DTL建築セミナー 空間・素材・建築 ―令和時代の建築作法

第1回「建築という混成系」

平田晃久(建築家)

DTL建築セミナー 平田晃久「建築という混成系」

大阪・四ツ橋筋にある「INAX タイルコンサルティングルーム大阪」を会場に、DTL 建築セミナー「空間・素材・建築──令和時代の建築作法」が開催された。5 回のシリーズで開催予定の同セミナーの第1 回目の講師は、建築家で京都大学准教授の平田晃久さん。タイルコンサルティングルームの一画に設けられたレクチャースペースは、参加者と講師との距離が近く、大きな会場とは違う親密な雰囲気の中、レクチャーと質疑応答が行われた。その後の懇親会でも講師を囲んでの和やかな歓談が続いた。以下に平田晃久さんのレクチャーを紹介する。

空間を「発酵」させる

平田晃久さんが「マテリアル(素材)」という言葉を用いるとき、それは単に素材そのものにはとどまらない。建築の構造体や仕上げ材となるさまざまな素材をきっかけにして、その建物が建てられる土地の文化や歴史や産業、さらには時代を超えた人びとの気持ちまでをも浮かび上がらせる空間を、素材たちにつくり出させる(=空間を「発酵」させる)ことを意図している。
 セミナーの中で平田さんは、コンクリート・鉄・木・煉瓦などのマテリアルごとの自作の紹介をしながら、同時に、それぞれの建物の大きな部分のストラクチャーを形づくっているマテリアルがどのようにできていて、それがその土地のコンテクストや産業にどのように結びつくか、そういうことに面白さを感じている、ということを語った。

高雄と八代──鉄と木

たとえば、海の街、台湾・高雄の「マリタイム・カルチャー・アンド・ポピュラー・ミュージックセンター国際コンペ」(2011年「foam form」最終2等案)で提案したのは、街に無数にある造船所の技術を取り入れることを前提としたフォトジェニックな鉄のブリッジで、鉄という素材を提示することで、高雄の産業や文化、歴史と、シンボリックな現代建築との協働と融合をめざしている。
 そして、2021年に熊本県八代市に竣工予定の「八代民俗伝統芸能伝承館(仮称)」では、木が主要なマテリアルとなる。アジア的な要素が強い熊本という土地で、ミックスされ熟成されたお祭り文化を継承する館として、コンクリートの箱の上に木の大きな傘を象徴的に置いている。同時に、木という素材を伝統文化の象徴としてではなく、造形のしやすい地場材として扱い、三次元技術で複雑な仕口部をあらかじめカットし組み立てる。伝統的デザインを現代のテクノロジーで補完することで、マテリアルで時代をつなごうという試みだ。

foam form Foam Form © Oguma+Kuramochi
八代民俗伝統芸能伝承館(仮称) © 平田晃久建築設計事務所 八代民俗伝統芸能伝承館(仮称)© 平田晃久建築設計事務所

からまりしろ──「子持ち昆布」のダイアグラム

続いて、さらに発展的なマテリアルの探求として出てきたのが、平田さんの代表的なキーワードとなる「からまりしろ」という言葉。
 「建築とはからまりしろをつくることである」と言ってみたらどうなるのか、ということを実験的に考えることから派生して、自然界の成り立ちと建築をひとつながりのものとして捉え、マテリアルの組み合わせが階層構造をなしていくことでできていく世界があるのではないかと考えている、のだという。その階層構造を平田さんは「子持ち昆布」のダイアグラムを例に解説した。
 魚の卵が昆布にからまり、昆布は海底の岩にからまっているとき、海底の岩は昆布にとってのからまりしろであり、昆布は魚の卵にとってのからまりしろである。何かがからまるためのインフラストラクチャーが幾重にも重層して自然界はできている。それはとても建築的だと思える、と。

階層構造「海藻と卵のダイアグラム 階層構造「海藻と卵のダイアグラム」 © 平田晃久建築設計事務所

情報がマテリアル

代表作、群馬県太田市の「太田市美術館・図書館」(2017年)は、建物を道で取り囲み、建築そのものがひとつの街であるかのように設計されている。二重螺旋で建物をとりかこむスロープはそのまま美術館と図書館、双方のからまりしろとなり、人びとは移動しながらさまざまな情報を取り込んでいく。このプロジェクトは設計を市民とのワークショップでスタディし、議論を重ねてプロセスを共有していった。本質的な議論をしながら共有し、共有しながら話し合うことで、市民たちがその場所に何を求めているのかが次第に湧き上がってきた。小さな情報たちがある種の群れのように湧き上がり、それが抽象的な意味でのマテリアルになっていくことを設計プロセスで感じたのだという。

太田市美術館・図書館 太田市美術館・図書館(2017年) © Daici Ano

最後に平田さんは、「ゆるやかな違いの中でそれぞれの人の暮らしが混ざり合っていく建築をつくることができたと思う。これからも表面に見えているものの向こう側につながっているようなものをつくりたい」という言葉でセミナーを締めくくった。
(古屋 歴|青幻舎 副編集長)

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公開日:2019年09月26日