商業施設から住宅まで、幅広く活躍するデザイナーに聞く空間づくりメソッド
人とともに、長くあり続ける空間づくり
―CREATORS LAB デザイナー インタビュー1
高橋紀人(Jamo associates)
2017年にオープンすると、その年の話題を独占した東京・神宮前の「TRUNK(HOTEL)」。この夏、東京・広尾にオープンした「EAT PLAY WORKS」など数々のハイセンスな商業施設から、暮らす人の日々を豊かに包む住空間まで、幅広く手掛ける設計事務所「Jamo associates」。そのCEOとして優れたデザインチームを率いる高橋紀人さんに、商空間と住空間において「長く愛される」スペースデザインの考え方や想い、アイデア創出のヒントを聞いた。
──設立20年を迎えられたJamo associatesさん。はじめに、高橋さんと会社についてお聞かせください。
「学校を卒業して鉄の造形物を作る「EXIT METAL WORK SUPPLY」という会社の立ち上げに参加しました。若くてエネルギッシュで、まわりには面白がってくれる先輩たちもたくさんいて・・・最初は什器などの単品を作る仕事から、やがて空間全体に関わるようになっていきました。当時はカフェブーム。人気のお店の椅子を作ったり、有名セレクトショップの什器制作をお手伝いしたり・・・ご縁と運が重なって、話題性のある仕事に携わることができました。」
ビームスなど有名アパレルを次々に手掛けたスタートアップ時代。
──4年後に独立されるのですね。
「音楽のバンドみたいに方向性の違いみたいなことも出てきた頃、インテリア・スタイリストの神林千夏(現在は独立)と出会い、一緒に会社を作ろうということになりました。当時彼女は雑誌のインテリアページを担当するスタイリストとして活躍していました。そこでインテリア・デザインとインテリア・スタイリング、両方こなせる事務所として打ち出しました。有り難いことに評判がつながって、アパレルの大型セレクトショップ案件などもいただけるように。3年目くらいからは年間50〜60案件ほど。いまは大中小、規模は異なりますが年間100案件程度を受注しています。このスタートアップの15年を経た後、神林は独立するのですが、それを契機に会社は完全に設計に特化するカタチにシフトしました。自分自身もこの時期くらいからアパレルだけでなく飲食や宿泊の分野へと興味が広がり、受ける仕事の内容もどんどん幅広くなっていきました。」
シンプル。コンサバ。引き算と高揚感。
──それからの幅広いご活躍は至るところで話題となり、有名な作品も多数。そんな高橋さんが空間づくりで大切にされていることは何ですか?
「一番大事にしているのは「長く使ってもらえること」です。商空間の場合、3年から5年ほどでリニューアルします。でも自分としては飽きられず、なるべく長く使ってもらいたい。そのためには簡単に言うとシンプルであること。コンサバであること。これはスタッフにも言い続けています。特化しすぎない、飽きも来ないところを見つけようって。そして時代遅れにならないということも。」
──そんなスタンスの中でJamo associatesさんの”らしさ”は作品に反映されています。
「自分たち”らしさ”を作っているものがあるとすれば、それは整理整頓によるものかもしれません。迷ったときは落としていく、引き算する。これはスタイリングと同時にやってきた成果でもあるのですが、空間にはモノが収まる、人が出入りする。すると色がついてくる。たとえば洗練されたバーテンダーが立つようなバーカウンターなら余計なものはいらない。立派な花器や象徴的な植物がレイアウトされるのなら、空間が主張しすぎるとおかしくなっていく。人やモノが引き立つハコづくりとは、そういう点が大切だと思います。そうやって、引き算を恐れずにデザインしていくと、気持ちのいい空間になっていく。一方で、『高揚感』ということはずっと言い続けています。一歩足を踏み入れたときに高揚するかしないか。最初のインパクトも大切なのです。」
何よりも施主様を理解することが住宅づくりの要。
──商空間の印象が強い高橋さんですが、住宅も手がけられています。デザインのアプローチは違いますか?
