DX推進の鍵となる教育戦略
──松田平田設計10年の実践と改革
インタビュー:松下雄大/株式会社松田平田設計・DXセンター主任
他の産業同様、建設業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)への期待は大きく、その取組みが注目されている。建築は生産プロセスが多岐にわたり、関係業種も多いことからDXによる業務改革が大きく期待される一方で、敷地ごとにつくるものが違う単一生産であることもあり、その改革がスムースに進んでいるとは言いがたい。建設事業のDXは、やはり設計支援システムであるBIMが筆頭に挙げられる。設計事務所各社はその活用と普及に力を入れているが、課題も多くまだまだ道半ば。そこで、BIMによって設計手法を改革すべく、その活用に向けて社内教育を推進している松田平田設計のDXセンター主任・松下雄大氏にその取組みの実際を伺った。
建築設計事務所におけるDXとは?
――松田平田設計には、DXを推進する専門部署があるのですね。DXセンターです。そのことからも、御社のDXに対する姿勢がわかります。その動機を伺えますか。
松下:
弊社では2011年にBIMセンターを創設しています。その後「テクニカルデザインセンター」へと名称が変わり、さらに2021年9月に「DXセンター」と名称を変えました。単なるBIMツール活用支援から、DXを推進しつつ社内の業務改革を行なっていく部署に進化してきました。その中心は、やはりBIMの普及です。
どこもそうですが、DXの推進は、ただ単にデジタルツールを導入してもうまくいかないと言われています。何が重要かというと「人」です。ツールがあってもそれを効果的に使えないと何も変わりません。設計業務には形式知と暗黙知があります。どちらも技術情報ですが、形式知は数量や言語で記述できる情報。一方、個人の経験に基づく記述されていない暗黙知も重要な情報です。暗黙知は個人に帰属していて、それを継承しなければならない不安定さがあり、広く共有することが難しいものです。しかし、その暗黙知を組織で共有できる可能性を秘めているのがDXだと思っています。
そしてDXは基本的に働き方改革です。設計プロセスで、必要な要件を満たすかどうかを確認するチェックリストをアナログで作成運用していますが、デジタル化によって大きく作業コストが合理化されます。また、頻繁に行われている会議のあり方も改善の余地が大きく、情報伝達とコミュニケーションの方法をデジタル化することは急務と考えています。しかしまだ、デジタル技術で具体的にどんな業務を変革すべきなのか模索中であるのが現状です。理論やアイデアはありますが、組織の大改革をともなうもので、それをリアライズする実施策とともに計画しなければならず、なかなか着手できないという課題があるのです。
また、DXは国の施策として推進化が図られており、国交省がまとめているDX推進のためのガイドラインに準拠してゆく準備が各社で必要になってきています。
BIMの意義
──設計事務所のDXは、やはりBIMが中心となるわけですが、このメソッドは設計プロセスに何をもたらすのでしょう。
松下:
たとえば我々は「Revit」というBIMに特化した3次元CADソフトのひとつを使っていますが、Revitで作成したモデルにデータが一元化されるということ自体に価値があります。旧来の図面はそれぞれ独立した情報なので、相互にズレや食い違いが生じました。特に実施設計段階で関係者が増えるとその可能性は高まりました。情報が一元化されていれば、設計の途中でも常に最新に更新されたものなので食い違いが起きません。また意匠設計、構造設計、設備設計など他分野間で設計対象の建築モデルデータを共有し一元化することで、作業は合理化され、ズレが生じることはなく、手戻りも抑えられます。これまでは各分野で別のモデルをつくり、そのモデルのすり合せにコストをかけていたのが、BIMを使うことではじめて1つのモデルを共同制作できるようになるのです。
──クライアントとのコミュニケーションツール、またプレゼンツールとしての意義はどうでしょう。
松下:
