これからの時代のマネジメントに求められるもの

朝倉千恵子(株式会社新規開拓 代表取締役)

「退職させてください」―
目の前に差し出された退職届に、ハンマーで頭を叩かれたような衝撃。上司の立場にある人であれば、一度や二度は経験したことがあるのではないでしょうか。

前回のコラムでも「離職」についてお話ししましたが、部下の退職は、上司にとってショックが大きいものです。仲間に裏切られたような気持ちや、大切な人が離れていく哀しみ、人員が足りなくなるという焦り、さまざまな感情が一気に押し寄せてきます。

しかし、「ある日突然部下が辞表を出してきた」と思っているのであれば、それは大きな勘違いです。「突然の退職」なんてありません。上司に伝えるずっと前から、部下は考えています。その部下の変化や心に上司が気付いていないだけなのです。辞めることを考え始めた部下は、必ずシグナルを出しています。笑顔が消えたり、ため息が増えたり、会社の人たちの目を見なくなったり。

部下の心を見つめ、日々の変化に気付くことも、上司の大切な役割です。

人が会社を辞めるとき

人が会社を辞める理由には、2つあると私は考えています。

  • 未来のために、明確な目標を持って次のステージへ行くため
  • このままこの環境にいても、自分の成長はないと感じるため

皆さんの周りでは、どちらのパターンの退職が多いですか?今回は、特に後者について考えていきたいと思います。

「部下が会社を辞めるのは、部下が上司を見限ったからです」。これは私の元上司の言葉です。この言葉を初めて聞いたときはあまり意味が分かっていませんでしたが、自分が上司となり、経営者となり、今ではその真意がよく分かるようになりました。


特に近頃は、辞めるという決断のスピードがますます速くなっているように感じます。その理由としては、終身雇用制度が崩壊し転職が当たり前になったこと、社会の変化が激しいこと、SNSの普及で自社以外の情報が入りやすくなったこと(つまり、隣の青い芝がよく目に付く)などが考えられます。

これまでは通用していたやり方も、今では通用しないケースも多々あります。改めてマネジメントの本質を捉え、部下との関わり合い方を見直す時期に来ているのではないでしょうか。

自分がやらなければいけない仕事こそ、部下に任せる

「不易流行」という言葉があります。いつまでも変わらない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものも取り入れていくという考え方です。マネジメントに限らず、私たちはある時点での「流行」を、いつのまにか「不易」だと勘違いしてしまっていることが少なくありません。

例えば、現代では食事は1日3食が当たり前のものとして染みついていますが、これが定着したのは江戸時代中期以降のことだと言われています。もともとは身分の上下に関係なく1日2食だったものが、社会環境や生活の変化に伴い3食になったそうです。このように、どれだけ「当たり前」「常識」だと思われていることも、時代の変化に伴い変わっていく可能性は十分あるのです。

私が考えるマネジメントにおける「不易」はただ一つ。「部下の可能性をとことん信じること」です。いつだって、部下は上司が考えるよりもはるかに優秀です。

「俺が見ていないとあいつは仕事をしない」
「私がいないと、まだ一人では立たせられない」

上司がそう思っているうちは、部下は絶対に大きく成長することはできません。

部下を育てるためには仕事を与えるしかありません。このとき、誰にでもできるような簡単な仕事では成長にはつながりません。あなたが「これだけは自分でやらないといけない」と思うような仕事こそ、部下に任せてほしいのです。

私は、営業と講師業から身を引きました。どちらも「これだけは私がやらなければならない」と思っていた大好きな仕事です。営業を全て部下に引き継いだ翌年には、業績が2倍以上アップしました。講師を引き継いだことで、今や私を超えるスーパー講師も誕生し、受注できる研修の数も圧倒的に増えました。私が一人でやっているだけでは絶対にできなかったことばかりです。


部下のことを「全然ダメ」「能力が低い」「無能」なんて言う上司も中にはいます。しかし部下を無能扱いする上司の下に、有能な部下は絶対に育ちません。成長する部下の影には、必ず上司の寛大さがあるのです。「この仕事は、○○さんにはまだ早い」。そんなことを考えてしまうのは、部下の能力に問題があるのではなく任せる側の上司の覚悟が足りていないだけです。

「任せる」≠「放任」

部下に仕事を任せる上で、一つだけ注意しなければいけないことがあります。それが「任せる」と「放任」は違うということです。「君に任せた」と言った瞬間、自分の手を完全に離れ、責任が部下に移ったと考える人がいますが、それは大間違いです。任せるという言葉には、「最後の責任は自分がとる」という覚悟が含まれていなければいけないのです。

上司は、部下に対して仕事を与えたら、それが完了したのかどうかを最後まで確認する責任があります。

逐一報告を受け、現状を把握できていれば、大きなミスを防ぐことができます。報告・連絡・相談が仕事の基礎だということはみなさんご存じの通りですが、部下がそうした報連相をしっかりとできる体制を作ることも上司の務めです。

報告が少ないと、上司には手の打ちようがありません。特に悪い報告こそ、積極的に上げてもらわなければいけません。まだ小さなトラブルのうちに対処できれば、大きな事故を防ぐことができるからです。

