離職の背景に向き合うべき課題あり
~なぜ、社員はすぐに辞めてしまうのか?~
朝倉千恵子(株式会社新規開拓 代表取締役)
建設業における人材不足の深刻さについては、前回もお話させていただいたとおりですが、「人材不足」と一口に言っても、その問題は、後継者不在、採用難、従業員の退職とさまざまです。その全てに頭を抱えている企業さまもいらっしゃるのではないでしょうか。今回はその中でも「離職率」に着目したいと思います。
高い離職率が、人材不足に拍車をかけている
「建設業は不人気業種だから人が来ない」「優秀な人材は大手に取られる」といった採用のお悩みを口にされる経営者はとても多いです。もちろんそれも由々しき事態ではありますが、さらに高すぎる離職率が人材不足に拍車をかけていると私は考えています。
建設業において、2018年3月に学校を卒業した方の3年以内離職率は、高卒で42.7%、大卒で28.0%というデータがあります※。3年たてば3割以上の人は退職してしまうことを表しています。これは大手のゼネコンなども含んだ平均値ですので「もっと退職している」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
- 出典)厚生労働省 令和3年10月22日付プレスリリース
- https://www.mhlw.go.jp/content/11652000/000845829.pdf
新卒採用の離職率が高いというのは、何も建設業に限ったことではありません。特に最近は終身雇用制度が機能しておらず、若い人たちの中で「一社にずっと働き続けるのが当たり前」だと思っている人は、もはや少数でしょう。職場で嫌なことがあったら辞めますし、嫌なことがなくても辞めます。「やりがい」や「自分らしい働き方」に注目が集まる今、職場に対する大きな不満がなかったとしても、「他の場所のほうがもっと楽しく、輝けそうだ」と感じられると、羽ばたいていってしまいます。
期待と現実のギャップが離職を生む
社員が仕事を辞める理由は、給料や福利厚生、労働環境、人間環境などさまざまありますが、大きな要因として「期待と現実のギャップ」があると私は考えています。
例えば「給料をいくらにしたら部下が辞めなくなる」「労働時間をここまでに制限したら部下が辞めなくなる」という明確な基準はありません。同じ条件でも人によってその受け取り方は全く違います。今はどの業界でも働き方改革で労働環境が整ってきているはずなのに、離職率に大きな変化がないのがその良い証拠でしょう。
【現実−期待=満足度】
という公式があります。これは営業の場面でも言えることですが、当初抱いていた期待(こんなことができる、こんな効果がある、これくらい稼げる)に対して、現実が上回っていれば人は満足します。この満足度が高ければ、商品をリピートしたり、人に紹介したりといった良い行動が起こります。逆に現実が期待を下回っていれば、不満足となり、クレームや悪い口コミの原因となり、二度目のチャンスは頂けないでしょう。
就職についても同じで、「この会社に入ったら優しい先輩に囲まれて、丁寧に仕事を教えてもらえて、お給料もたくさんもらえる」と思っていたのに、いざ入社すると、自分の想像と大きくかけ離れていれば、期待と現実のギャップに耐えかねて、離職を考えるのが自然です。
とはいえ採用に躍起になるあまり、求人票を少しでも良く見せようと言葉を選んだり、過大な表現になっていたりはしないでしょうか。もちろん最初の期待値がゼロだとそもそも人が集まりませんので、どのように期待値をコントロールするかが重要です。給料や労働時間などの条件には、限界があります。一方で達成感や成長には限界がありません。「新入社員は何を期待して入って来るのか」「自社では何を得られるのか」一度じっくり考えてみてはいかがでしょうか。
厳しさと放置は違う
私が代表を務める株式会社新規開拓は、企業さまの人材育成を担当させていただいております。もちろん、4月の入社時期にはさまざまな業界で新入社員研修を担当しています。私どもの研修では、受講生に対してかなり厳しい姿勢で接します。これは先ほどの期待と現実のギャップの話にも通じるところがあり、研修で優しくしてしまうと、現場に出て厳しい現実を目の当たりにしたときに耐えられないからです。研修を「修羅場の疑似体験」と置き、あえて厳しい姿勢で接しています。
