法改正からみる耐震等級3と構造計画の重要性

佐藤 実(株式会社M's構造設計)

建築基準法・建築物省エネ法改正により2025年4月から施行が予定されている省エネ基準適合義務化や4号特例範囲縮小、ZEH壁量等基準見直しは、建築物の省エネルギー化を促進する大事な要素となります。同時に、これらの取り組みが進む中で耐震性能の重要性を見落としてはなりません。地震は日本にとって常に潜在するリスクであり、建物の耐震性は人命の保護や社会の安定に直結します。
今回、住宅建設において、より安心安全で信頼性の高い耐震等級3の必要性についてM‘s構造設計の佐藤 実氏に、LIXILの保坂修一と神﨑 真がお話を伺いました。

※ZEH(ゼッチ):net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略語。「エネルギー収支をゼロ以下にする家」という意味で、家庭で使用するエネルギーと太陽光発電などでつくるエネルギーをバランスして、1年間で消費するエネルギーの量を実質的にゼロ以下にする家のこと。

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M’s 構造設計事務所でインタビューに応じる佐藤氏

4号特例とZEH水準等の構造基準の見直し

保坂:

構造に関しては1981年の新耐震基準制定以降、1995年の阪神淡路大震災の教訓から、2000年の建築基準法の改正と住宅品質確保推進法(品確法)での耐震等級3の制定がなされ、長期優良住宅などの普及もあり、徐々に耐震性能がアップグレードされてきました。一方で、脱炭素社会を見据えた省エネ化によるZEHで、建築物の重量が増してしまうことへの危険性も指摘されています。
このような観点から、今回の建築基準法改正の捉え方、考え方を教えてください。

佐藤氏:

省エネに関する法改正は、2011年の東日本大震災から急激に動き出しています。世界的に脱炭素が推進されていた中、日本は東日本大震災の原発事故があったことで省エネ化を加速していきました。そのため、特に住宅建築業界も省エネにシフトしてきています。それに比べて構造は全く進んでいません。
構造は1981年からの新耐震基準を、阪神淡路大震災の被害を受けて2000年にもう一度、法改正されて現行基準になっています。それでも木造2階建ての4号建築物に必要な構造の仕様規定の壁量計算は、1981年改正の令第46条が今もなお使われています。2023年において42年間、当時の建物の壁量を基準としていることが異常事態で、今回ようやく改定となりますが、少し遅いくらいに思います。
省エネ基準の義務化も同じで、性能表示の等級4レベルの基準を2020年に改正しようと相当前から準備をしていたのに、直前の2年前にやめるとなった。その理由が、取組みが難しい業者がいるからだと言う。これが不思議なロジックで、4号特例もそうですが、法律によって仕様規定の図書を確認申請に提出しなくてもいいとした。でも、蓋を開けてみると仕様規定自体をできていない業者がいて、だから特例は改めることになったにも関わらず、今度は業界が混乱するから特例は無くさないでおこうと逆戻りする。国民や地球環境問題は置き去りにして、取組みが難しい業者を基準に法改正はやめると、そうなってしまっていますよね。
誰のための建築物で何のための法律かが全く分からない。最初の意図から、途中ですぐにひっくり返ってしまって、業者目線の都合だけで法改正を見送るという流れは、そろそろやめないといけないと感じます。

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出典:2023/6/7時点 「気象庁 日本付近で発生した主な被害地震」および「総務省消防庁の統計」より
1996年4月から現在の震度階級に代わっている。それ以前に発生した阪神淡路大震災の震度7は計測震度の震度階級とは異なる

保坂:

そういう意味で、今回の法改正では2025年からしっかりと構造の審査がされる体制になり、40数年ぶりにZEHによる重量化対応という形で壁量に対しても規定されます。

佐藤氏:

今回、2025年の法改正では、新築住宅の省エネ基準が断熱等性能等級4以上で義務化されます。その壁量については、変わらないと言われています。そうなると、構造的には2階建ての物件について確認申請に壁量計算等が提出義務になるだけであって、チェックは受けますが、壁量の強化には至っていないことになります。
ZEH水準等の建物は断熱等性能等級5のレベルとし、壁量基準の強化は出ましたが、それはZEHの場合という位置づけだけです。法律上の最低基準は、今まで通り1981年の壁量計算の基準がまだ生きる可能性が高い。だから壁量の基準が良くなるのは、さらに5年後の2030年に省エネ基準がZEH水準等に引き上げられる時と見ています。

