VUILDの秋吉氏に聞いた!住まい手に寄り添う“やわらかな”テクノロジーとは?
秋吉浩気(VUILD株式会社 代表取締役CEO)
2D、3Dのデジタルデータを工作機械に読み込み、樹脂や木材、金属などを自由に造形する「デジタルファブリケーション」。製造業のみならず建築業のサプライチェーンに大きな革新をもたらすテクノロジーとして活用が広がっています。
2015年より、米国ShopBot(ショップボット)社のパートナーとして、デジタルファブリケーション技術を使った木工用加工機(CNCルーター)「ShopBot」を販売するVUILD(ヴィルド)株式会社 代表取締役CEO
秋吉浩気氏に、LIXILの井畑貴之がお話を伺いました。
林業の国、日本と相性のよい木工用加工機ShopBot
井畑:
VUILDさんとは、2019年に協業させていただきましたね。「LIFE WORK MIX」をコンセプトに、LIXILのサッシに取り付けるフレームをShopBotで制作するというものでした。
秋吉さんが国内でShopBotの取り扱いを始めた経緯を教えていただけますか。
秋吉氏:
大学で建築設計を学んでいたとき、自分で設計することはできても、実際に建築することはできないという点に課題を感じていたんです。「モノを作る工程に関わりたい」さらには「専門知識を持たない人でも、建築に関わるにはどうしたらいいか」と漠然と考えていた2010年頃、ちょうど3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションが登場し始めました。
井畑:
3Dプリンターなら、デザインと製造を融合できますね。
秋吉氏:
そのとおりです。大学院では3Dプリンティングの研究室に入りました。はじめは3Dプリンターを使って樹脂でモノづくりをしていたのですが、海外の研究者とやりとりするなかで、日本は森林大国で林業の国だという優位性に改めて気付かされたんです。そこから、木を削って加工するShopBotに興味を持つようになり、のめり込んでいきました。最初から会社を作ろうと思っていたわけではなく、「木材を手にしてモノを作るおもしろさを、より多くの人に知ってもらいたい」という気持ちで始めた活動が広がり、結果として法人化に至ったという感じですね。
ハードウェア同士が繋がれば、建築の民主化が進む
井畑:
現在は、どのような事業を展開されているのですか。
秋吉氏:
「誰もが作り手になれる社会」「建築の民主化」を目指して、5つの事業を展開しています。
1つめが、木材用加工機ShopBotの販売導入を行う「ShopBot Japan」。どんな人でも手軽に「つくる」ことを叶えるハードウェアの取り扱いは、ぼくたちの軸となる事業です。2024年6月現在、全国で200台以上の導入実績があります。
2つめが、設計から木材加工までの工程を、オンラインでワンストップに完結できるデジタルものづくりツール「EMARF(エマーフ)」。専門的な知識がなくても、それこそ中学生の子どもでも、ShopBotで木を削るために必要な加工データを簡単につくることができるクラウド型ソフトウェアです。
3つめが、内装・空間・場づくりの領域をクライアントや利用者と共創型で作り上げるクリエイティブチーム「VUILD PlaceLab」。4つめが、理想の住まいを自分でつくることができる、デジタル家づくりサービス「 NESTING 」。そして5つめが、デジタル技術を駆使した次世代の建築を開拓する建築集団「VUILD ARCHITECTS」です。
井畑:
2019年の協業時はちょうどEMARFのβ番をローンチされた頃でしたね。
秋吉氏:
はい。事業展開の順番に関しては、インターネットによる技術革新の流れを意識していたんです。インターネットが普及する前は、パソコンを使って単独でプログラミングをしたりゲームを作ったりしていました。でも、インターネットに接続してハードウェア同士が繋がったことで別次元のサービスやアプリケーションが誕生し、情報技術の民主化が加速しましたよね。
建築の民主化を進めるにあたっても、まずはハードウェアを普及させることが最重要課題。でも、それだけでは広がらない。だから、インターネット経由でShopBot同士が繋がり合えるよう、次のフェーズでEMARFを開発しました。
井畑:
ShopBotがインターネットに繋がることで、どういった広がりがあるのでしょうか。
秋吉氏:
ShopBotが導入されているのは、木材が近くにある山間部が多いのですが、インターネットに接続されていれば、加工する場所とデザインする場所が同じでなくても問題ありません。都市部で作ったデータをShopBotのある場所に送って木材を削り出すことができます。ほかにも、たとえば1週間後に同じパーツを100枚削りたいが、ShopBotは1台しかない…。そんなとき、ハードウェア同士がネットで繋がっていれば、空いているShopBotを2台、3台と繋げて同時に加工できます。これは、ハードウェア単体では実現し得ない広がりです。
井畑:
EMARFといえば、「プリントアウトするように家具をつくろう」というキャッチコピーが示すように、シンプルな操作性も魅力ですよね。各地で開催されているワークショップには、小さな子どもたちも参加しています。まさしく、「誰もが作り手になれる社会」を実現するツールだと感じます。
秋吉氏:
ありがとうございます。でも、ShopBotやEMARFを展開するうちに、必ずしもみんながツールの使い方を覚えたいわけではないとわかりました。そんな人のためにスタートしたのが、「VUILD PlaceLab」です。
秋吉氏:
クリエイティブチーム主導でプロジェクトを進めつつ、ユーザーにはそのプロセスに参加してもらうことで、モノ作りの楽しさを気軽に味わえるようにしています。たとえば、あらかじめ用意した家具テンプレートをもとに、ユーザーにアプリ上でカスタマイズしてもらったり、ぼくらが共用部をデザインして、ユーザーには個人で使う空間のみデザインしてもらったり。モノづくりに参加することで、既存品を買うだけでは味わえない愛着が生まれます。
井畑:
愛着のあるモノなら大切に扱うし、長い時間をかけてメンテナンスしたりカスタマイズしたりしながら、長く使うことができそうですね。「不要になったら捨てる。壊して新しく作り直す」という発想とは異なる、サステナブルなアプローチだと感じます。
建築が「祭り」のように、壮大なエンタメになる
井畑:
先日、栃木県那須塩原市にNESTINGのセルフビルドモデルの家が竣工しましたね。LIXILのサッシ(「 ハイブリッド窓TW 」)を採用していただいたこともあり、現地を訪れて実物を拝見したんですよ。高い精度で細部まで美しく、これがデジタルファブリケーション技術で削り出した木材をセルフビルドで作った家なのかと、本当に驚きました。
秋吉氏:
井畑さんは昨年末、香川県直島に竣工したセルフビルドモデルの家も見に来てくださいましたね。
井畑:
はい。内装工事が終わる頃に伺ったのですが、お施主さん自身によるセルフビルドをサポートする現地の工務店の方に工期を聞いて驚きました。
秋吉氏:
工期は建物の大きさや施主の要望によって大きく変動しますが、直島のプロジェクトは24坪の平屋で、2023年10月21日に着工し、12月22日に竣工しました。実際に稼働した日数でいうと約1カ月です。
井畑:
通常のコンクリート基礎工事なら約1カ月かかるところを、既製品の単管パイプを打ち込んで施工し、2日で完了したと聞きました。将来性を感じる、画期的な工法ですね。費用はどのくらいかかったのでしょうか
秋吉氏:
24坪で約2000万円くらいです。経験上、この品質の平屋を従来の工法で建てると総工費3000万円はかかると思うので、良いものが安くできたと思います。12坪の場合は、工期1カ月、約1000万円で建てることができる手頃さが売りです。
井畑:
工期、工費を抑えるポイントは、どこにあるのでしょうか。
秋吉氏:
1つが、パーツの「キット化」です。ShopBotを用いて木材をプラモデルのように精巧に削り出すことで、素人でも精度良く組み立てられるから、家の住まい手が家の作り手として活躍できるようになります。もう1つが、「Co-Build」。「Self-Build(独力で険しく建てる)」というよりも、施主自ら大勢の友人を巻き込んで「Co-Build(皆で愉しく建てる)」することで、建築が祭りのように壮大なエンタメになるんです。
現在、深刻な人材不足と資材高騰が相まって建設費が高騰しています。近いうちに、「富裕層しか家を建てられない」「お金を払っても建てられない」といった未来が来るかもしれません。「キット化」と「Co-Build」は、そんな社会課題に対するひとつの解決策になるのではないかと考えています。
井畑:
昨年末、秋田県五城目町にオープンした「森山ビレッジ」もNESTINGで建てられたと聞きました。戸建てではなく、集合住宅である点が新しいですね。
秋吉氏:
