DTL建築セミナー 空間・素材・建築 ―令和時代の建築作法

第4回「場を生かす環境づくり」

京智健(建築家、京智健建築設計事務所/カイトアーキテクツ)

DTL建築セミナー 京 智健「場を生かす環境づくり」

DTL建築セミナー「空間・素材・建築──令和時代の建築作法」の第4回目は、京智健さんを講師に迎えた。京さんは2020年1月現在38歳。今回のレクチャーシリーズではいちばんの若手である。2008年に隈研吾建築都市設計事務所に入所し、すぐに中国北京でのプロジェクトに参加。約4年間の隈事務所に在所期間中のほとんどを北京で過ごしたという。その後、2011年に独立し、ここ数年は公募プロポーザルで獲得したプロジェクトを進めている。
本レクチャーでは、「場を生かす環境づくり」をテーマに、環境からなにを読み取り、それをどうプログラムと表現に反映させるか、ということを語った。

北京市街 北京市街(撮影:京智健)
三里屯SOHO 三里屯SOHO(設計:隈研吾建築都市設計事務所)
CCPプロジェクト CCPプロジェクト(設計:隈研吾建築都市設計事務所)

北京での都市生活と建築実務

京さんが中国に渡った2008年は、北京オリンピックの年。北京の都市全体が建設ラッシュで、古いまちなみがどんどん潰され再開発されていくという状況を目の当たりにした。
隈研吾建築都市設計事務所が取り組んでいたのも大がかりな都市開発。「三里屯SOHO」(2007年〜2010年)という、延べ面積がおよそ46万平米の大プロジェクトを日本人スタッフ5人ほどで担当した。
この都市開発と続くもうひとつのプロジェクト(「CCPプロジェクト」(2009年〜2011年)を進めていた間に、京さんは余暇を活用して北京の胡同(フートン)地区のフィールドワークも続けていたのだという。その観察記録は、帰国後に博士課程での研究テーマにもなった。
胡同というのはもともと細い路地をあらわし、その路地に面して建つのが、四合院と呼ばれる中庭を有した伝統的な住居形式。風水的なアプローチや構成が決められているなど、中国の文化と深く結びついている。しかし、中国の近代化が進むなかで、その姿はどんどん変わっている。住民のコモンスペースである中庭はバラックで埋め尽くされ、現在は昔ながらの姿を残している四合院はほとんどないのだという。
京さんは、現代の「雑院化」した胡同四合院に強く惹かれた。
「大阪の下町で育った僕にとって、その混沌としたパブリックはどこか懐かしく魅力的で、このまちなみや住む人を集中的に見てまわった経験は、いま公共空間をつくるにあたっての大きな糧になっていると、振り返った今、実感しています」。

北京の胡同(フートン)地区
雑院のオーナーへのインタビュー 北京の胡同(フートン)地区と雑院のオーナーへのインタビュー(撮影:京智健)
胡同の陶芸院
胡同の陶芸院 胡同の陶芸院
華彩美術館の改修
華彩美術館の改修 華彩美術館の改修

北京でのプロジェクト

胡同のリサーチは、語学が上達するにつれて、後半では雑院のオーナーたちへのインタビューも行えるようになった。そんななか、計画を進めることになったのが、「胡同の陶芸院」プロジェクト(2011年)だ。
胡同の路地に面した敷地に建つ陶芸施設の計画で、高層化する都市のなかに人の目線での立体的な風景をつくることを試みた。見上げるのではなく見下ろすようなシーンを意図して、空間を半地下に掘り込み、それぞれのギャラリーや工房、カフェ、フリースペースへは中庭からの階段を降りてアプローチさせる。建物のレベルをぐっと下げたことで、中庭から見ると屋根の軒先は視線と同じ高さになる。屋根と地面を引きつけ、屋根の開口部は入り口として、傾斜はそのまま中庭を眺める客席にもなる。その間には樹木が見え隠れする。本来は平面方向に交差する胡同を縦方向に立体化し、深い場所へと光を誘導することで風景のゆがみをつくり出した。帰国後に応募したSDレビュー2011では、鹿島賞を受賞している。
「華彩美術館の改修」(2019年)は、北京郊外に建つ既存の美術館の改修。内部空間を外部化して中庭を街路につなぐストリートを設け、閉鎖的な空間を外に開くことが意図されている。美術館機能とともに図書館の機能を加えている。

MINDE
MINDE
MINDE MINDE(撮影:笹倉洋平、協働:三宅正浩)
マチの長屋
マチの長屋 マチの長屋(撮影:笹倉洋平、協働:三宅正浩)
箸蔵とことん
箸蔵とことん 箸蔵とことん(撮影:笹倉洋平、協働:三宅正浩)
海陽町ハウスビレッジ
海陽町ハウスビレッジ
海陽町ハウスビレッジ 海陽町ハウスビレッジ(撮影:大竹央祐)
日向のオフィス 日向のオフィス(撮影:京智健)