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脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律(法律第六十九号)および今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次答申)及び建築基準制度のあり方(第四次答申)について〜社会資本整備審議会 答申〜より 表をLIXIL作成

保坂:

木造住宅の耐震性能を考える上では、実際の地震、例えば熊本地震で倒壊しなかった住宅の性能が一つポイントになると思います。木造住宅はどの程度の耐震性能を有しているべきだと思われますか。

佐藤氏:

下の表は、2016年の熊本地震の被害調査、震度7が2度起こった益城町の悉皆(しっかい)調査結果ですが、これをどう読み取るかです。
一つ注目すべきは、2000年以降の耐震等級1の建物が、全体で61.4%無被害だった。しかし、倒壊が2.2%、全壊が3.8%で併せて6%、19棟が全く住めない状態になっています。実は、ほかに大規模半壊の建物でも住めなくなって解体している家も沢山あり、この辺がまだよく見えてきていない。イメージとして、年間10棟建てている工務店があって10年間で100棟建てたところで、大きな地震に遭った。そのうち6棟が倒壊・全壊してしまい、他に数十%の家が住めない状態になっているというのは異常なことです。それが耐震等級1ということ。だから、そのくらいの意識でこの調査結果を見るべきです。しかし、大部分は逆で「61.4%も大丈夫だった。全壊・倒壊はこの程度で済んでいる」としてしまう。“この程度”では全くないのに。

株式会社M’s構造設計 代表取締役

佐藤 実氏

耐震等級1は、建築基準法で定められている最低限の耐震性能で、品確法にありますが、「震度6強から7程度のごく稀に起こる地震に関しては倒壊・崩壊しない程度(1回)」となっています。見方を変えると「構造躯体を保つことができない、だから繰り返しには耐えない。だけれども1度だけ倒壊・崩壊せずに命を守る」となり、損傷すると明確に言っています。法律上、倒壊したというのは何ら問題がなくて、住めなくなるけれど、震度6強以上には1度耐えます。ただ、耐震性能は無くなっているので、2回目に震度7が起きたら倒壊する可能性が十分あるということです。「耐震等級1というのは住み続ける性能がない」と認識した上で、熊本地震では、耐震等級3は全棟住み続けることができたことをきちんと伝えれば必要性を理解してもらえると思います。結論を言えば、耐震等級3でないと駄目だということです。

出典:国土交通省・熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会報告書

エンドユーザーに耐震等級3の必要性を発信する

株式会社LIXIL
LIXIL housing technology
ZEH推進事業部 ZEH推進営業部

保坂 修一

保坂:

2025年改正の基準法に対し公表された「木造建築物における省エネ化等による建築物の重量化に対応するための必要な壁量等の基準(案)」ではZEHの重量増の対応で固定荷重の見直しになります。大きく分けて壁量計算と柱の小径は基準が変わるとありますが、床組み等や接合部、横架材、基礎の検討は、留意事項として「設計上配慮することが望ましい」となっている。これは大事なことなのに、なぜ配慮レベルなのか、どうお考えでしょうか。

佐藤氏:

仕様規定が緩すぎるというか、それを強化できない。水平構面や接合部、横架材、基礎の設計はとても大事なことですから、そこがまだ配慮レベルということですね。

神﨑:

義務ではなく、配慮なのですね。

佐藤氏:

「ぜひ配慮してください」という、まだお願いレベルですね。本当は義務にしてほしいですが。

株式会社LIXIL
LIXIL housing technology
ZEH推進事業部 ZEH推進営業部

神﨑 真

保坂:

地震で力が加われば接合部を強化しないといけません。壁を強化して壊れなくなったら、その分の力が接合部のどこかに掛かってきます。そういった工学的なところで、壁量計算の見直しだけをやっていればいいんだと受け止めてしまってよいのかが気になります。

佐藤氏:

最低限、品確法の計算はやらないといけない。品確法の計算でも横架材、基礎はスパン表ですが、そこも許容応力度計算をするか、または許容応力度計算に応じたスパン表のようなものをつくるようにしないと。全般的な取り組みとして、ZEHの重さに対して構造を強化するということは、今までよりはいいと思いますが、住宅全体的には物足りなさを感じますね。
私が主宰している講座「構造塾」でも2010年から耐震性能について話をしていますが、10年以上やってきて、ある意味で限界を感じています。年間250件程の講演会やセミナーを開いて、全国各地を動ける限り回ってきました。どの地域でも勉強する人は常に一定で、会場が変わっても参加者はいつも同じです。圧倒的多数の人は関心を持たない。今回の法改正も同様です。これ以上、住宅建築事業者に伝えるだけでは限界だと感じて、2000年からエンドユーザーに向けてYouTubeを始めました。一人ひとりが耐震のことを理解することで、自分の家を守る。お客様が耐震等級3の家をつくってほしいと住宅建築事業者に言って、自分自身で耐震性能の高い家を求めるような市場をつくらないといけないと考えました。

保坂:

理屈や工学的なことより直感的にイメージすることが大切だと、佐藤先生はおっしゃられていましたが。

佐藤氏:

それでいいんです。構造を深く理解する必要はなくて、直感的に「まずいな」と思って、言葉として「耐震等級3」が必要と分かれば大丈夫です。構造塾のYouTubeや今回のLIXILのコラム記事などを通じて、地道に耐震等級3の必要性を言い続けるしかないと思っています。
最近、SNSの変化からその広まりを感じています。年末辺りから、特にTwitterで耐震等級3の反対派が出始めた。アンチが出るということは認知されているという状態ですから。彼らの反対意見というのは、ある意味で勉強になって「法律上は耐震等級1でよいはずなのに、なぜ耐震等級3が必要なのか」「確率論でいったら大地震がどんなに少ないと思っているのか」など、なるほどと思います。
「耐震等級3にするための費用100万円が安いと言っているけれど、もし地震が起こらなかったらどうする」と責めてきますが、それはラッキーなことです。例えば、車を買って、10年経って売るときに1回もエアバックを使わなかったから無駄だったとはならない。予防するものは使わない方がラッキーですよね。
面白いのは、そうやって批判的な人たちこそ、いざ自分の家を建てるとなると耐震等級3にする。それは、急に自分事になるから。他人事で考えるときは、数字やデータから耐震等級1がよくて耐震等級3は無駄だと言ってくる。その辺が乖離していますよね。
SNSはエンドユーザーの志向がよく分かりますから、住宅建築業界はもっと活用してはどうでしょうか。マーケティングやブランディングだけでなくて、どんどん発信してSNSで集客していくといいと思います。

神﨑:

情報発信することでいろいろなことが見えてくる。面白いですね。

令和4年2月1日 社会資本整備審議会(大臣 答申)講ずべき施策 より

構造計画ルールでコストダウンする意味

佐藤氏:

制震装置についても同様ですが、耐震プラス制震のはずなのに、常に耐震とのトレードと考える人がいます。耐震等級3が上限ではなく、その先に2つのルートがあって、耐震をさらに強めていくという方法と、耐震等級3に制震装置をプラスオンするという方法です。
それを理解しないで「うちの制震装置をつければ耐震性能はいらないから等級を下げてくれ」とお客様に言ったりする。耐震は基本なので、車に置き換えるとブレーキです。そこにさらに安全装置のエアバックをつけるのに、「うちのエアバックをつければ、ぶつかっても死にませんからブレーキはいりません」と言っているのと同じことです。それが住宅となると、お客様は業者の言葉を鵜呑みにして飛びついてしまう。だから、イメージでいいので、何が大事で駄目なのかを理解して、業者としてお客様に正しい性能を伝えるとことが大切だと考えています。

耐震等級3の重要性についてインタビューしているようす。右から佐藤氏、保坂、神﨑

保坂:

耐震等級3にしても今回のZEHの重量増対応にしても、当たり前のことをきちんとやる。一方でコスト面では耐震等級3や重量に対応した家を建てていくと、逆に合理性が増す。損して得取れではありませんが、結果としていい家に住める。それに向けてどう取り組んでいけばいいのでしょうか。

佐藤氏:

まず、コストダウンの定義を明確にする必要があります。構造塾の参加者の多くも今ある金額を安くするという認識です。そして、利益を減らすために協力業者に頑張って値引きしてもらうと言う。コストダウンというのはそうではなくて、建物に対して無駄を無くして合理化しながら、余計なお金をかけないことです。実は、それは構造計画でできてしまう。
構造のコストダウンは2つあり、災害時コストと構造計画によるもの。災害時コストは大震災が起きたときに、もう住めなくなるか、数百万円かけて補修するか、プラス約100万円かかるけれど耐震等級1を3にしてほぼ無被害で住み続けられるようにするか。結果を考えれば耐震等級3が絶対的に安いですよね。
もう一つが、構造計画です。自由設計の間取りはルールがないため、1階と2階の柱位置がずれ、直下率が悪くなり大きな梁が出ることも多い。基礎はRC構造で、四角くスラブを区切る、スラブは基礎梁で四角く囲う、四隅に柱がくるという当たり前のことができていないと、力業の構造計算で基礎梁がごつくなります。だから、最低限の構造計画ルールを守りながら間取りをつくると、とても綺麗な構造体となり耐震等級3が実現して、コストダウンできます。
この構造ルールをしっかり理解し、お客様にルールによる間取りづくりを見せることが技術営業にもなります。「構造区画は上下階で揃ってつくるのが基本で、それがずれると柱を梁で受けて大きな梁が出るんだ」という知識を得たお客様は本当の無駄を見抜く目を持てるようになる。
皆さん、価格の数字に囚われ過ぎています。数字を合わせるのではなくて、性能に合わせた価値ある家をつくれば、どこでも適正価格と言えます。価格競争は“価値をなくす競争”をしているのと同じです。ライバル視して相手より安い家をつくれば、より価値のない家をつくることになる。そこにはコスト感覚が全くないと感じています。

耐震性能を上げるLIXILのSSバリュー

保坂:

SSバリューは、より多くの消費者に耐震性能の高い住宅と価値をきちんと提供していこうとスタートしました。「かけがいのない“家族”と大切な“財産”を地震から守ります」をコンセプトに耐震補償も含めて耐震等級3を設計するサポートをしています。
消費者にとって最大のリスクは地震による倒壊ですが、ビルダー様にとって自分たちが建てる家はキチンとしていて地震の被害がないということを立証するのはとても困難で、そのご支援をさせていただきたいというビジョンでやっています。
やっと年間3千数百棟まで着手できるようになり、もっともっと広げていきたいと考えています。SSバリューによって耐震等級3にすることで、結果として今回の4号特例縮小やZEHの重量増の対応にも使っていただけるのでないかと捉えています。

佐藤氏:

そうですね、元々SSバリューを活用していた方からすると4号特例縮小やZEH重量化対応は全く問題ないことで、2年後、5年後の法制度への対策という話は、もうすでにクリアしているので心配ないですね。

保坂:

耐震等級3をイメージ的に難しいと思っている方に、「昔の図面をください」と言って、我々で構造計算を1棟試しにさせていただくことがあります。その結果をお見せすると、「耐震等級3にしても、それ程、プランも変わらないし難しくないね」と前向きになってくださいます。

佐藤氏:

耐震等級3は間取りの制約があると言うけれど、そんなことはありません。耐震等級1にもきちんと構造計画があって制約があります。それを制約と捉えるか当たり前のルールとして捉えるかです。耐震等級3を求めてきたお客様に対して、お金がかかるからと耐震等級1をすすめて家づくりをしたら、その方は一生ローンを払って、地震がきたら住めなくなるような状態の家に、家族とずっと住み続けることになります。
構造の重要性を広く理解してもらうためにも、我々は発信していかないといけませんね。そのときに危機感をあおらない表現が大事で、恐怖心から耐震等級3にしてお金をかけるという行為は気持ちがいいものではないですから。説得するのではなくて納得して家づくりをすることが大切です。

取材・文/フォンテルノ 撮影/シヲバラタク

【構造塾サイト】
https://www.ms-structure.co.jp/structure-course/

【SSバリュー サイト】
https://mpage.biz-lixil.com/LH220617_seminarTYM.html

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公開日:2023年07月28日