まちとオフィス、生活と仕事の境界を溶かす
谷尻誠+吉田愛(サポーズデザインオフィス)
『商店建築』2019年4月号 掲載
「鎌倉のまち全体をオフィスにする」を掲げ、地域コミュニティーに根差す企業の在り方に挑戦する、面白法人カヤック。2018年11月に、新たな本拠地として、研究開発棟と会議棟の2棟からなる社屋が竣工した。まちに開き、関係性を生むオフィスのつくり方とは。設計を担ったサポーズデザインオフィスと、カヤック代表取締役CEO・柳澤大輔さんに聞いた。
interview 1
まちの一部としての建築
サポーズデザインオフィス
谷尻誠 吉田愛
コンセントさえあればそこがオフィスになる
── 面白法人カヤックは、駅前の銀行をリニューアルした本社、古民家を改装したシェアルーム、一般に開放された「まちの社員食堂」など、拠点を鎌倉のまちに点在させています。その中で今回の研究開発棟、会議棟を設計した経緯を教えてください。
谷尻:
カヤック代表の柳澤大輔さんと出会ったのは、鎌倉で開催されたあるトークショーの席でした。「本拠地となるオフィスを建てるので、設計を依頼したい」と声を掛けられたのがきっかけです。横浜から拠点を移し、鎌倉に根差すための拠点にしたいと依頼されました。
吉田:
カヤックは街中の建物をリニューアルしてオフィスなどに転用してきました。ここは拠点となる研究開発棟と、会議やイベントに使う会議棟の2棟を新築する計画で、元の敷地には民家が何棟か建っていました。
谷尻:
オフィスといっても決まりはない。極端に言えばデスクさえ置ければ倉庫でも良い。電源コンセントさえあれば、そこに人が集まって来てチームが構成されていきます。何にでも対応できる大きな器をつくろうと考えました。
吉田:
会議棟は、街中に点在するオフィスからみんなが集まってくる場所です。一カ所のビルで仕事をするよりも、色々な場所から必要な時だけ人が集まってくる。そうした流れをつくり出すことで、コミュニティーが自然と生まれることを期待しました。
谷尻:
イタリアの田舎町には「AlbergoDiffuso(アルベルゴ・ディフーゾ)」という、民家を客室やレストランに活用し、街全体を一つのホテルとしたシステムがあります。ここ鎌倉で起こっていることは、そのオフィス版とも言えます。昔は、冷蔵庫の役割を酒屋さんが、お風呂の役割を銭湯が担うといったように、まち全体を使って生活していました。しかし、段々とそれが自宅に集約されてしまった。カヤックは、社員が打ち合わせや食事に出かけて、まち全体が動線となることで、環境自体をつくり出そうとしています。我々も普段、まちを構成する一部として建物を設計しているので、柳澤さんの構想に共感できました。
ノイズや不便さの中に発見がある
── 新社屋は、アルミサッシを沢山はめたデザインがユニークですね。
谷尻:
“面白法人”にふさわしい、良いユーモアを採り入れたかったのです。住宅地の中で、あえて特殊な建材を使わず、アルミサッシやガルバリウム鋼板、木造の柱梁など、一般住宅に使用する建材の集積で特殊な建物を生み出したいと考えました。既成のアルミサッシを連続させることで、3階建てなのに外からは一見7階建てに見えます。そういうユニークさも含め、柳澤さんは気に入ってくれました。構造としては、階段室やトイレなどのあるコアを鉄骨造にして耐震性を確保し、木造の梁と柱で空間を構成しています。
吉田:
住宅よりも大きいスケールですが、住宅用サッシとガルバリウム鋼板の集積した外観にしてスケール感を狂わせることで、まちと民家との差異をなくし、オフィスというカテゴリーを排除していきたいと考えました。会議棟の1階は当初サッシを入れずオープンにする計画でした。アスファルトや植栽を建物の中にまで取り込むことで境界をなくし、屋根のある屋外にしようと考えました。まちの人も公園のように自由に入ってきたり、テントを張ったり、イベントを開いたり。半屋外の気持ちの良い場所で仕事をしたら、そこはオフィスになる。「冬ってどれくらい寒いの?」と柳澤さんに聞かれ、サッシを取り付けることになりましたが、夏場やイベント時には簡単に外せる設計にしています。研究開発棟では、長時間デスクワークをすることもあるので、温熱環境を重視して、エアコンのような風が起こらない、温水・冷水を使った輻射式冷暖房を導入しました。
谷尻:
仕事と生活、社員とまちの人、社内と社外、そうした境界線をぼやかしていきたいと考えています。今は色々なことが区分けされていますが、楽しく働ける社会を実現するために、生活と仕事をもっと親密な関係にしたい。昔の民家は職場と家庭が一体で、路面で商いをしながら、奥で家事や子育てをしていた。ご飯を食べに来たら素晴らしいデザインに出会ったり、打ち合わせに来たら食の大切さを知ったり、入り口と中で起きていることに不一致がある時に、人は新しい体験を手に入れます。予期できることばかりではなく、意図的にノイズを与え、不便さを感じる方が発見もある。毎日歩く道でも、違う人が歩いていれば、違う風景になるように、もっとまちとの境界を曖昧にしたオフィスが増えても良い。昔の生活やまちにこそヒントがあり、そこに最新のテクノロジーを加えることで、新しい仕組みが生まれると考えています。
空間の品格を決定付けるトイレ
── 研究開発棟の執務室は光が入る明るい空間ですが、水まわりの設計は、どのように考えたのでしょうか。
吉田:
1階の執務室は、天井の高さが約8mもある吹き抜けの明るいワンフロアです。なので、トイレは少し暗めの落ち着ける空間にしています。壁には、主に天井に使われる岩綿吸音板を、馬踏み目地を設けて貼り、グレーに塗装することで、ローコストながら上質な空間になり、静音性も高くなりました。照明は局所照明を採り入れ、ドアにも陰影が出るように凹凸を付けて、ドアノブはクラシカルなデザインのものを使っています。
谷尻:
コストを抑えた建築であっても、トイレの空間デザインが良いと、空間全体が良いように錯覚することさえあります。どんなにインテリアや料理が素敵なレストランでも、トイレの空間が良くないと表面だけ繕ったように感じますし、トイレは空間の品格を決定付ける場所です。部署間のコミュニケーションを活性化したいという相談を多くの企業から受けますが、僕はトイレの数を減らしたら良いと思います。トイレの前で順番を待っていると自然なコミュニケーションが生まれる。全階にトイレを設けないことで、違う階で別の部署の人と顔を合わせるきっかけになるかもしれない。男女を分けない、ジェンダーレスなトイレを提案することも最近は多くなりました。まだ抵抗がある人も多いと思いますが、人は慣れないことに不快さを感じるもの。男女共用トイレが増えれば、それがごく普通のことになっていくと思います。
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公開日:2020年02月27日