地方での取り組み

2011年に帰国後、京さんは公共施設のプロポーザルに積極的に取り組み、2018年ごろから複数のプロジェクトの設計者に選ばれた。
徳島県三好市では、「MINDE」(2018年)、「マチの長屋」(2018年)、「箸蔵とことん」(2019年)の3施設が、徳島県海陽町に「海陽町ハウスビレッジ」(2018年)、宮崎県日向市では「日向のオフィス」(2018年)が相次いで実現。いずれもリノベーションプロジェクトだ。

「MINDE」は、何度かの用途変更を経て当時には資料館として使われていた明治期の古民家を地域交流施設にリノベーションする、というプロジェクト。古くはタバコ産業の町として栄えたため、石畳のまちなみには卯建(うだつ)を持つ商家がたくさん残っている。ワークショップを通じて、産業の栄華と歴史の風情、加えて盛場の空気の残る土地の気配を包括する中庭を中心とした施設を提案した。
わずかにすり鉢状に敷地を掘り下げた中庭に、カフェやワークスペースなどが面し、醤油蔵を改装しテラスを新設した2階にはシェアオフィスなどが設けられている。
通りからはピロティを通じて中庭にアプローチし、中庭は24時間解放されている。

「MINDE」から徒歩10分ほど、ほぼ同時期に進行していた「マチの長屋」では、林業センターを居住施設にコンバージョンした市への移住希望者が仮住まいをするための施設だ。
「移住希望者自体は、この街に友だちがいたり、知っている人がいたり、というわけではないので、なるべく地域の人と関わりを持てるような、移住者同士で交流ができるような施設が必要だと考えました」。

「箸蔵とことん」では、ホームセンターから交流施設へのコンバージョンを行った。産直マーケット、食堂、パン屋などが入り、民間の福祉団体が運営する子育て施設も組み込むプロジェクトだった。平屋建てのホームセンターに2階を設け、目の前を流れる吉野川や背景の山々も眺望として取り込むことを提案した。

「海陽町ハウスビレッジ」は、築40年の木造平屋の2戸長屋3棟を移住体験者向けの住宅として改修したもの。各住戸の東西に抜けるLDKが周囲の自然や田園風景を取り込む。

「日向のオフィス」は、オフィスビルの1階を改修したもので「しごと創生拠点」として、起業者へのサポートなどを行う施設だ。

高槻市安満遺跡公園歴史拠点施設
高槻市安満遺跡公園歴史拠点施設 高槻市安満遺跡公園歴史拠点施設(協働:expo、森田一弥)
観光交流拠点施設「佐田岬はなはな」
観光交流拠点施設「佐田岬はなはな」 観光交流拠点施設「佐田岬はなはな」(撮影:京智健、協働:YAP)

進行中プロジェクト

2018年からは「高槻市安満遺跡公園歴史拠点施設」が進行している。2019年にパークセンターとしてオープンしたこのエリアには、昭和初期に建てられた京都大学農学部の施設が残っていた。施設のまわりには弥生時代の環濠跡地が保存されている。
弥生時代の遺跡に建つ近代洋風建築、それぞれのレイヤーに現代のコンセプトを重ねる、敷地の時間軸を重ね合わせる、というのが狙いだ。

愛媛県伊方町では、観光交流拠点施設「佐田岬はなはな」の増築工事が進んでいる。
風の町として知られる伊方町で集落に残る石垣に注目した。風土とエネルギーのハイブリッドをテーマに、石垣による輻射冷暖房や蓄熱効果を活用することを提案し、土地の人が親しんできたマテリアルを建物に取り込むことを計画している。

コンテクストを読み取って設計の強度を上げていく

「僕が一貫して考えているのは、そのまちの風景や機能を重ねていくということです。ひとつのシーンに多様な用途を発生させて、時代を超えて使うことのできる許容性のある建築を考えていきたい。
コンバージョンやリノベーションの仕事が続いているのは、たまたまでもありますが、一部意図をしている部分もあるかも知れません。その建物や敷地がもっているコンテクストを読み取って、それをうまく利用する。設計の強度を上げるための材料としています。
中国での経験、体験は、大事なルーツのひとつになっています。とてつもなく大きなプロジェクトばかりやっていたので、そこから日本に帰ってきて最初は着地のしようがない、と思ってしまいました。日本にいても大きなスケールで考えたい、それをどうやって日本では実現できるのか。重要なきっかけになったのは、公募プロポーザルを通しての公共プロジェクトへの取り組みでした」。
(古屋 歴|青幻舎 副編集長)

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公開日:2020年02月27日