新入社員研修で、報連相の重要性について語る際、私たちは必ず「悪い報告こそせよ!」と強調して伝えています。そうはいっても、ミスや失敗は隠したくなるのが自然な感情。放っておくと、「ミスしたことをバレたくない」「怒られたくない」「恥ずかしい」「失敗したと評価を下げられたくない」と、なかなか悪い報告は上がってきません。

上司は、悪い報告こそ歓迎すべきです。素早く悪い報告をした部下は、称賛に値するといっても過言ではありません。ところが実際には、部下が勇気を出して悪い報告をしたにもかかわらず「なんでそんなことになったんだ!」「だからお前に任せるのは嫌だったんだ!」と部下を責める人がいます。

これはただ、自分のストレスや焦りの感情を部下にぶつけているだけで何の解決にもならないどころか、次からその部下は何かネガティブなことがあったとしても、報告することをためらうようになるでしょう。こうしたやり取りを続けるうちに、ミスは隠し、失敗は内々に処理をする隠ぺい体質かつ、大きなトラブルばかりが起こるような職場になってしまいます。

部下の話を聴く姿勢

部下の報告を歓迎するという上司の気持ちを、具体的な行動に表す最大のポイントは「傾聴の姿勢」です。

話を「聞く」と「聴く」は違います。「聞く」は、耳で入ってきた音を聞くこと。一方で「聴く」は、注意して耳を傾ける、相手に興味関心を示し、意識して聴くことを意味します。人の話を熱心に聴くことは、特にリーダーシップにおいて最強のスキルになります。

部下からの報告を、パソコンに目を向けたまま聞く人がいます。話をしている途中にチラチラと時計を見たり、貧乏ゆすりをしたり、机を指でトントンと叩いたりしながら、苛立ちを見せる人がいます。部下の話を途中で遮り「つまりこういうこと?」と結論を先回りしてしまう人もいます。


このように、部下の報告をいい加減に聞いている上司は少なくありません。本人は無意識で、悪気は全くないことも多いのですが、部下にしてみれば良い気分ではありません。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉はまさにその通りで、上司と部下という役職の違いはあったとしても、真摯に相手の話に耳を傾ける姿勢は絶対に忘れてはならないと私は思います。

まずやってほしいことは、部下が話をしているときは、手をとめて身体ごと部下の方を向いて話を聴くことです。小さなことですが、これには絶大な効果があります。

忙しいときにはつい、作業しながら耳だけで話を聞こうとしてしまうことがあります。実際、それでも部下の言っていることを理解し、適切な指示を出せるかもしれません。しかし、話をしている部下は、「適当にあしらわれている」という印象を抱いているのではないでしょうか。大事なのは、自分が聞けているかではなく、部下が「話を聴いてもらえている」と感じるかどうかです。

どうしても今すぐ手を離せないのであれば、「1分だけ待ってください」などと伝えて、後で落ち着いて話を聴くこともできます。「ながら聞き」や、「耳だけ聞き」はやめましょう。

また、それ以外にも「相手の目を見る」「黙って聞く」「うなづく」などの動作を通じて、傾聴の姿勢を示すことができます。人は自分の話を熱心に聴いてくれる人を好きになるものです。部下の話にしっかりと耳を傾けるクセをつけてください。

「俺様リーダー」から「おかげさまリーダー」の時代へ

上司の在り方も、時代と共に大きく変化してきました。私はこれから、「俺様リーダー」から「おかげさまリーダー」へと変わっていくと考えています。

少し前までは、強烈なカリスマ性を持って、「俺に付いてこい!」と引っ張るタイプの上司が存在感を発揮していました。こうした上司の下では、部下は上司をサポートすることが求められてきました。いきすぎて、部下を所有物のように扱ったり、「成功は自分の手柄。失敗は部下のせい」という自己中心的な考え方をする俺様リーダーになっている人も少なくありませんでした。

しかしこれからのリーダーに求められるのは、まさに「おかげさま」精神。「部下のおかげで今がある」「部下のおかげで自分がある」と周囲に感謝して、チームと一緒に成長していこうとする上司の姿こそ、時代に合っていると感じます。

部下や社員をないがしろにして、良い会社なんて絶対にありません。

「失敗は自分のせい、成功はおかげさま」―
この気持ちを忘れないでくださいね。

朝倉千恵子(あさくら・ちえこ)

執筆者プロフィール

朝倉千恵子(あさくら・ちえこ)

株式会社新規開拓 代表取締役

小学校教員を経て35歳で人生の転機を迎える。営業未経験でありながら礼儀礼節を徹底した営業スタイルを実践し人生再スタート。3年で他の10倍を販売するトップセールスに。その後独立、2004年株式会社新規開拓を設立。
社員教育コンサルタントとして全国を飛び回り、自らの経験を活かした講演は、多くの企業・団体から支持され高いリピート率を誇る。2021年8月より、音声メディア「Voicy」をスタート。毎日11:30より「働く貴方の応援団長」として、熱いメッセージを配信している。

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公開日:2022年06月22日