文化活動を賑わいとしてまちに映し出す高崎芸術劇場

境静也、多々良邦弘(佐藤総合計画)

栗梅壁を都市に表出させるための巨大カーテンウォール

——ファサードの透明感を作り出すためにさまざまな技術が投入されたと伺っています。

境氏:大劇場側の建物のコーナーは、まちから見える視認性の高い場所で、JR高崎駅に向かう主動線上の顔になることから、設計の初期から検討を開始し、栗梅色のテラコッタ壁をどう見せるかに重点を置きました。そのため北側の外装は、最小限の部材とガラスのみで構成する透明感のあるカーテンウォールとし、一方、東西および南面は対比的に温かみある淡い色のタイル壁面でマッシブに構成することにしました。
カーテンウォールは、18mの高さと長大な面をガラスのみで構成するため、キャンティレバー(片持ち梁構造)で大劇場の壁から完全に吊り下げ、風圧などの面外の挙動に追従するために特殊なボール形状のジョイントを内蔵させました。さらに、方立(縦枠材)には余分なジョイントを設けない18m一本物の鋼材を使うことで強度を持たせています。道路交通法で運べる長さの最大が18mなので、それがこの空間の高さになった理由でもあります。搬送計画や実際の施工法も入念にシミュレーションしながら進める必要がありました。
ガラス面は、国内最大サイズの複層ガラスで、透明性と省エネルギーの両面を成立させています。言い換えれば、栗梅色のテラコッタ壁をまちに発信するために透明感を最大に高めたカーテンウォールの外装計画だったということです。

多々良氏:スクリーンというコンセプトをしっかりと実現させていくために、外壁のガラス面と栗梅色のテラコッタ壁には距離がありますが、その間は柱のない空間を目指しました。それを構造的な工夫で全部の柱を抜いて、外壁をできるだけ透過性の高いものにしています。建物コーナー部を斜めから見るとわかると思いますが、コーナーに柱がないということはかなり大変なことです。さまざまな手法を検討して、建物構造の考え方からカーテンウォールのディテールまでを一貫させ、最も透明感を出す工夫をおこないました。


都市に賑わいのスクリーンを作り出すための外装計画は、透明感のあるガラスのカーテンウォールで構成。高さ18mの細い方立がH6m×W1.6mの複層ガラス3段をジョイントなしで支えることで、コーナー部分の軽さが際立つ(撮影:新建築社写真部)

建物の東西・南面は、文化芸術の重厚感、普遍性という観点から土をそのまま焼いただけの素朴な温かみのある色彩のタイルを採用。サイズの異なる3種類のタイルをずらしながら張り込むことである種のリズムをつくり出し、単調さをなくすようにしている。タイルにはそれほど厚みがないので、小口を出さない出隅のディテールや給排気口はルーバー状にするなど、マッシブな表現になるよう工夫している(撮影:新建築社写真部)
ホワイエ空間の柱をなくしたことで、2〜4階に吹き抜ける開放的で広々とした非日常空間を実現している

——テラコッタタイルが美しく見える照明デザインにされたということですが。

境氏:ホールというのは、もちろん昼間もたくさん使われますが、夜のコンサートは一段と華やかであって欲しいという気持ちがあり、赤いテラコッタタイルがより美しく、明るく映えるような表現、そのための照明デザインを検討しました。

多々良氏:栗梅色のテラコッタ壁が最も鮮やかで立体感が得られるような照明の在り方を、道路側から実際に見ながら検証しました。天井とテラコッタタイルがぶつかるところに隙間を作って照明を入れ込み、天井がフワーッと光るようになっていますが、VR(ヴァーチャルリアリティ)を使って、こうした光の環境や空間の大きさ、雰囲気を確認しながら計画しています。また光壁をはさんだエントランススクエアにおいては、間接照明を中心に木質系の壁面が浮かび上がる計画とし、栗梅色のテラコッタ壁と対比的にしています。


夜になると栗梅色の大壁面が浮かび上がり、ホワイエに集う人々の姿もはっきり見える。大劇場の右手は、市民が利用できる空間になっているので、日常的にさまざまな活動の様子が伺える

大劇場のホワイエ空間。高崎伝統色の栗梅色の大壁面が、照明デザインによって明るいスクリーンの中でもよりくっきり浮かび上がるよう工夫されている(撮影:新建築社写真部)

幕間にも高揚感を維持するトイレ空間を

——劇場ならではのトイレ計画と、今後求められるトイレとは?