BIMはクライアントとコミュニケーションをとるうえでも、非常に重要なツールとなります。建設事業の宿命として、まだ実現していない建築物について、設計のプロではないクライアントとイメージを共有しなければなりません。そのためのツールは、歴史的には模型でした。今はまったく模型をつくっていないかというと、そうではありませんが、ほぼ無くなり、パース図に置き換わっています。そして現在は、さらにVRや動画を加えることが多くなりました。
BIMのアプリケーションも専用のプラグインソフトがあって、それを使うと手軽にVRモデルを作成することができます。新しいプレゼン手法につながりますから、さまざまなプラグインソフトを一通り比較しているところです。VR技術自体も進化していますし、手軽に簡単に空間の中に入れるというすごさがあるので、広めていく事業性はあると思っています。
各社で違うBIMのノウハウ
──BIMの使い方で、松田平田設計に何か傾向があれば教えてください。
松下:
敷地まるごとの3Dスキャニングデータを活用する方法をよくとっています。ピクセルデータの3次元版で点群データと呼んでいますが、その有効利用は他社に比べても一番多いと思います。
旧来は敷地情報を詳細までまるごと取得することはできないので、主要な情報しかもち得ませんでした。そこで、現状のディテールを確認するために、何度も現地を訪れなければならないことさえ発生しました。敷地全部のディテール情報は、BIMによらない旧来の設計手法でも非常に役に立つので、社内でも理解と普及が早かったです。
――点群データは、敷地だけでなく、増改築時の既存建物情報の把握でも役立ちますね。
松下:
点群データは建物でもたくさんとっています。弊社では、時代に合わなくなってきた建物に、新たな技術を加えて更新してゆくレトロフィット事例も多く扱っているのですが、そのような改築事例でも有効です。既存の建物情報を正確に取得しモデリングすることは、その後の設計プロセスを確かなものにしていく大前提となりますので。
――ところでDXやBIMは、デジタル技術なのですごく標準化され、平準化されていくようなイメージがあったのですが、各社で考え方や運用の仕方が異なったり、独特にカスタマイズされていたりと、実際の運用を見るとどうも違うようです。BIMは情報一元化ツールであっても、各社で個別のノウハウが蓄積されているのでしょうか。
松下:
そうですね。施工まで含めて使う部材が固定で決まっていればロジックを組めますから、すべてカスタマイズして、Revitを使っているけれど、Revitではないようなツールになっていたりする例もあります。でも新しい建築を生み出すとなれば、新しいものが必要になります。型にはめることはできません。すでにあるものをただ使うのではなく、どのように形を変えれば、よりよくなり顧客によろこんでいただけるかを常に考えています。
花見堂複合施設[さくら花見堂]
東京都世田谷区 2021年
旧世田谷区立花見堂小学校の跡地に建設された、児童館、区民集会施設が入っている複合施設。建築設計、構造設計、設備設計で総合的にBIMが援用された。外構設計におけるBIM作図をLIXILが協力し、BIMによる設計プロセスを共有。外構設計段階からフェンス、開き門扉、引戸門扉、車止めのBIMデータを使い設計。松田平田設計のBIM推進第三期における実施設計のフルBIM化対象施設。
花見堂へのリンク
BIM推進への取組み
──2011年、社内にBIMセンターを創設するところからはじまったBIM推進への取組みですが、その概略を伺えますか。
松下:
最初は、BIMツールの使い方講習に始まりました。以降、2014年くらいまではその繰返しです。2011~14年をBIM化の取組み第一期として、それまでにほとんどの社員がBIMを使えるようにしようと目標を立てたのですが、結局、継続されないという問題に突き当たりました。
――その問題を受けて、第二期はどのような戦略を立てられたのでしょう。
松下:
2014~17年の第二期では、まず新人教育に力を入れてスキルとして身につけてもらおうと考えました。それまで新人研修は1週間だったのですが、2014年からは2カ月に延ばしました。まだ部署に配属される前なので、一番時間がとれる時期でもありますから。一方で各部の上司、部長も技術を理解し習得することを目標に加えました。理想は、最初に設計チーフが決めることを自身で入力してもらうことです。部長がやれば下もついてくる。ならばそういう部署を設けようと、特化部をつくって普及に務めました。
