テンペを培養するためのファーメンター(発酵装置)の設計図や電子回路図、プログラムコードなどのデータを「OPEN TEMPEH PROJECT」としてオープンソースで公開している。一方で彼らのウェブショップでは、ファーメンター自体の販売や自作するためのキットも販売している。また、彼らはテンペの試食会を行ったり調理法のレシピ開発を行ったりと、興味をもった人が介入しやすいポイントを多様にデザインしている。IAACのクラスメイトはオープンソースをもとにゼロからファーメンターを自作していた。グローバルな食糧危機に対してより多くの人々がアクションできるように、複数の介入方法を用意することで、個々が可能な範囲で自らのアクションを実行することを目指しているようである。同時に、これまで中心性の強かった食の生産システムに自律分散的な視点をもち込んでおり、多くの人が発酵という食の新しい可能性に、自宅から向き合うことができる。

Fig.4:ファーメンターの制作。写真提供:Domingo Club

Fig.5:プロダクトとして販売されているテンペ培養ネックレス。写真提供:Domingo Club

Fig.6:テンペを使ったプレート。写真提供:Domingo Club

自律分散の手法としてのバイオマテリアル

身近な課題に取り組み、それをネットワークしていくためのひとつの手法としてバイオマテリアルがある。
気候危機などの喫緊の課題を抱える時代背景を受け、あらゆるデザイナーがより環境負荷の少ない素材や手法を採用するようになっている。そして、新しいものをつくるのではなく、循環の仕組み自体をつくることにコミットするデザイナーも増えている。こうした潮流を受け、バイオマテリアルの注目度は高まっている。
同時に、これまで紹介したプロジェクトが指し示したように、人々がものづくりに介入できることがバイオマテリアルにとって重要である。自宅や学校の小さな設備を用いることで、気軽に生産システムへの介入ができる。日常生活や地域で出たフードウェイストなどを回収することで、バイオマテリアルをつくりプロトタイピングができるため、自宅のキッチンや近所の飲食店など身近な場所から出発し、コミュニティをつくることができる。
このように、複数の介入ポイントを人々に与えることができ、かつそれらをレシピやオープンソースによってシェアできることがバイオマテリアルの特徴と言えるだろう。現在、こういった個々の自律的な活動と、それらを接続するネットワークがつくられている。ネットワーク化されることで、住んでいる場所が違えどキッチンと卵の殻があれば、同じバイオマテリアルをつくることができるのだ。

Fig.7:最近つくったコーヒーかすの小皿プロトタイプ。写真撮影:筆者

Fig.8:右上の青い絵柄は筆者が紫キャベツからつくった顔料で印刷した。写真撮影:筆者

こうしたマテリアルを中心に添えたプロジェクトをまとめたプラットフォームも多数存在し、特に「Future Materials Bank」や「Materiom」は興味深い。Materiomでは登録されたユーザーによる詳細なマテリアルのレシピが公開され、素材や材料ごとに検索をかけて閲覧することが可能になっている。Future Materials Bankはデザイナーによってプロジェクトがポストされ、マテリアルのつくり方のみならず背景にある思想や環境などについても説明されていて、マテリアル開発への新しいアイデアが共有されている。

Fig.9:Future Materials Bankのウェブサイトより。

自律からネットワークへ

日本にも個々で活躍している人や地域で熱心に取り組まれているような自律的なプロジェクトが増えているように思う。しかしながら、そこで培われる知を共有するプラットフォームはほとんどない。
自律しているものをつなぎ、さらに分散させていくためには、今後、私たちが知を共有する場をつくる必要がありそうだ。バイオマテリアルのような新しいアプローチがようやくデザインに取り込まれ始めたからこそ、それらの領域をより発展させるために、あらゆる情報を共有していくことが望まれる。そうすれば、あなたのキッチンは世界中のキッチンとネットワークする。
現代におけるデザイナーの姿勢は、身近な課題から始まる実践を展開させ、その先にネットワークを生み出すことで、より広範な課題解決へと向けた枠組みを設計することが求められている。ディストリビューテッド・デザインはより良い社会を導くための可能性なのだ。

★1──在籍時のプロジェクトに関する記述は以下の記事を参照。 「社会をサバイブするための、身体性と共同体」 https://www.biz-lixil.com/column/urban_development/sh3_archix_002/
★2──バルセロナのポブレノウ地区にあるデジタルファブリケーションの拠点。消費者が商品を購入し廃棄するというような線形の経済を、データの共有によって消費者も生産に関わっていく経済循環をつくることを目指す。世界中にファブラボのネットワークがある。
★3──デザイン学におけるバイオマテリアルは、マテリアルの製造過程や使用後の処理方法における環境負荷を考え、食品廃棄やバクテリアなどの生分解性の素材を用いてつくられるものである。筆者も身の回りの生ゴミなどからマテリアルを制作している。最近では玉ねぎの皮や紫キャベツなどを用いてインクをつくり、印刷を行っている。

サムネイル画像イラスト:荒牧悠

寺内玲(てらうち・れい)

1997年生まれ。2020年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2022年IAAC修士プログラム修了。慶應義塾大学小林博人研究会助教。2023年デザイン事務所studio TRUEを創立。「社会をサバイブするための共同体と循環をつくる」をビジョンにサーキュラーデザインの視点を取り入れた空間設計や出版活動などを行っている。現在は、自分の身の回りのゴミや植物などの素材からインクをつくり、印刷するリサーチアンドデザインにも取り組んでいる。
https://studio-true.net/
Instagram:@studio.true.2023

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公開日:2023年12月26日