はい。5棟の民家から成る集落で、村民(メンバー)はクラウドファンディングなどを通して全国から募りました。地域の木材をShopBotで加工し、組み立てるといった工程に、村民全員が参加しています。別荘や二拠点生活の居住地として利用している世帯は、自分たちが使わないときは1棟貸しのシェアハウスとして貸し出しているんですよ。
秋吉氏:
所有スキームも従来とは異なります。入居5世帯が出資して合同会社(LLC)をつくり、LLCが金融機関から借り入れた資金で工費をまかないました。住宅ローンを個人ではなく共同体に紐づけることで、すでに自宅を持っている人が二重ローンを組む必要がなくなります。もちろん、売却時には他の人に引き継ぐことも可能です。所有スキームが変わることで、より多くの人がもっと気軽に多拠点生活を楽しめるようになると期待しています。
井畑:
過疎化が進む地域の新しい活路として、大いに期待できるビジネスモデルですね。
3坪150万円〜。オートクチュール住宅がより手軽に
井畑:
VUILDさんの今後の展開を教えていただけますか。
秋吉氏:
現状、NESTINGには「S」「M」「L」の3つのモデルがあるのですが、さらにバリエーションを広げ、これまでよりずっとコンパクトな3坪程度の小屋もローンチしていく予定です。このサイズなら敷地内の空きスペースに建てることができるし、価格も150〜300万円くらいに抑えられるから、より手軽にオートクチュールな家づくりが実現できるようになります。
井畑:
お施主さんはどのように間取りをデザインしているのですか。
高山:
従来の「S」「M」「L」モデルはアプリ上で設計できますが、新しいモデルでは施主にワークショップシートをお渡しして、2Dで自由にデザインしてもらっています。それをぼくたちのチームとやりとりしながらブラッシュアップしてゆき、必要な要素を見極めたうえでアプリに落とし込み、再開発してリリースします。年間100棟くらい設計できるようになったら、地場工務店向けにカスタマイズしたアプリを販売する予定です。
VUILDは単に家を建てて売るのではなく、全国各地の自治体や工務店、製材所と一般のユーザーを繋ぐプラットフォーマーとして成長していきたいと考えています。
秋吉氏:
そのほか、NESTINGによる家づくりを被災地の復興支援の一環として活用するプロジェクトも進めています。キッチンやシャワー、トイレといったパブリック施設を中央に置き、その周りに断熱性能の高い小さなプライベート施設を配して村をつくるイメージです。現地にShopBotを持ち込んで木材を切り出すこともできるし、全国のShopBotで加工した部品を被災地に運んで組み立ててもいい。NESTINGは杭基礎なので、震災で土地が液状化していたり傾斜地にしか建てられなかったりしても造成する必要がないうえ、屋根の傾斜が60度以上ある小屋モデルなら豪雪地帯でも耐えられます。
秋吉氏:
NESTINGのおもしろさは、仲間が集まって楽しみながら家を一棟つくるだけで終わらず、協力者がその後も建築に関わり続けてくれるところにあります。たとえば、直島のプロジェクトに参加したメンバーの中には2棟目の那須の「Co-Build」に参加したひともいます。他のプロジェクトに参加した人が前回得たスキルと経験を持ち寄って、再び「Co-Build」に参加するんです。こうした自分で動けるアマチュアが増え、「前回手伝ってもらったから、今回はわたしが協力しよう」といった相互扶助的な動きが全国に広がれば、ボランティアのあり方が変わってくるし、建築業界も変わっていくと思います。
井畑:
日本でもかつて、民家の茅葺き屋根を村民全員の共同作業で修復していた時代がありました。プロ任せにせず、仲間同士で協力し合って家を作ることは特別なことではなかった。建築が民主化されていたんですね。
NESTINGでは、設備や仕上げ材はどのように決めているのですか。
秋吉氏:
選択肢が多すぎると決めきれないので、ある程度こちらで絞り込んで提案しています。環境に配慮した商品に興味のある方も多いので、LIXILさんの「デッキ DC」や「レビアぺイブ」などが加わると注目されそうですね。
秋吉氏:
ただ、こうした環境対応商品の多くは通常商品より価格が高くなりがちなのがネックです。地域材に関しても、小ロットで使うと割高になるなど、環境的に正しいことをしようとするとコストの問題にぶつかります。今後、建築業界だけでなく国や地方自治体も一緒に考えていくべき課題なのかもしれません。
井畑:
そうですね。われわれも持続可能な社会をサポートするため、環境に配慮した商品の開発を進めると同時に、今後より一層コストについても真摯に向き合っていきたいと考えています。