境氏:発注者である高崎市より「おもてなしのホールにしたい」という希望が強くあり、私たちの目指す方向と同じであったことがとても良かったと思っています。エントランスからホワイエという空間ももちろん大切なのですが、幕間や公演前に利用する場所が興ざめな空間では絶対にダメで、ホワイエと連動してそれを感じるデザインにする必要がありました。

多々良氏:トイレ計画はホール計画と同様に、設計初期よりイメージ作りや平面計画を入念に進めました。劇場では幕間にトイレを利用することになるので、短時間にお客様が集中しますから、なるべくスムーズにストレスなく使っていただけるような動線計画にしなければいけません。“待たせないトイレ”は劇場そのものの評判にもつながっていきます。
このプロジェクトのために、あらためてさまざまな劇場を見て回りましたが、ホール内の華やかさを、幕間のトイレ利用の時も連続させていく必要性を強く感じました。チケットを買い、ホワイエから入って公演が終わるまですべてが非日常であって欲しいと考え、トイレ空間も劇場空間に連動した非日常空間として設計しています。

境氏:その工夫の一例として、普通のトイレと違って「ああ、気持ちが良いな」と感じられるように、男性用小便器の間に擦りガラスの衝立を立てて、間接照明もできるだけ利用して温かみのある空間をつくりました。これは空港ラウンジのトイレなどでよく見かけますが、「ここはちょっと違った現実を楽しむのにふさわしいトイレをつくっているんだな」と感じていただけるような “おもてなし”ということを大事にし、デザインの検討は高崎市と共有しながら進めていきました。

多々良氏:“おもてなし”の思想の背景には、劇場をつくる際に“新しい公共”をつくりだすという大きなテーマがあったのです。“新しい公共”というのは “利用者はお客様”という発想でもてなすということです。運用面とともに、この建物の随所に、そうした“おもてなし”を考慮した計画がなされています。

境氏:そういう精神が随所に表れているので、利用者の方々から高い評価を得ているのだと思ってます。昨年の9月にオープンして数カ月後には新型コロナウィルスの影響で活動を休止せざるをえませんでしたが、その間も市民の方々の評判はものすごく良かったですし、施設の裏方さんからは、出演前に準備をする楽屋エリアの設えも非常に評判が良く、またぜひここで演じたいという感想を俳優さん方からいただいているというお話を伺いました。これは楽しみだと思っていたところです。
コロナ禍を経験したことで、トイレにもさらなる進化が始まることでしょう。トイレのドアからドアノブが消え、水栓、ソープも自動で出てきますね。しかし、肝心なブースドアの施錠や大便器のシャワースイッチなどは今後改善していく必要があると思います。センシング技術を使い、スイッチに触れずに水が流れるとか、施錠できるとか、そのように水廻りの将来は私たちの生活をより良くする方向に飛躍していくと期待しています。

2階の男性用トイレ。小便器の間に擦りガラスの間仕切りを設け、利用者の視線をカット。仕切りそのものの高さを天井までとして個室感を演出し、劇場のトイレとしての上質感を検討。利用者が並ぶ位置、どのようなルートでトイレの利用を終えるかをシミュレーションしながら動線計画を行った
2階女性用トイレ。高揚感を保つよう劇場と同じカラーリングにしている。扉上部の突起は空き状況を示すサインで、奥のブースまでわかるように工夫されている。また、通路上部は間接照明でやわらかな空間を演出している
2階女性用トイレの洗面空間(左)と利用動線に配慮した広いパウダールーム(右)

各フロアに数カ所配置された多機能トイレ。収納式のユニバーサルシートが設置されている

2階出入口付近のトイレのピクトサインは、壁の色に合わせて落ち着いた色にしている
シャワーブース付きの楽屋はホテルのようなインテリアと落ち着いた色合いに。広めのトイレも同じモノトーンで統一している

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公開日:2020年07月29日