「商空間に携わるときは自分なりに社会全体を見直して、いまどういうものが求められていて、かつ、クライアント、売り場に立つスタッフの方は女性が多いのか、どういう洋服を着ているのか、といったことまでも徹底的に調べて、多方向からいろんな考えを出し尽くし、それをまとめてデザインに変換します。
住宅の場合は施主様だけにフォーカスします。施主様のことをしっかり理解する。その上で動線や、使い勝手を優先します。」
──高橋さんは以前母校での講演会で「Jamo associatesで行う5つの手法」について語られています。1.様式 2.見立てる 3.ストーリーを立てる 4.Wikipediaを使う 5.GoogleMapを使う。じつに実戦的なサジェスチョンだと思いました。これは商空間、住空間ともに通用する手法ですか?
「商空間デザインでは5つの手法を用いますが、住宅の場合はこういった手法はあまり使いません。ネガティブに聞こえるかもしれませんが、2020年において住宅はオーナーの意向に寄り添うカタチが原則です。インターネットを検索すれば、好みのデザインに簡単に行き当たる。知識も増える。主張がカタチづくられる。蓄えられたお金を使って、ご自分たち自身のストーリーが生まれ、金銭的な課題もクリアした上で設計を依頼する。いまは、そういう時代。なのではじめに施主様のやりたいことを専門職としてどう引き出すか。引き出した上で、受け止め、整理して『色をつけて返す』というスタンスです。もちろん、自分なりにデザインの軸は最初に考え、説明します。施主様が突飛な要求を出されたときに、それが理にかなえばいいのですが、そうではないとき、自分なりの理論をしっかり説明し、納得いただいた上で変換していきます。」
──一般にはデザインモジュールをそのまま取り入れたいと考える方たちも少なくありません。今回LIXILの建材を使ったスタイル提案は、まさにそんな方たちの参考になればと思っているのですが・・・商空間のデザインで「長く使ってもらえること」をミッションのように掲げていらっしゃいましたが、住空間においては?
「経年変化をイメージすることでしょうか。耐久性、機能性に配慮した部材に加え、いい感じで”住まう人とともに歳を重ねていく”ものを適材適所に配置する。それが”長く使われ、長く付きあえる”ことにつながっていくと思います。」
ニューノーマルの時代に寄り添う機能、明るい色彩がつくる心地よさ。
──新型コロナウイルスによって社会、生活環境が大きい変化を求められていますが、住空間づくりではどのように影響していくのでしょうか?
「たとえば手を洗う機能が玄関に必要になるとか。ドアノブへの配慮など部分的な対応策は出始めています。家で長時間過ごすこと、自宅をオフィスとして使うことなど、使われる環境の変化にも対応していかなければなりません。」
──イメージはすでにお持ちですか?
「たとえばホテルでは、長期滞在型になりワーケーションのニーズも予測されることから、書斎を作る案を考えています。住宅ではパパ用の個室ですね。 マンションなら70平米ほどの空間に仕事場としてガラスパーテーションと鉄格子で専用のスペースを作る。あるいは、集合住宅の共用ロビーの部分にコ・ワーキングスペースをつくるなど、変化が出はじめています。シェアオフィスなど、働くスペース自体も増えていますが、これからはパーソナルな働く空間への工夫が求められるのではないでしょうか。精神的な面にも配慮しなければなりませんね。」
──色使いや素材は?
「色は明るめがいいと思います。素材では汚れにくいことも大切。デザイン性は増していくし、求めていくでしょうね。そして心地よさと自由度の高さでしょうか。あるマンションの提案でもソファを「ロッシュ・ボボア」(パリの高級家具ライン)を提案しました。ロースタイルなんですよ。自分でも気づかないうちに、皮膚感覚的にそんな志向になっているようです。家でまったりと過ごすのだから座るより寝転んで仕事したいとか、体勢もすぐに変えられるとか。いちばんリラックスできる状態はどういう状態だろうとか、知らずしらず意識が向いているのだと思います。」
(高橋紀人さんへのインタビュー、次回はJamo associatesがLIXIL建材を用いて構築した新しい住宅スタイルプランを具体的に解説していただく予定です。どうぞご期待ください。)
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公開日:2020年10月28日