2019年に御社と協業した一棟提案「LIFE WORK MIX」の2024年版は「LIFE
Orchestration」~暮らしの共創~です。多様性を受け入れながら日常で様々な経験をしてもらいたい想いで設計、デザインをしており、御社のアプローチとは異なりますが親和性を感じます。本コラムの末尾で資料の案内をするので秋吉さんもよろしければご覧ください。
秋吉氏:
興味深いですね。拝見します。
建築の世界を変えていく“やわらかな”テクノロジー
井畑:
最後に、デジタルファブリケーションが普及する前と後で、建築の世界がどのように変わっていくのか、秋吉さんの見解をお聞かせいただけますか。
秋吉氏:
従来の建築が“かたいテクノロジー”で成り立っていたとするならば、デジタルファブリケーションは“やわらかなテクノロジー”だと考えています。
秋吉氏:
“かたい”とは、工業化された世界のことです。鉄やRCといった素材そのものの硬さだけでなく、単一であり、無個性であり、画一化した状態。これまでの住宅は、大量に人を集め、単一の型から大量に同じものを作り、大量のネットワークによって、一方通行で消費者の元に送り届けられるものでした。
“やわらかい”とは、情報化された世界のこと。木材のような素材の柔らかさに加えて、不均質で柔軟で、多様性がある状態です。デジタルファブリケーションを使えば、単一の型は不要です。100個つくろうが1個つくろうがコストは同じ。在庫を持つ必要はないし、工場のラインもいらない。どんな状況においてもフレキシブルにアウトプットできる自由があります。
デザインにおいても、特定の企業や建築家によるひとつのクレジットに縛られるかたさがなくなり、やわらかな匿名性が生まれます。
井畑:
デザインの匿名性とは、どういうものですか。
秋吉氏:
たとえば、EMARFでぼくがデザイナーとしてつくったテンプレートを、だれかが自分好みにカスタマイズしたとします。それが誰のものかというと、カスタマイズした人のものかもしれないし、もとのテンプレートをつくった人のものかもしれないし、その人が参考にしたデザイナーのものかもしれない。そんな曖昧さのある状態です。可変性の自由を提供することこそ、ぼくたち、プラットフォーマーが目指すところです。建築の民主化はそうしたやわらかさから広がっていくのではないでしょうか。
井畑:
VUILDさんの考え方は、これまでわたしたちが常識としてきた概念と根本的なところで大きく違います。だからこそ建築の世界の新たな可能性を感じます。今後もさまざまな新規事業が展開されるのが楽しみです。本日はありがとうございました。
文:さいとうきい
撮影(特記なし):さいとう きい
[2024年5月24日 VUILD株式会社会議室にて]
プロフィール
秋吉 浩気
VUILD株式会社
代表取締役CEO、建築家、メタアーキテクト
2017年に建築テック系スタートアップVUILDを創業し、「建築の民主化」を目指す。デジタルファブリケーションやソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。
主な受賞歴にUnder 35 Architects exhibition Gold Medal賞(2019)、グッドデザイン金賞(2020)、Archi-Neering Design AWARD
2021 最優秀賞(2022)、Archi-Neering Design AWARD 2023 最優秀賞(2024)、みんなの建築大賞大賞(2024)
主な著書に、『メタアーキテクトー次世代のための建築』
井畑 貴之
株式会社 LIXIL
Housing Technology
TH統括部 TH戦略部 部長
1974年生まれ。1993年にLIXIL(旧トステム)入社後、ビル部門の実施設計部門に従事。住宅建材部門に異動した後は営業を長らく経験し、2018年4月から本社コントラクター営業部門(現
TH統括部)の戦略担当として従事。2022年4月からTH戦略部の責任者。主に、デジタルを含むB2Bマーケティングの企画・推進を展開している。
一棟提案2024ダウンロード
簡易アンケートにお答えいただくと、文中でご紹介させて頂いたLIXILの一棟提案2024「Life Orchestration」の抜粋資料をダウンロードしていただけます。
(ダウンロード期限:2024年7月29日~2025年3月31日)
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公開日:2024年07月29日