スペシャル対談
パッシブデザインこそ地域工務店が生き残る道
野池政宏(住まいと環境社 代表)×近藤直岐(株式会社近藤建設工業 代表取締役)
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて住宅における省エネ対策の必要性が一層高まる中、改めて注目を集めているパッシブデザイン。採用のメリットや成功の秘訣などを業界を代表するお二人に語っていただきました。
自然の摂理を生かした家づくり
野池:
岡山という風土を理解してパッシブ設計を推進してこられた近藤社長ですが、パッシブデザインに取り組むメリットをどのようにお考えですか。
近藤:
私たちが生活するのは自然界です。その自然の摂理をうまく生かした家づくり=パッシブデザインだと捉えています。冬に暖かな日差しを、夏に涼しい風を取り入れる、そうした自然の摂理を生かして住まいを心地よくすることを説明して、否定するお客さまはほとんどいません。満足度はとても高いです。
野池:
私は、15年ほど前から省エネ住宅を適切に建てる方法を独自に勉強する中で、建物で快適性や健康、省エネを実現させるさまざまな工夫をパッシブデザインとして整理し、その手法を住宅事業者の方にお伝えしてきました。近藤社長が手掛けられた物件は、意匠性などの特長をプラスしながら、御社ならではのパッシブデザインを実現していてうれしく思います。
近藤:
住まい手はここちよさを感覚的に捉えています。機械を用いて暖房すれば住まいは当然暖かくなりますが、機械による暖かさと自然のエネルギーによる暖かさではここちよさの感覚が全く異なります。そのため、当社では冬の日射取得に重点を置き、窓まわりを工夫することで、自然エネルギーを取り入れた省エネで快適な家づくりを実践しています。
設計ルールの構築はパッシブデザインに取り組むための第一歩
野池:
パッシブデザインを成功させるためにはシミュレーションが大事だと考えています。必ずしも実測値と同じ結果になるとは限りませんが、設計と室温、設計とエネルギーの関係が分かり、多くの気付きがあります。
近藤:
はい、当社も設計ルールを構築するためにもシミュレーションツールを使っています。誰が設計しても理想の家を提供できる。野池さんに監修いただき、独自の設計ルールを作成したのもそのためです。パッシブデザインの5つの要素である「断熱・気密」「日射取得」「日射遮蔽」「通風」「採光」を定量的な数値で示すことで、設計の標準化を実現しています。
野池:
全社員がパッシブデザインの勉強会に参加されているのも近藤建設興業さんの特徴ではないでしょうか。設計担当だけが学んでいてはダメで、全社員が共通のスキルと意識を持って取り組むことで、安定した事業にすることができると思います。
近藤:
会社が一つの目標に向かって進む時、全社的に取り組むのが一番効率的です。シミュレーションソフトもありますし、新入社員でも事務スタッフでも操作さえマスターすれば簡単に数値を出せるようになります。実務経験が浅いスタッフでも、設計ルール本に沿ってプランを作成すれば、精度の高い提案が可能になり、根拠があるのでお客さまから否定されることもありません。自信にもつながります。パッシブデザインに取り組むことのメリットは本当に大きいと感じています。
野池:
近藤建設興業さんのように、会社の中で設計のルールを設けるのは、パッシブデザインの第一ステップと言えます。これから取り組まれる会社は最初の目標にしていただきたいです。
物理的根拠が導く高い顧客満足度
野池:
パッシブデザインを提案する上で工夫されていることはありますか。
近藤:
やはり、自然の摂理を論理的に説明するのが最も効果的です。太陽の高度は季節によって変化し、一年中、真東から上って真西に沈むわけではありません。そこで、南と北の窓をしっかり設計し、南の窓を定量的に大きくすることで冬は暖かく、日除けを設けることで夏に涼しい家が実現するという説明が一番伝わりやすいです。パッシブデザインに興味を持たれる方はもともと自然の恵みに敏感なので、提案しやすいですね。引渡しから半年、1年、3年、5年、10年にお施主さまアンケートを行っていますが、「風通しがいい」「とにかく暖かい」という回答が多く、大変ご満足いただいています。
野池:
