DTL建築セミナー 空間・素材・建築 ―令和時代の建築作法
第2回「自走する構想」
遠藤克彦(建築家)
大阪・四ツ橋筋にある「INAX タイルコンサルティングルーム大阪」を会場に、5回のシリーズのDTL 建築セミナー「空間・素材・建築──令和時代の建築作法」第2回目が開催された。講師は現在建設中の「大阪中之島美術館」の設計者である遠藤克彦さん。以下にタイルコンサルティングルームの一画で和やかな雰囲気で行われた遠藤さんのレクチャーを紹介する。
プロポーザルに挑戦し、社会との接続を図る
遠藤克彦さんは、1970年生まれ。大学院博士課程在学中の1997年に遠藤建築研究所を設立し、現在までの22年間ほぼ設計業務一本で活動をしている。設立当時所属していた東京大学の原広司研究室では、就職をせずに自分の事務所を立ち上げる人が多く、その流れに乗った結果なのだという。
最初の10年弱は別荘の設計が多く、恵まれた環境や予算の中で設計活動を行う一方で、制約のある都市での住まい方や周囲との接続を解釈し、形にしたいという渇望が強く生まれていった。次の10年はひたすらプロポーザルに挑戦をし、社会との接続を図った。2005年から現在まで、遠藤さんは計81本のプロポーザルに参加している。
「このプロポーザルへの参加量だけが、次の私へとつながる自信でもあるし、渇望でもあるのかなと思っています」と、遠藤さんは語る。
そして、節目にあたる2017年、「大阪中之島美術館」の設計をコンペで獲得。大阪にもオフィスを構え、現在では大阪オフィスをメインに20人弱の所員を率いている。
「構想」が「自走」できるのかを考える
「空間・素材・建築」という今回のレクチャーシリーズに対して、遠藤さんは自作をCompleted、Unbuilt、Ongoingの3つのカテゴリーに分け、それらすべてに共通するものとして「自走する構想」という言葉を添えた。
その建築物が完成しているかどうかに関わらず、時代を見つめ新しいものを考えていくときに「素材」をどう解釈するのか、自分にとっての「素材」とは何かを追求し、「自走する構想」というテーマが浮かんだのだという。
では、「自走する構想」とは何か。プロポーザルで建築家が提案するものには、もちろん建築家の意思と形が示されている。しかし、ある場所に、とくに公共的な建築物が建てられるまでにはさまざまな状況や条件の変化が起こり得る。提案したものがすんなり建つことはまれであるともいえる。
しかし、建築家の提案した「形態」ではなく「構想」が「自走」する力を持てば、状況が変わってもその「構想」自体が建物を牽引し続けていくことができる、と遠藤さんは考えている。
Completed プロジェクト
たとえば、宇宙航空研究所をリノベーションした「東京大学生産技術研究所アニヴァーサリーホール」(2012年)で遠藤さんが意識したのは、「どのように人を迎える体制をつくるか」ということ。研究所では設けられていなかったエントランスホールを新築し、実験室を展示室に変え、ホールを改修することで、自然と人が訪れる仕掛けをつくった。
そして、大田区の集合住宅「Ark」(2015年)は、東日本大震災の後に計画された。この集合住宅に遠藤さんはコミュニケーションを誘発する仕掛けをほどこした。各戸に玄関代わりとなるテラスを設け、そこは半プライベート空間となる。各住戸はふだんからプライベートの一部を見せ合いながら、少しだけ関わり合いを持ちつつ暮らし、お互いの個性や個人活動を知っておくことで、いざというときに建物全体でコミュニケーションをとることができる。
Unbuilt プロジェクト
Completed作品に続いて紹介されたUnbuiltプロジェクトにも、遠藤さんの提案する「構想」は強く現れている。
「その場所のコンテクスト(文脈)を「構想」として「自走」させるために必要なのは、場所の特性を解くこと、現代性を見通すことだと考えています」と遠藤さんは語る。