現状、すべての部署が実践できているわけではありませんが、まずは担当者全員の意識改革が必要です。ITリテラシーや情報一元化の重要性を認識すること。そして、定量的な評価を使って設計説明を行うことが、顧客満足度につながるということ。そうした意識改革のうえでしか、データの情報を活かせません。また、普及のために、どの部がどれくらいの時間ツールを使用しているか見える化しています。普及のために何が必要か、検討するためです。
──ツールというものは長く使っていると、そこには個人的な使いこなしのノウハウが蓄積されていくものです。それこそが技術における暗黙知ですよね。それを共有する方法はありますか? おそらくそれが共有されるとき、会社独自のノウハウやメソッドに発展してゆくのだと思います。
松下:
そのノウハウ、情報共有のための媒体が、まさにDXセンターの役割です。あとでまた説明しますが、DXセンターがプロジェクトごとにBIMの講習を行い、すぐ実践できる体制を2018年以降の第三期から行いました。DXセンターに蓄積されているメソッドを、個別に移植してゆくためです。そうして各部で使いこなすうちに得られたノウハウは、またDXセンターに集約される。これを繰返しながら、DXに関する松田平田設計としての集団知が形成されてゆくのです。
DXの課題と教育
――DXの実践、BIMの普及は実質的な業務改革であるために、さまざまな課題があると思います。それをどのように解決しようとされていますか。
松下:
DXに関する社内の業務改革について、実際どうやってまとめたらいいか検討しているところで、2021年には主に働き方に関して「社内全体アンケート」も実施しました。その回答を参照し、BIMの使い方のリテラシー・アップへつながる意識共有を行うための取組みを進めています。
たとえば、
・設計担当者がマネジメントできているか
・BIMモデルを使ってチェックができているか
・設計担当者がスケジュール感覚をつかめているか
・建築主にBIMツールで設計説明できているか
などが考えられます。その違いの理由を、みなで話しあう必要があるのじゃないかと考えているところです。
──その難しさの要因として何が考えられますか。
松下:
結局、技術移行のための時間がとれないのが大きいと思います。やりたいけれども時間がないからできない、と。いまの業務でいっぱいなんですよね。ですから、習得時間を捻出するには新人研修の期間を利用すべきと考えました。いまのBIMスキルでは、定められた時間のなかで十分な検討ができないから不整合がある成果品になってしまい、そのため現場の対応が増え時間がかかり、次の業務の初期対応が遅れ、新しい経験スキルを習得する時間が無い、という負の連鎖に陥ってしまっている。そこで、プロジェクトに配属する前の新人研修の期間をスキルの取得に充てようと考えたのです。
もともと1週間だった研修期間が、2カ月になり、いまは3カ月以上としているのは、アウトプットする(成果物モデルをつくってみる)時間を増やさないと身にならないためです。このアウトプットは重要で、それがこなせないと実践で役に立ちません。
──新人研修では、どのようなことを行っていますか。
松下:
最初の期間で基本的な使い方を教えて、そのあとツールを使って自分自身でモデル入力するという課題を、たとえば代々木体育館やシドニーオペラハウスを題材として行いました。新人研修の間に、最終的なアウトプットとして提出してもらいます。
建築の曲面部分は部品の集まりです。パーツの作成、部材の配置やエレメントの作成、さらに配列規則を読み取り、アルゴリズムの作成など、どこをどう動かしたら部品として組み合わせられるか考える。より効率的に1つの形だけでなくて、いろいろ転用できる基本となるパーツをどうやってつくればいいか、自分たちで考えてもらいます。
また、意匠、構造、設備が共同して制作する課題を、次年度から復活させようと考えています。コロナ禍中は、それぞれの部署のフローでしかやってこなったところを、一緒に話し合うことで、部署ごとの違いを知るコミュニケーションの訓練になると考えています。
──配属後、実務プロジェクトごとに担当チームに対して講習を行っていますね。
松下:
その体制を第三期のときにつくりました。いますぐ必要なことを講習する。そうすると、実際にBIMツールを使って設計する状態になっていきます。地道ですが、一番効率がいいですね。エビングハウスの忘却曲線で示されているように、いくら講習しても人間は、すぐに忘れてしまうんですよね(笑)。ではどうしたらいいかというと、ウォータールー大学の研究結果によれば、24時間以内に反復すること。個別のBIM講習は、それに合致しているのだと思うんです。
困っているから、すぐにやる。さらに時間をおかずに自分で作業を繰り返す。
──ただ、個別対応の講習をDXセンターがすべてこなすのも大変ですよね。
松下:
ええ(笑)、最近、オート対応というか、チャットで自動対応する仕組みがありますが、その社内版ができないかということも考えています。社内に蓄積された情報を検索できるようになればと。あるいはAIを活用した「自動会話プログラム」チャットポットによって、よく聞かれることに対応したり。たとえば、「エラーが起きたから何とかしてほしい」と言われても、どういう仕様で、どういうエラーが起きたかまったくわからないため、毎回一から聞かなければいけませんが、それもある程度、ロジックを組んでおくことで問題を解決できます。もうひとり自分を増やすために、ロジックを組んでいるようなものです(笑)。
環境整備とDXのビジョン
――DXに向けた、ハードの環境整備についてお聞かせください。
松下:
いま新しく取り組んでいるのが、パソコン環境の整備です。デスクトップパソコンから、軽量モバイルパソコンへ変えて、軽量パソコンでもRevitが使える環境をつくろうとしています。それはどこでもBIMが使えるように、クラウドを用いた仮想デスクトップ環境を実装しようとしているからです。
クラウドのメリットはデータが一元化される点です。クラウドのなかでプログラムを組めば、いろいろソートがけができるソフトもあります。また、一番軽い環境(軽量モバイルパソコン)で仕事をしたいというのもあり、全社員ではないですけれど実施しはじめているところです。
そして来期やろうとしているのは、VRゴーグルのコードレス化です。いままでVRは、大きくてハイスペックなパソコンが必要でしたが、コードレスのゴーグルが登場しました。お客さまのところに、軽量パソコンとVRゴーグルを持っていけばVR空間を体験できる。持ち運びも楽になりますし、より手軽にVRを体験していただけるようになる。これでプレゼン手法も変わってくると思います。
――第三期で進めようとしている戦略を教えてください。
松下:
第三期として、実施設計のフルBIM化に加えて積算連携や維持管理(FM)連携を進めているところです。いま概算コストが設計用BIMソフト上で算出できる新しいアドインツールを導入したので、普及を考えているところです。積算を改善しないと、結局手戻りが減りませんから。また、日本ではこれまでFMをデータでやりとりしていなかったため、FM業務は大きな負荷でした。しかしBIMモデルを使うことで、より効率的に日常の運営、業務管理、戦略・計画の検討に活かせますし、設計要件としてFM業務を受けたときに、いつでもパラメーターとして返せます。
それから建築設計だけではなくて、構造は構造計算ソースが昔からあり、設計フローが違うので、そこをどうつなげていくのかも課題のひとつです。お互いの設計情報の連携を、どのタイミングで行なったら一番手戻りがないか。より良い方向にもっていくために見直しをかけています。
――建築設計事務所のDXによって、社会の何が変ってゆくか、将来のビジョンをお聞かせください。
松下:
DX化によって、仮想空間がつくれます。建物が建つもっと前段階で、完成系じゃなくても建築の実態を示すことができれば、クライアントサイドでもいろいろなシミュレーションができますし、そこに付加価値があると思っています。建築はいろいろな人とのコミュニケーションや場をつなげるためのもの。それをより早い前段階で、広く関係者を巻き込んで検討できるようになります。建物のあり方、つくり方に対して、クライアントも参加できる形になります。合意形成のプロセスが大きく改革されてゆくと考えています。
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公開日:2023年02月22日