物理的根拠があるからこそ、自信を持ってパッシブデザインをご提案できますよね。お客さまも納得して家づくりができ、生活してみたら本当に快適だった。喜ばれると作り手の満足にもつながる。パッシブデザインの家は、住まい手、作り手双方に喜びがあり、いいストーリーが生まれます。近藤建設興業さんをはじめ、全国で真摯にパッシブデザイン住宅に取り組む会社はそのような成果がたくさん出ています。断熱性能にこだわる住宅会社が全国的に増えていますが、断熱だけだと物足りない。明るい家、自然の風、明らかにお客さまが喜ぶポイントが盛り込めるのがパッシブデザイン。断熱に特化した住宅とパッシブデザインの5つの要素が備わった住宅を比較すると、後者の方が間違いなく顧客満足度が高いはずです。
パッシブデザインへのシフトで客層が変わり受注単価も倍に
野池:
パッシブデザインと出会い、それまでの家づくりとは変わりましたか。
近藤:
若い頃はローコスト住宅を中心に事業を展開していました。棟数もかなり手掛けていましたが、利益率が低い上に顧客満足度も得られていないと感じていました。そこから基本性能にこだわり、喜ばれる住宅をつくろうといろいろと調べる中で、野池さんと出会ったわけです。パッシブデザインに取り組むようになり、まず客層が大きく変わりました。当社の家づくりに共感してくださるのは、住宅の基本的な知識があり、収入面でもハイクラスの方が多い。一棟当たりの坪単価は従来の倍以上になりました。利益が増えることで新たな事業投資を行えるようになり、「パッシブサイクル」とでも言うPDCAをうまく回せるようになったのは大きな変化です。
自社の設計ルールがあれば「御用聞き設計」から脱却できる
野池:
ここまでパッシブデザインに取り組むメリットをうかがいましたが、逆にデメリットはどのような点でしょうか。
近藤:
やはり、一朝一夕で確立できるものではありませんし、マスターするには自己研鑽が必要です。成長痛のようなものは伴います。また、会社としての家づくりの方向性をきちんと整理しないまま取り組むと中途半端になり、途中で挫折する可能性もあると思います。
野池:
数値の計算やシミュレーションは大きなハードルになっていると思います。外皮計算を補助金取得や申請のために仕方なくやっている、という住宅会社が多いように感じますが、本来、外皮計算はその家の基本性能を知るために行うものです。住宅を提供するプロとして、「この家はどのような熱性能を持っているか」という発想に切り替えて取り組むと、違う世界が見えてくると思います。
近藤:
確かに、外皮計算など最初は面倒だと感じたこともありましたが、乗り越えた今は、そこまで緻密な計算をしなくても思いどおりの家づくりができるようになり、何より仕事が面白いです。お客さまはパッシブデザインだけを求めているわけではなく、細かなリクエストに応えつつ、自社の設計ルールと融合させることで、プロとしての最適な家づくりの答えを見出すことができます。明確な設計ルールが無いとお客さまの要望に引っ張られてしまいます。そうした「御用聞き設計」でつくられた家はなかなか良いものになりません。
近藤:
今後、地域の工務店にも2050年カーボンニュートラルに沿った家づくりが求められるようになりますが、パッシブデザインはマストで、そこにデザインや素材など、自社のこだわりを付加していくという方向性になると見ています。カーボンニュートラルに向けてはZEH基準のクリアが必須ですので、当然、太陽光発電の搭載を積極的に進める必要があります。当社は、LIXIL TEPCO スマートパートナーズさんが提供する、太陽光発電を0円で設置できるサービス「建て得」を利用し、100%ゼロエネ化達成を目指します。太陽光発電は導入メリットが大きく、お客さまから否定されることはありません。コロナ禍や働き方改革で在宅時間が増える中、家での電力消費量が増える傾向にあります。いま、自動車業界を含め電化が急激に進んでいますし、太陽光発電を搭載しないリスクというのもあると思います。
野池:
2050年に向けて、住宅は使用エネルギーのミニマム化に真剣に取り組まなければなりませんが、パッシブデザインがその一翼を担うことができれば素晴らしいですね。これからは地域工務店が活躍する時代です。できる限り地域材を活用し、地域の特性や日本らしい美しさを取り入れた住まいづくりをぜひ進めていただきたいです。
近藤:
この先、地域工務店が生き残るためには、機能的価値だけではなく情緒的価値のあるパッシブデザインに取り組み、しっかりと差別化を図ることが重要になると思います。地域工務店らしく、その地域の特性を踏まえた最適解になるような家づくりにいち早く取り組んでいただきたいと思います。
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公開日:2022年04月20日