最近のプロポーザルである小金井市「新庁舎(仮称)新福祉会館建設基本設計業務委託」(2019年 公募型プロポーザル)では、「自走」することに重きを置いた。水と緑が豊かな土地柄を社会資本と捉え、市民活動として緑被率を上げていくことを提案した。市民全体の力で市庁舎の形をつくっていく、そのためにあらかじめ市民のための場所を用意しておくことが建築家の「構想」で、その「構想」が「自走」する仕組みを建築に盛り込んでおこう、というものだ。
同様に「守山市新庁舎『つなぐ、守の舎』整備基本設計業務」(2019年 公募型プロポーザル 東畑建築事務所と共同)においても、遠藤さんが提案する「構想」の目的は「自走」できることだ。プランでは、一見なんでもない執務スペースを大きなボリュームで覆っている。しかし、そのボリュームを、四角ではなくジグザグにすることで、それぞれの駐車場からそれぞれが必要な場所へダイレクトにアプローチできることを意図したのだという。
「子育て世代の多い地域で、子育て世代が使いやすい庁舎とは何かを考えたら、ワンストップサービスを徹底し、結果的に庁舎の利用者が増える(自走する)のではないかと考えました。地域や時代の要請をきちんと建築の形にしていくことが大切だと思っています」。
Ongoing プロジェクト
現在進行中のプロジェクトはふたつある。
ひとつは、「茨城県大子町新庁舎」(2021年度中竣工予定)。久慈川のほとりに位置し、かつて林業で栄えたが、現在は65歳以上が人口の大半を占め過疎化が進んでいる町だ。遠藤さんはそこに「人が歩く」仕掛けをつくろうと考えた。まず、庁舎を駅に近づけ、駅から庁舎へとゆるやかなつながりをつくる。庁舎が町の装置、歩いて訪れたくなるような装置としてはたらくように計画する。さらに、庁舎の諸室配置を整理して庁舎の真ん中に大きなフレキシブル空間を設ける。この空間は駅から庁舎へのアプローチの延長として、市民の普段づかいの道となるのだという。同時に、フレキシブルな空間は将来の変化へ向けてのメッセージでもある。町の状況が変われば他の公共施設、たとえば図書館などと統合するなど、用途変更をすることもできるという。ここにも「自走する構想」の仕掛けが込められている。
このプロジェクトは、受注後に計画時の3階建て5千平米から2階建て3千5百平米へと大きく変更を余儀なくされている。しかし、当初からのコンセプトを変える必要はなかった。
「背骨をしっかりとつくり、その背骨をどうやって勝手に走らせるか、自走させるか、ということが非常に重要なのだと思っています」。
最後に、「大阪中之島美術館」(2021年度中開館予定)。このプロジェクトのために遠藤さんは大阪オフィスを立ち上げている。
「事務所を動かすのというのはとても大切です。大きなプロジェクトの場合、周囲とどれだけコミュニケーションを取れるかに成功が左右されるかもしれません。建築家は移動できるけれど建築はその土地から離れられない。私たちがその場所に動くしかないと思いました」。
ここで遠藤さんはこの美術館の元になったという「軽井沢深山の家」(2010年)を紹介した。プライベートとパブリックということを整理することで成立したこの山荘は、大きさでは大阪中之島美術館の150分の1であるが、遠藤さんにとっては美術館設計の図式も同じなのだという。小さな建物でも大きな建物でも、そこにある構想は変わらない。シンプルな形態の中に複雑なボリュームを入れ、その内部のモジュールがどう外部に見えていくかをイメージして設計を行っている。美術館の黒いシンプルな外観の中には複雑な、しかしいずれ自走する予定の構想が入れ込まれている。
「単純に見えるものほど複雑。そういう時代なのだと思っています」。
まちがいなく遠藤さんの大きな代表作のひとつとなるのであろう美術館の開館は、2021年度に迫った。
(古屋 歴|青幻舎 副編集長)
このコラムの関連キーワード
公開日:2019年11月27日