厳しいというと、むやみに大声で怒鳴りつけたり、暴力を振るったりすることをイメージされることもありますが、そんなことは一切ありません。私が考える厳しさの条件は5つ。
- 私心がないこと
- 見逃さないこと
- 具体的であること
- 率直であること
- 本質をつくること
このポイントを踏まえて、細かく厳しく指導をしています。
厳しいというと、もう一つよくある誤解があります。それは、何も教えていない社員を、いきなり現場に放り出すことです。ライオンが子どもを崖から突き落とすように(実際にはそんなことしないそうですが…)、「さあ、行ってこい!」と突き放し、できなければ怒鳴り散らす。それを「厳しい指導」だと勘違いしている人が少なからずいます。
それは、指導ではなく放置です。小さなミスは放置をするとやがて必ず大きなミスにつながります。だからこそ、日ごろから細かく小さなミスや手抜きを指摘することに意味があるのですが、放置タイプの上司は、日ごろの小さなミスを見逃して、大きなミスが発生したときに怒り散らします。
本来は逆であるべきですね。日ごろから厳しく、小さなミスを容認せず、しかし大きなミスが発生したときには、上司が責任をとればいいのです。日ごろからの接し方一つで、部下の認識は大きく変わっていきます。
嫌われることを恐れてはいけない
ところが、最近は部下に嫌われることを恐れてそもそも何も行動できない人もいます。セクハラやパワハラが叫ばれる昨今、下手なことを言うと会社に来なくなるかもしれないと、部下に対して必要以上に気を遣って接してしまうのです。チームはリーダーの器を超えることができません。リーダーが部下に嫌われないことばかりを気にしていて、その組織が活性化するでしょうか?
若手社員はまだまだ未熟です。未熟なうちは、人を見る目がありません。自分に甘く優しい、仲良しグループのリーダーをいい上司だと錯覚することも少なくありません。
私は、大嫌いだと思っていた鬼上司こそ、今では本当に感謝しています。社員の成長のために本当にやるべきことは何か、今一度考えてみてください。
住宅業界はどこの業界よりも教育が大事
住宅業界・建設業界はどんな業界よりも社員教育、人材育成が大事です。皆さんが扱う「住まい」は『人生最大の買い物』であり、お客さまの『生活の基盤』になるものです。営業にとっては、最もハードルが高い商材といっても過言ではありません。
同時に、この業界ほどお客さまから喜ばれるものもないと言えるでしょう。皆さんが扱っているのは家というただのハコではなく、お客さまの未来の幸せです。中には、涙をながして喜ぶ方もいらっしゃいます。大変な分、喜びも大きい仕事だと思います。
「お客さまに喜んでもらえた!」「ありがとうと言ってもらえた!」その達成感こそが、仕事の楽しさとなり、もっともっと頑張りたい!というモチベーションにつながります。そういった魅力を、教育を通して、時に厳しく、愛情深く伝えていくことが、離職率の抑止につながると同時に、イキイキとした職場づくりにとっても大切なのではないでしょうか。
執筆者プロフィール
朝倉千恵子(あさくら・ちえこ)
株式会社新規開拓 代表取締役
小学校教員を経て35歳で人生の転機を迎える。営業未経験でありながら礼儀礼節を徹底した営業スタイルを実践し人生再スタート。3年で他の10倍を販売するトップセールスに。その後独立、2004年株式会社新規開拓を設立。
社員教育コンサルタントとして全国を飛び回り、自らの経験を活かした講演は、多くの企業・団体から支持され高いリピート率を誇る。2021年8月より、音声メディア「Voicy」をスタート。毎日11:30より「働く貴方の応援団長」として、熱いメッセージを配信している。
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公開日:2022年05月25日